表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/47

フライパンの音

 栗原亮太は、美食ライターだった。本人はその自覚はないが、世間ではそう言われていた。


 元々は売れない作家だったが、エッセイで料亭やレストランの料理をテーマに書いていたら、それが評判となった。今は料亭やレストランを巡り、文章を書くのが本業となりつつある。


 今日も仕事でレストランへ行く。塩だけで味付けしたシンプルな肉を食す。


 この塩が貴重なもので、食べていくうちに味が変化していく。


「美味い」


 ただ、今は仕事。どう文にするか、さっそく悩みはじめていた。美味しい、確かに美味しいが、同時にストレスもあり、最近はレストランの食事も楽しめない。編集者に依頼された店に行くのも辛い。本当はカタコトのインド人がやってる汚いカレー屋とかも好きだが、そういう店は選ばれない。それに今日は編集長と一緒というのも、楽しくはない。書籍の部数や人気の本の話題ばかりで、緊張してくる。


 そんな亮太の一番の好物は、寿司でも肉でも、天ぷらでもピザでもなかった。


「ただいま」

「あなた、今日は豆苗と竹輪の炒め物よ」

「よっしゃ!」


 家に帰り、亮太はガッツポーズをとる。古い団地の一室が我が家だ。売れない時からずっとここで住んでいる。一人息子もう大学生で、学校の寮に暮らしていていて、今は夫婦二人暮らしだった。


「待っててね、すぐ作るから」


 食卓に行き、キッチンに立つ妻の後ろ姿を見つめる。コンロに火をつけ、妻はフライパンで炒めものをはじめた。


 ジュ、ジュッ、ザザっと音が響く。妻の持つフライパンはまるで楽器のようだ。妻も鼻歌まじりに楽器を奏でている。


 そんな音に耳を傾けながら、腹がなる。亮太の一番の好物は、この豆苗と竹輪の炒め物だった。


 いかにも家庭料理。豆苗と竹輪という安価な食材を使っているので、節約飯でもある。売れない時から妻が作ってくれたご飯。お金がない時に食べたこの家庭料理は、何よりもご馳走だった事を思い出す。このフライパンの音を聞くたびにワクワクし、多少の苦労もどうでも良くなるものだ。


「あなた、出来たわよ!」


 豆苗と竹輪の炒め物が乗った大皿を、妻が目の前に置く。ソースが焦げる臭いやほかほかの湯気がたまらない。この料理は、どこのレストランや料亭に行っても食べられない。このフライパンの音も、うちでしか聞こえない。


「いただきます」


 夫婦で手を合わせ、笑顔で食べはじめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ