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誰かとごはんを食べたくなる物語  作者: 地野千塩


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パイナップル料理肯定論

 噂が広まっているらしい。


 亜美はメイクやファッションの動画を作り発信していた。いわゆるインフルエンサーだったが、ホストにハマって借金漬けとか、既に子持ちとか、地元でいじめっ子だったとか事実無根の噂が広まっている。主にSNSやネットの掲示板で。


 ただの噂だ。放っておけば収まるだろうと思うが、亜美は案外メンタルが細かった。見た目は金髪でメイクも濃いめ。派手なルックスだが、嫌われる勇気なんてない。中身は案外お豆腐メンタルなのだ。ホスト、子持ち、いじめなどという噂は、亜美の中身をよく知っている者からしたら、お笑いでしかないだろうが。


「面白い。ネットでそんな噂されてるの?」


 ここは亜美の通う大学のカフェテリア。昼から少し時間が経っているので、学生は少なめだった。


 今日は友達の光希と一緒に昼ご飯を食べていたのが、話の流れでついつい噂の事を相談してしまった。


 光希は亜美と違って外見は地味だ。メガネに黒髪。外見だけでは何の共通点もないが、漫画やアニメの趣味が合う。今度一緒に同人誌でも作ろうかと計画していた。


「そんな事亜美がやってるわけないじゃん。誤解されすぎで、逆に面白い」

「他人事だと思って」

「いや、面白い」


 ケラケラと光希の笑い声が響く。


 亜美は思わずむっとし、食事をすすめた。今日はA定食の麻婆豆腐。ご飯と味噌汁つきでワンコインだ。量もそこそこ多く、貧乏大学生にはありがたい定食だ。


 一方、光希はB定食の酢豚を食べていた。この酢豚、パイナップル入りだった。おかずに甘いパイナップルが入っているのが、なんとなく気持ち悪いが、充希は美味しそうに食べている。


「パイナップル入りで美味しいの?」


 納得いかないので、聞いてみる。


「美味しい。この甘酸っぱさがたまらんよ。見た目も南国風でいいよねぇ。パッと華やぐわ。肉を柔らかくするみたいで、元々は高級料理でもあったんだよ」


 充希は目を細め、実に幸せそうだ。頬のあたりも緩んでいる。B定食もワンコインだが、五百円でこんな幸せになれるんだったら、安いものかもしれないが。


「変わってるね」


 パイナップルに酢豚。そんな料理がある事は認めるが、亜美は酢豚にはパイナップルは無い方がいい。食の好みは人それぞれという事なのだろうか。他人の好みは自分ではよくわからない。


「うん。変わってるよ」

「本当、堂々としてるよ」

「変わってるって言われて自分を殺すより美味しいもの食べらた方が幸せじゃん」

「確かにそうだけど……」

「自分を殺す人間って、だいたい不満を人のせいにするから良くない。だったら、開き直って好きな事やってる方がまだマシ」


 お豆腐メンタルの亜美は納得できず、口篭ってしまう。なぜかネットにある悪口の一つ一つも思い出す。それは小さな棘のように心に刺さって抜けない。気にしなくて良いと言われても、他人の目を全てスルーできるほど強くもない。


「びっくりドンキーで、パインバーグディッシュっていう料理があるのけど、食べた事ある?」

「無いよ」

「パイナップルのハンバーグで一時期メニューから消えてたんだけど、熱心なファンの要望が多くて結局復活したらしいよ。パイナップル料理好きの私はグッジョブだわ」


 光希はそう言って、再び幸せそうに酢豚を食べている。


「亜美はニッチ需要で頑張ってもいいかもね? 大衆に薄く好かれるより、こんな風に狭い範囲で深く愛される方が幸せっていう場合もある」


 確かに光希に食べられる酢豚は幸せだろう。何より、光希自身が一番幸せそうに見えたから。


「それに他人に何言われても亜美が優しい子って事実は全く変わらないし」


 光希の声を聞いていると、目の奥が痛くなり、しみるように痛い。自分一人で悩んでいたら、決して得られなかった答えが見つかった気がした。


「私もパイナップル入りの酢豚食べてみようかな?」

「定食はローテだから、たぶん再来週ぐらいに同じものあるよ! 推すわ、是非食べて」


 光希は笑顔で言うと、再びパイナップル入りの酢豚を食べていた。


 パイナップル入りの酢豚なんて気持ち悪いと思っていたが、これはこれで良いかもしれない。


 亜美の心に刺さっていた棘は、もう全て消えていた。


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