スカルペッタ
ハイスペと付き合うんじゃなかった。うっかりしていたとはいえ、現状に困惑中。
浅木佳織は後悔していた。
マッチングアプリで出会った彼氏は意識高い系のハイスペ。会社も経営し、毎朝五時に起き、筋トレをし、バリバリと仕事をこなす。話す内容も意識が高く、学生時代にイタリア留学した話をされた時は、住む世界の違いを感じた。
先日もデートをしたが、見た目もイケメンで、自分と釣り合っているのかも謎。エンタメでフツーのOLがハイスペと付き合う話も好きだが、実際、その立場に立たないとわからないこともある。
「佳織さん、地球の環境問題を解決するのには、一体どうしたらいいだろう?」
今日もカフェでデート中だったが、なぜか意識が高い話題になってしまう。
実際、そんな話をする彼はカッコいい。目元も真剣で、尊敬もできるが、お腹減った。このカフェのビーガン系米粉ブレッドやオーガニックコーヒーもおいしいけど、お腹にたまらない。
笑顔で相槌を打っていたが、仮面をつけているみたい。本当はカレーとか牛丼とかピザとか、ナポリタンとか脂と炭水化物の塊を食べたいと思う。
次第に退屈してきた。このまま仮面をつけたまま、付き合うのはいいことなのかもわからない。
そんな時だった。彼はアラビアータを注文していた。
正直、佳織は食欲もない。米粉ブレッドも全く減っていなかったが、彼は食欲旺盛だった。
「やっぱり炭水化物だよな」
「え?」
なぜかアラビアータを食べ始めた彼は、笑顔。もう意識高い話題はせず、もくもくとフォークを動かしていた。
しかも食べ終わった時、皿を米粉パンで拭って食べているではないか。
驚いた。マナー的には最悪だろうが、彼は余計に無邪気に笑ってる。
あれ、この人、こんな笑顔もできるの?
素の笑顔だ。何も飾っていない。もしかしたら、仮面をつけていたのは自分だけだったのかも。
「イタリアではこういう、最後に皿をパンで拭って食べるのスカルペッタというんだ」
「そうなんだ?」
「留学していた時知ったんだ。スカルペッタ推奨の店もある。まあ、マナー違反だよ。親しい人の前でしかしない」
そう言った彼は白い歯を見せて笑う。笑うとえくぼができ、ちょっと幼く見える。
「そうなの?」
気が抜けてきた。相手をハイスペと思い、外見ばっかり見ていた気がする。本当は同じ人間なのに。
「わたしもスカルペッタ、やってみようかな?」
初めて相手に興味が出てきた。もっと知りたいと思う。そう思うと、余計に気が抜けてきた。




