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誰かとごはんを食べたくなる物語  作者: 地野千塩


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最期の晩餐

 最期の食事は何が良いだろう。美津はそんな事ばかり考えていた。


 あの日、美津が学校帰りに祖母と会ったのは、本当に偶然だった。ちょうど最寄りの駅に着き、バスに乗るところだった。


「みっちゃんじゃない!」

「わあ、ばあちゃん、偶然」

「学校帰り? なんかお腹減らない?」


 確かに空腹を覚えていた。しかし、この辺りは駅近くの繁華街。落ち着いてご飯を食べられるところは思いつかない。


「でもマックぐらいしかないな」

「あら、良いじゃない。マック行きましょう!」

「え、良いの?」


 祖母は料理教室の先生だった。母によると、こだわりの和食を教えていたらしい。今日も料理教室の教え子に会うために都心の方に来たという。


 それにしても祖母はいつも上品な和服に身を包み、意識が高そう。こだわりの和食を教えているというのも頷けるが、マックでOKというのは、意外だった。


「私、一度マックに行ってみたかったのよ」

「そうなん?」


 意外だったが、遠く離れて暮らす祖母のことはよく知らないのも事実だった。


 二人で駅前のマックに向かう。マックは、女子高生や大学生らしい若者で列ができていた。和服の意識が高そうな祖母は、明らかに浮いていた。一方、美津は制服姿の女子高生。何の違和感もない。


「ばあちゃん、何がいい?」

「これ、このハッピーセットってやつがいいわ。ちいかわってキャラのオマケがつくの?」


 妙に祖母ははしゃいでいた。人生初のマックに興奮しているのだろうか。キョロキョロと周りを見ながら、落ち着かない様子だ。美津はマックによく行っているので、その感覚はわからない。


 二階の席に行き、二人でハッピーセットを食べる。祖母も美津もハンバーガーにコーラのセットにした。ポテトはSサイズで小さめだ。


「このポテトって美味しいわね」


 祖母は顔をさらに皺くちゃにして喜んでいた。その上、オマケのちいかわのシールを手帳に貼っり、ご機嫌だ。


 近くの席では、ヤンキーの家族がいた。柄が悪いヤンキー達と、祖母はミスマッチすぎて、違和感しかない。それにファストフード特有の油の臭いも鼻につく。安っぽいペラペラのトレーなんかも急に気になってくる。


「ばあちゃん、楽しい?」


 こんなファストフードで申し訳ない気持ちになってきた。美津は、高級な料亭やレストランは全く知らないが、正直、この油まみれのポテトやハンバーガーの方が美味しいと思う。


「ええ、楽しい!」


 祖母は子供のような笑顔を見せていた。


 この時は、祖母の最期の食事がこれになるとは、想像もしていなかった。


 この後、祖母は新幹線で自宅に帰ったそうだが、その直後に倒れ、帰らぬ人となってしまった。祖母は心臓に持病があり、急変したという。病院に運ばれたが、助からなかった。


 あのマックのハッピーセットが、祖母の最期の食事になるなんて……。


 本当はもっと豪華な寿司やすき焼き、ケーキなんかが良かったんじゃないかと思うが、もう遅い。後悔しかない。


「みっちゃん、ちょっと」


 火葬場で祖母の身体が灰になるのを待っている時だった。祖父に呼ばれた。


「じいちゃん、何?」

「最期の日、みっちゃんに会ったんだね」


 祖父は祖母が持っていた手帳を見せてくれた。手帳のメモ欄には、ハッピーセットのオマケのちいかわのシール。その側に、走り書きがある。


 みっちゃんとマック行けて楽しかった! 若返った気分よ。


 そんな達筆な文字を見ながら、鼻の奥が痛くなってきた。


「最期の食事がマックで良かったのかな?」

「マックでも何でもみっちゃんと食事できたのが嬉しかったんだと思うよ。最期に良い思い出できたはずだ。ありがとうな」


 祖父の言葉に泣きそうになる。


 そういえば学校では黙食を強制されているが、いつ最期の食事になるかわからないものだ。その時、残された者も後悔なんてしないように。


 美津はそう願いながら、涙をこぼす。祖母の手帳の上に小さな雫が落ちていた。

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