一人のミートソース
マッチングアプリで出会った男が退屈だった。どことなく偉そう。仕事や資格の自慢ばかり。はっきり言って会話もつまらなかったが、驕りもしない。おまけにブスとか暴言を吐いたので、ひっ叩いてやった。
「あー、またやってしまったよ」
帰り道、後悔しかない。我ながら勝気な女だと思う。そのおかげで仕事はできたが、何か大事なものを失っているような……。
SNSの婚活垢で愚痴りたいが、何度も炎上していた。どうせまた、高望みとかブスとかおばさんとかコメントがくるのだ。私はSNSを見るのをやめ、夕食の材料を買いにスーパーへ。
一人分の食材を買うのはすっかり慣れた。どのぐらい買うと余らせないか、だいたい分かる。一人暮らしも十年以上続けていればプロの域だ。
「ま、今日はパスタにすっか」
最近は米不足でパスタを買いだめしていた。キャベツや納豆を買うと、パスタコーナーへ。
目の前で若い夫婦がレトルトのミートソースを買っていく。こういうパスタソースは大抵二人分。夫婦にはピッタリな食材だ。
夫婦は笑顔だ。別に彼らは何もしていないが傷つけられたような。彼らには平凡な幸せも自分には遠い。何故だろう。別にマッチングアプリで会った男の事などどうでも良いのに、ブスと言われた事に傷ついていたんだと気づいてしまう。
「あ、ミートソース一人分のも売ってるじゃん」
そんな苦味が胸に溢れた時、顔を上げると、一人分のミートソースもちゃんと売っていた事に気づく。
新製品らしい。レンジで三十秒温めるだけでミートソースができる。それを茹でた麺と和えると完成。
健気な企業努力に少し苦笑してしまう。おそらく、自分のような一人暮らしを想定して企画・開発したのだろう。
その過程を想像すると、案外自分は一人でも無いのかもしれない。このスーパーで買い物が出来るのも、一人暮らしが出来るのも多くの人の助けがあるからだ。
私は一人分のミートソースをカゴに入れる。
いつか誰かと一緒にミートソースを食べる時を想いつつ、今はこれでも十分幸せかもしれない。一人だけど、きっと今も独りではないから。




