1-13 推しに看病される
とても気持ちがいいの。
心地よい魔力が口から流れ込んでくる。
甘い、甘い、優しい味がするの。
ずっと、ずっと、いつまでもこうしていたい。
離さないで。
ずっと私を離さないで……。
意識が浮上する。重い瞼をなんとか開けた。長い間眠っていた気がする。なんだか身体が自分のものじゃないみたいだ。
違和感にあえいでいると、ギシリと音がして、宝石のような琥珀色がこちらを覗き込んだ。
「リーナベル!!」
ジルベルトが切羽詰まった声でリーナベルを呼んだ。彼に応えようと、やっとのことで身体を起こすのを大きな手が支えて、その直後ぎゅうっと包み込まれた。
あたたかくて、安心する。もう大好きになってしまった、柑橘系の心地よいふんわりした香り。
…………。
はっと一気に覚醒したリーナベルは事態を把握するや否や、仰天して身体を硬直させた。
だって。だって。
――ジルベルトに抱きしめられている…!?!?!?
硬直したリーナベルに気がつかず、ジルベルトはそのまま、絞り出すように小さな声を出す。
「なんて、無茶をしたんですか……っ。貴女を失ったらと思って俺は……生きた心地がしなかった……!」
悲痛としか言えない響きが、そこにはあった。親を見失って泣き出す寸前の小さな子供みたいな、寂しい声だった。
リーナベルは言葉を失う。
そうだ。自分はなんとかジルベルトを助けられた。けれどそれで、魔力枯渇を起こしてからの記憶がない。
「ご自分が魔力枯渇を起こしたことは理解していますか?命が危険な状態だったんです……三日も死んだように眠っていたんですよ!?」
彼の声が震えて上擦っている。
リーナベルは口元を震わせながら、小さく頷いた。
自分のせいで、何よりも大切な人をこんなに傷つけてしまったのだと、今更実感が湧いてきた。
「ごめんなさい……」
「……いいえ。いいえ。それは俺の台詞です……貴女を守れなかった。それどころか貴女は俺を助けてくれたのに、責めるようなことを言ってしまってすみません……」
抱きしめられていた腕が離されて、悲しそうに揺れる琥珀色がじっとこちらを覗き込んだ。眉間に大きな皺が寄っていて、口元は歪んで震えており、彼の苦悩が伝わってきた。目の下に大きな隈がある。もしかして、寝ずにずっとついていてくれたのだろうか。
琥珀の双眸が痛みをこらえるように細められる。彼は身体を離して、頭を下げた。
「リーナベル。改めて、俺を助けてくれてありがとうございました。貴女に命をかけさせた俺は騎士失格です。申し訳なかった……」
「あ、頭を上げてください!私が勝手にしたことです……!」
「いいえ、このままでは俺は自分を許せません……どうか、これからは貴女を守らせてほしい。もう二度と貴女を命の危険に晒さないと誓います」
「そんな!ジルベルト様がそんな責任を負う必要はありません!」
頭を上げたジルベルトが、真っ直ぐにリーナベルを見つめて言った。
「いいえ、これは俺の希望。俺の我儘です。だって俺は、この事故の前から……貴女を、愛しているから」
「……え!?」
リーナベルは耳を疑った。何やら信じられない言葉を聞いた気がする。
――あれ?夢?私はやっぱり死んでしまったのではないかしら。ジルベルトを想いすぎて死後の幻覚を見ているのかもしれない。
そこでもう一度、ぎゅうっと抱き締められた。
その感触がリアルすぎる上、自分の心臓は壊れたみたいに大きく早く脈打っている。やはり夢や幻覚ではないようだ。
大混乱に陥って口を小さく開けたまま固まったリーナベルに、ジルベルトは破顔した。
――あ。またあの笑顔が見られてしまったわ。尊さで死にそう。我が人生に一片の悔いなし…。
目覚めたばかりで早くも瀕死に陥るリーナベルである。
「目覚めたばかりなのにすみませんでした。この話はまた後でしましょう。まずは、水を飲めますか?」
気持ちを切り替えたらしいジルベルトはテキパキと動きはじめた。まだうまく力が入らないリーナベルを支えて、コップから水を飲ませる。食事の準備を手配し、家族への連絡を手配してくれた。今は夜明けの時間なので少し時間がかかるとのこと。何から何まで申し訳ない。
聞けば、ここは騎士団の所有する客室らしい。魔力枯渇に陥っていたリーナベルをあまり動かせなかったのだと。よく見れば腕には魔力を補充する魔道具が繋がれている。貴重な光魔法が惜しみなく込められた魔石をふんだんに入れ替える必要がある、超高価な代物である。今回の治療だけで城一つ分くらいのお金がかかっているのではなかろうか。前世庶民のリーナベルは胃がキリキリしてきた。
事故では怪我人が多く出たものの、死人は出なかったとのこと。ジルベルトが庇った同僚も光魔術による治療を受けて命に別状なく、後遺症も残らなかったらしい。リーナベルがいなければ間違いなく死人がたくさん出ていただろうと、改めてお礼を言われた。
リーナベルは万能ではないので、ジルベルトを何とか助けることだけ考えていたが、自分の行動で人の命が助かったなら本当に良かったと思った。
ジルベルトはリーナベルを心配して、三日三晩寝ずに看病していたらしい。日中は家族や医師が代わる代わる同席していたらしいが、夜間は一人で付いていてくれたようだ。
未婚の男女が同室にいることは本来好ましくないが、命の恩人の看病をさせて欲しいと、ジルベルトがリーナベルの両親に頼み込んだとのこと。配慮としてドアは開けられているが、周囲に人の気配はない。
それにしても彼と二人っきりなんて、最高に幸せな反面、とても緊張してしまう。
何かさっき爆弾発言があった気がするし。
色々とキャパオーバーなので頭の片隅に追いやっているけれど、ふとした拍子に思い出してしまうので、さっきからリーナベルは赤くなったり青くなったり百面相をしている。
話しているうちに、温かい薬草粥のようなものが運ばれてきた。それを、なんとジルベルトが手ずから食べさせようとしてきたので、固辞して自分で食べさせてもらった。ジルベルトは心なしかしょんぼりしていた。申し訳ないけれど、リーナベルは自分の心臓を優先した。あまりにも推しの供給過多である。
家族は朝にこちらへ来るとの連絡があり、時間に余裕がある。
食べられるだけ粥を食べ、片付けてもらった後、ジルベルト様が神妙な表情で切り出した。
「リーナベル、二人でいられるうちに、あなたに確認したいことがあります」




