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誰かとごはんを食べたくなる物語  作者: 地野千塩


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ドッペルゲンガーとおやつを

 職場に新人が入ってきた。初日から「主婦なので、子供の世話で時々、休みます」と宣言してきた。


「青山さん、だから、ここのエクセルの数字が違うでしょ? なんで言われた通りにできなの?」


 一井水紀はその新人に「指導」していた。相手は萎縮していたが、余計にイライラする。


 狭いオフィスだ。一応経理部ということになっているが、水紀は鶏小屋にいるような気分だ。


 そんな水紀はお局、いや、ベテラン社員としてこの鶏小屋のボスをしていた。元々社長とも親戚で、いわゆるコネ社員でなかなかクビにできない事情もあった。当然、新人の「指導」を咎める人物もいなかった。別の言葉でいえば腫れ物ともいう。


 そして今日も昼が過ぎ、午後三時の休憩時間となった。この時間は水紀たと女子社員がお菓子を配り、鶏小屋でも華やかな雰囲気は流れるが。


 水紀は新人へお菓子は配らなかった。うっかりミスじゃない。わざわざ悪意を込めてしていた。


「受ける、傷ついた顔してるし」


 取り巻きの女子社員と共にクスクス笑っていると、いいストレス解消になる。


 思えば水紀のようなアラフォー独身女性には、社会の居場所がない。殺虫スプレーをかけられたみたいに、その存在は透明と化す。このぐらいの意地悪、社会からされていることに比べたら可愛いもの。そう、自分に言い聞かせていた。罪悪感はまるで無い。


 そんな水紀だったが、特に幸せは感じられず、病気も発覚し、しばらく自宅療養することになってしまった。


「なんでよ。どうして私がこんな目に合うのかわからない」


 一人、自宅のアパートで愚痴っていると、孤独感は余計に増してくる。


 鏡を見ると、意地悪そうな顔の女がいる。白髪も浮いてる。肌にはシミやシワもある。こんな自分は好きじゃない。


「ねえ、水紀」

「は?」


 自己嫌悪でいっぱいになった時、目の前に「自分」が現れた。まるで鏡から抜け出してきたよう。「自分」が目の前にいるファンタジーか。ドッペルゲンガーという存在かもしれないが、自己嫌悪の方が勝ってしまう。


「出て行ってよ。あんたなんて嫌い!」


 とっさに追い出そうとしたが、「自分」はお腹が減っているらしい。何か食わせろと図々しい要求までしてきた。


 ますます自己嫌悪が強まるが、仕方ない。冷蔵庫からプリンを出し一緒に食べた。時計はちょうど午後三時を指していた。


「おいしい」


 うまそうにプリンを食べている「自分」は意地悪そうな顔をしていない。珍しい。こんな無防備な顔もできるのか。


「私はあんたが嫌いだ」

「は?」


 そして「自分」も、水紀が嫌いだと告白してきた。


「なんの罪もない新人をいじめているあんたが嫌い。どうしてそういう意地悪なことするかな?」

「そ、それは」


 食べていたプリンが急に苦くなってきた。


「もうやめて。そういう悪いことは。私、水紀のことが好きでいたいんだよ。だから、悪いことはやめて」


 決して「自分」は、道徳的な説教はしなかった。目を潤ませていた。今にも泣きそう。


「このプリンだって、水紀と一緒に食べたいよ。笑顔で一緒に食べたい……」


 その瞬間、「自分」は煙のように消えてしまった。テーブルの上には食べかけのプリンだけが放置されたまま。


「そんな……」


 なぜか「自分」が消えてしまったことが寂しく、涙が出てきた。甘いプリンを食べたはずなのに、口の中はずっと苦かった。


 以来、水紀は新人をいじめるのをやめた。三時の休憩時間も、ちゃんとお菓子を配る。


 取り巻きはこの変化に驚いていたが、水紀の表情は明るい。


 自己嫌悪は消えた訳ではないが、少しはマシになってきた気はする。


 明日は休日だ。明日の午後三時は甘くて美味しいものを用意して食べよう。また「自分」に会えるかもしれないから。意地悪もやめる。新人の為じゃない。自分を好きでいる為に。

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