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チーズ牛丼

「すみません、三色チーズ牛丼を温玉付きでください」


 とある牛丼屋。午前の十時過ぎだから、客は俺しかいなかった。四人がけのボックス席に悠々と座る。


 数分でチーズ牛丼が出て来た。濃いチーズの臭いを嗅ぎながら、ボソボソと食べ始めた。別に美味しくない。


 俺はこれから、ある大手出版社に放火する予定だが、冷静にチーズ牛丼を食う。意外と心は落ち着いていた。


 十五年かけて一人で書いた最高傑作文学「愛人探偵」をとある文芸賞に送った。しかし、落選。そこまではいいが、大賞受賞作を見て愕然とした。俺が書いた「愛人探偵」とそっくりなあらすじの「正妻探偵」という作品が受賞していた。


 パクってやがる。俺はそう思った。


 その作者もバカっぽい派遣OLの女だった。きっと編集長か何かのコネで俺の作品を盗んで受賞させたんだ。そうに違いない。妄想は止まらず、出版社に放火しようという考えに至った。


 しかし、このチーズ牛丼まずいな。俺みたいなヤツは、ネットでチー牛っていうらしい。学歴、収入、顔、何もない男がそう呼ばれていた事を思い出し、まずくなってくる。


 その上、俺は家族もいない。両親はカルトにはまり、俺を虐待していた。失うものなど何もないのだ。犯罪を犯しても痛くも痒くもない。


 そんな事を考えながら、チーズ牛丼を食べる。そんな時。


「いらっしゃいませー」


 そこに女が店に入ってきた。パンツスーツのアラフォー女だ。誰かと電話しているようだった。カウンター席で牛丼を食べはじめても電話はやめない。


「先生、その何年もかけた最高傑作っていつ出来るんですか? ゴタゴタ言う前に書いてください。まあ、作品書いちゃったら『俺はまだ本気出してないだけ』って言い訳できませんからね。とにかく締め切りまで必ず原稿を出してくださいよ」


 どうやら女は編集者で、話相手は作家か?


「パクリ? え、世に何本ライトミステリがあると思ってるんですか? テンプレって言葉知ってます? 自意識過剰も大概にしてください。そもそもあそこの編集部は人気作の後追いわざと書かせる方針なんですよね。うちと違って。とにかく書いて、締め切りまでに原稿出してください」


 女はそう言うと、電話を切り、牛丼をガツガツかき込む。


 俺は言葉を失っていた。


 もしや、俺もただの自意識過剰だったのか……?


 急に目の前が開けていくような、目が覚めていくような。そんな感覚がした。それにしてもプロでもこんなボロクソ言われるとか、一人では想像も出来なかった。「人が一人でいるのは良くない」って誰の名言だっけ? そんな言葉も思い出す。


「何か?」


 女が俺に気づき、こちらを見てきた。


「いや、俺の原稿読んでくれるのって可能ですか?」

「はあ? 持ち込み? まあ、いいか。牛丼食べながら、原稿みましょうか」


 なぜかこんな事になってしまった。


 俺はチーズ牛丼を食べながら、ヒヤヒヤしながら女の意見を待つ。これでようやくスタート地点に立てるのだろうか。怖いが、一人で拗らせているよりよっぽどマシかもしれない。何だかチーズ牛丼が少し味良くなった気もする。気のせいか。


 とりあえず、もう出版社に放火できないのは、確かなようだった。

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