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平成の米騒動〜タイ料理とお見合い〜

 消費税も始まり、バブルのムードは消え去っていた。テレビドラマも暗くなり、トレンディな華やかな空気も消え、今はどことなく暗い世相だった。


「悪魔ちゃん命名騒動ってどう思う?」


 ここは、とあるホテルのラウンジだった。今日は、お見合い相手とお茶をしていた。親戚が持ってきた話だったが、正直興味はない。私も働いているし、専業主婦もこれから減っていくと思っていた。この男とは親戚の顔をたてる為に会っているようなものだった。


 男はなぜか、去年問題になっていた「悪魔ちゃん命名問題」を話題にしていた。相手は公務員の男だが、話題は広がらず、はっきり言って退屈だった。


「いえ、別に……。子供はかわいそうですが」


 私はそう言い、コーヒーを啜る。一応よそ行きのワンピースを着込み、メイクをし、前髪をふわっとセットしてやってきたが、後悔していた。来るんじゃなかった。だんだんと相手の男の顔がのっぺらぼうに見えてきた。


「ところで、タイ米って不味くない?」


 話題は悪魔ちゃん騒動から、タイ米にうつった。去年は米が不作だった。火山の噴火や冷夏の影響もあり、米がとれず、日本政府はタイ米を輸入する事を決定した。


 ところが、このタイ米はパサパサとし、日本の米と違い、不評だった。中にはネズミの死骸などの遺物も入っているという噂も出回り、「美味しい」という発言は聞いたことがない。


 確かにチャーハンなどにすると美味しいらしいが、毎食チャーハンにするわけにもいかない。今の時代は醤油と味噌と白米の和食が一般的。多くの日本人には不評な要素が多かった。


 私の両親も「タイ米不味い!」と怒り散らし、どうにか国産米を探して独り占めしていた。いわゆる闇米である。電気屋さんで違法な米が売られていたりしていた。


 そんな両親の姿を見ていると、引くというか、「そこまでする?」と思ってしまう。確かにタイ米は口に合わないかもしれないが、食べられるだけ有難いんじゃないか。両親は戦争も体験しているはずだが、当時の食糧不足の事はすっかり忘れてしまったようだ。


 目の前の男は、ずっとタイ米の悪口を言っていた。まずい、パサパサ、あっさりし過ぎ、と。どうやら男は食にこだわりがあるらしい。ここでも一番高いショートケーキとコーヒーのセットを頼んでいる。


 こんな男を見ていると、結婚後、料理に文句つけられるのが、ありありと想像できてしまい、思わず眉間に皺がよる。私の勝手な想像だが。


 逆にタイ米を擁護したくなってきた。雑誌やテレビからの「タイ米の美味しい食べ方」を調べ、作ってみる事にした。


 炊飯器で作ると不味いらしいので、鍋で茹でるように作ったり、餅米をブレンドして炊いたりした。この餅米とブレンドについては、意外ともっちりと仕上がり、両親も「タイ米案外悪くない?」と意見を変えさせる事に成功した。また、サラダオイルを入れて炊いたり、合う和食を探したり、色々と工夫するのも楽しく、毎日のようにキッチンに立っていた。


 タイ料理のカオマンガイやナシゴレンも作ってみたが、これも美味しい。グリーンカレーというのも、わざわざ輸入食品店に行き、材料を揃えて作ってみたが、辛さが癖になる。あのパサっとした米とグリーンカレーの相性は最高で、おいしかった。パクチーも欲しいのだが、スーパーに売ってないし、自分で育てるのも良いかも。


 お陰ですっかり料理も上手になったが、こんな私を見て、両親が誤解した。あの見合い相手に本気になり花嫁修行をやっていると勘違いされ、再び会う事になってしまった。


 再びあのホテルのラウンジで会う。静かなクラシックが流れ、周りでは商談している人もいたが、私はペラペラとタイ米の素晴らしさを力説していた。


「タイ米はダイエットにも良いですよ。血糖値が上がりにくいとか」


 タイ料理のレシピを調べるうちに、そんな事まで知った。また、美味しいタイ料理屋も発掘し、店主とも仲良くなっていた。店主もタイ人だったが、この騒動には心を痛めていた。日本がお米を輸入したおかげで、貧困層がお米食べられるかもと懸念していた。そんな事を聞くと、一方的に「パサパサして不味い」なんて言うのは、どうなのかと思ってしまう。ネズミの死骸などの異物が入っているのもデマだ。マスコミや政治家のタイ米の発言も偏っているとも思う。日本の米と混ぜて売ったのも政治家の愚策だろう。


 男は、私のタイ米熱に最初は引いていたが、クスッと笑い始めていた。


 うん?


 この笑顔は柔らかくて悪くない。のっぺらぼうに見えた男だったが、だんだんと輪郭が見えてきた。目は二重だし、肌も綺麗だ。よく見ると、眉毛も凛々しく、ちょっと昔の武士のような雰囲気だ。地味だが、ハンサムと言っても良いかもしれない。


「舞子ちゃん、そんなにタイ料理が美味しいんだったら、一緒に食べに行くか?」

「え?」

「うん。なんか話を聞いてたら、なぁ。そのタイ風カレーとやらは美味しそうじゃないか。カオマンガイってやつも、鶏肉が入ってるご飯か? まあ、言うほど不味くはなさそうだ」

「いいの?」

「ああ。何か楽しそうにタイ料理を語る舞子ちゃん見てると、お腹減ってきた……」


 美味しいタイ料理を頭の中で思い浮かべながら、私は笑顔で頷く。


 男は確か五十鈴悠人という名前だったか。そんな事より、今はタイ料理の方に一番興味があるが、この男と一緒に食事を行っても悪くはないかも。


 何かが始まるような予感がしていた。

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