表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰かとごはんを食べたくなる物語  作者: 地野千塩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/54

母のカルテスエッセン

 今日の夕飯は驚いた。パンとチーズ、それにプチトマトとフルーツだけだった。その上、紙皿、紙コップ、割り箸、使い捨てスプーン……。


 パンは近所のパン屋で買ったと思われる田舎パンだ。あそこのパン屋の硬めの田舎パンは、家族もみんな好きだ。夕食に出るのは珍しいが。


 いつもは、温かい味噌汁にご飯。魚や肉の炒めものが多い。母は料理好きで、よく作り置きやホームベーカリーもやっていた。お皿やお箸もこだわり、見た目も良い食卓を心がけていた。また、環境問題も意識が高く、一生懸命ゴミの分別もやっていたのに。これは何かが起こっている。


「もしかして、何かあった?」


 食卓についた私は、母に聞く。しかし、いつも通りにニコニコ食べているだけだった。父も普通に食べている。こっちは無口な人なので、追求しても答えないだろうが。


「カルテスエッセンって知ってる? ドイツの夕飯のことで、パンやチーズの冷たい料理が主らしい」

「へえ」

「向こうは兼業主婦が多いから、こういう夕飯も一般的なんだって」


 典型的な専業主婦の母とドイツがあまり結びつかない。どちらかと言えば昭和の良妻賢母タイプ。料理上手で、弁当も普段の食事も手を抜く事はなかった。


「田舎パンってカンパーニュともいうのね。パンを分け合うって意味らしい」


 なんだか今日の母はテンションが高く、ぺちゃくちゃと雑学を話していた。全くこの食事の意味は話していなかったが、どうでも良い話題は進むらしい。


 こんな食事も数日続いた。現在、大学生であり食べ盛りを過ぎた私でも飽きてきた。栄養バランスは取れているわけだが、あのペラペラな紙皿も、なんだか手抜きしているように見える。ついに私はこんな夕飯も文句をいう。オシャレなドイツ語で誤魔化されていたが、単なる手抜きじゃないか?


「そう、手抜きよ」


 母は全くその点を否定せず、開き直る。


「正直、良妻賢母飽きた。たまにボイコットさせて。料理で愛情はからないで」


 しかも泣き始めてしまい、この食卓のムードは最悪だ。


 父と母が出会ったのは氷河期の大変な時期だった。母はキャリアウーマンになれないと悟り、若い時に戦略的にお見合いして父と結婚したと暴露。料理も本当は好きではないが、先生に習って無理矢理スキルをつけたらしい。


「結婚だけが生きる道だったのよ」

「ちょ、お父さん。こんな事暴露されてるけど、いいの?」

「最初は契約結婚みたいな感じだったのさ。俺も年上で会社経営してたからなぁ。母さんも若かったし」


 父はのんびりと言う。特にこの結婚には不満は無い様子だったが、一人娘の立場は……。


 そうは言っても母は幸せそうだった。これからは、在宅の副業などもやってみたいと夢を語る。


 無理だろうな。


 父と私は顔を見合わす。副業といっても、何のスキルもない母には険しい道に見えたが、ここで水をさす気にもなれない。


 とりあえず、母が良妻賢母の呪縛から解放された事を祝いたい。こんな手抜き料理だが、紙皿と紙コップでパーティーっぽいではないか。気づくと泣いていた母は笑顔を見せていた。


「お母さん、おめでとう」


 一応言葉にして祝うが、母みたいに生きるのは、怖くもなる。


 田舎パンにチーズをはさみ、もぐもぐと咀嚼する。冷たい食事。でもパンは硬くて、噛み締める度に味がする。


 こうして咀嚼しながら、大学卒業後は実家から出ようかと思う。このまま、こんな居心地の良い巣にずっといるのも、嫌な将来が見えてしまった。


 もし、実家から出たら、母の料理も美味しく感じられるかもしれない。


 こんな手抜きでも。どんな料理でも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ