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誰かとごはんを食べたくなる物語  作者: 地野千塩


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素顔のトマト

 婚活パーティー、マッチングアプリ、結婚相談所。婚活サービスに課金し、時間もかけ、出会った男は千人以上。今だに私の王子様は迎えに来ない。


「ここのイタリアン、うまいんだよ」


 今日もマッチングアプリで会った田中裕翔という男に会った。工場勤務の三十歳。食品の袋を印刷、加工しているニッチな工場で働いているという。人気菓子メーカーも田中の会社が取り先らしく、安定はしているとか。


「へえ。そうですね」


 私は田中の話は興味はないが、女子アナのような笑顔を作り、濃いめのトマトソースのパスタを食べる。


 田中が連れてきた家庭的なイタリアン。壁には店長の家族写真や趣味の工芸品も並び、アットホームな雰囲気。他の客も常連客っぽい。


 確かにパスタは美味しいが、婚活で食べたいメニューじゃないんだよな。口周り汚れるし。


 でもそんな事言って嫌われるのも嫌だし、女子アナみたいに笑う。ああ、女子アナになりたい。女子アナだったらすぐに結婚できるのに。


 服も無難にまとめて女子アナ風。髪もふんわりと巻いた。婚活カウンセラーにはこの方が男ウケいいからって軽く脅されたし。


 田中との会話は和やかに進む。当たり前。婚活カウンセラーの言う通りに笑顔でニコニコ頷いているから。


 でみ内心は空虚。私って婚活カウンセラーの操り人形だっけ? ああ、退屈。婚活やめたい。


「っていうか、割り勘でいいか?」

「へ?」

「何か奢るのとか面倒だから、割り勘でいいyいね?」


 婚活で奢るor奢らないはネットでも揉めるトピック。婚活カウンセラーには相手の言う通りにしろと言われていたが、内心イラつく。女は奢って欲しい生き物なんだよ。ぶっちゃけ守り養われたい本能がある。


「ええ、分かった」


 それでも私は薄く笑い、本心を袋に入れて隠す。

 他人に擬態しないと愛されない、結婚できない、幸せになれない。頭の中は呪いのような言葉で埋まっていくが。


 そこになぜか店長がやってきた。ご新規さんという事で特別に冷やしトマトを持ってきた。


「シンプルな料理です。素材の味を生かしてね」


 なぜかそんなセリフを残すと、店長は去っていく。


 確かにシンプルな料理だ。ざく切りのトマトに塩とオリーブオイルだけ。実際食べて見ても素材の味しかしない。オリーブオイルと塩味がそこを引き立てているだけ。素顔のようなトマト。


 目の前にいる田中はこの味に子供のように喜んでいた。


「うま!」


 無邪気に喜ぶ田中を見ていて思う。なぜ自分が女子アナという他人になろうとしていたのだろうか?


 本当はワガママで女の本能も強いタイプなのに。


「あの、本当は奢ってくれない? あなた、男でしょ。そっちの方が嬉しいんだけど」


 トマトのせいで舌が滑らかになっていたんだろうか。うっかり本音をこぼしてしまったが、後の祭り。絶対ブロックされると思った。奢ってなんていう女絶対モテないはず。


「あはは、ウケる!」


 なぜか田中は腹を抱えて大笑い。目尻に濃い皺まで作って笑っていた。


「君、案外おもしれー女だねぇ。いいよ、奢ってあげよう」

「は、いいの?」

「初めて本心見せてくれたねしね? 袋扱うのは仕事中だけでいいから。やっぱり中身が必要だよ」

「は?」


 トントン拍子に次のデートの日付まで決まっていく。


 あんな本音言ったのが逆に良かった?


 わからないが、この田中の笑顔は悪くないと思う。このトマトも美味しい。トマトはトマト。もう女子アナになれなくても良いかも。


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