鯛も一人はうまからず
ニホンという国から女が一人やってきた。森に行き、小川の水を汲みに行ったら、困ってる女が一人いた。
短い髪の毛で、ズボンとシャツという男みたいな格好をしている女だ。まだ若い女だが、村でこんな格好をしているものはいない。だいたいが粗末な農作業姿だが、女の着ている服は上質で貴族にも見えた。
とりあえず村の教会に連れていき、この女を保護した。俺はこれでも一応、ここの祭司だ。数人の修道女と修道士達で小さな教会を守っているが、孤児も預かっていた事もある。祭司のくせに若いと舐められる事も多いが、困っているものは放っておけない。
ここは剣と魔法の国・ザーレナンだが、この村はそんな魔力のあるものはいない。農業や漁業で何とか暮らしているような村だったが、「ニホンジン」とやらからたまに迷い込んでくる事も知っている。この女もおそらくそうだろう。教会にある資料を見ても、だいたい特徴が一致していた。向こうからは異世界転移というものらしい。この国とあちらは周波数が合えば行き来できるらしかったが、それは魔法も何も使えない我々はよくわからなかった。
女の言葉もわからないが、とりあえずここでしばらく保護する事になった。女の名前はサオリ。最初はこの国に来たことに戸惑い泣いていたが、修道女達とはすぐに打ち解けていた。言葉も順調に覚え、村の生活にも慣れてきたようだ。
そんなある日。
「ねえ、この村のご飯って不味くない?」
女はこんな事を言い出すようになった。特にパンや野菜スープが質素で口に合わないとか。
サオリの話を聞くと、ニホンという国は食文化が豊かだそう。「デンキ」というにもあり、食品の保存もきくとか。
「ここはそんなものは無い。飯に文句があるなら自分で作れ」
ついついワガママを言うサオリを叱る。パンもスープも修道女や修道士達が一生懸命作ったものだ。文句があるやつは食べなきゃいい。
「ふん! こんな酷い食文化は私が改革してやる」
サオリはヘソを曲げ、料理を自作しはじめた。幸い、この村は海がある。森に行けば木の実やハーブも取り放題土地だ。サオリは自分一人で食材を集め「鯛のカルパッチョ」とやらを作っていた。
確かにこれは美味そうだった。海と山の幸が溶け合う。薄く切った鯛にハーブや木の実が鮮やかに盛り付けられていた。彩もよくこの村には無いようなご馳走に見えた。この村では彩は二の次だ。飢饉もあったので栄養、保存の方が優先度が高い。
意地張って怒っていたサオリだが、泣きながらそれを一人で食べているのに気づく。
「一人で美味しいもの食べても、ホームシックで辛い。美味しくない。帰りたい」
泣いているサオリを見ながら、食に文句をつけていたのも強がりだと察した。確かに全く知らないここの料理も慣れるのに時間を要すると察する。
「色々察せなくて悪かったよ。まあ、この鯛のやつは美味しそうじゃないか」
俺がそう慰めると、修道女達も賛成し、みんなと一緒に食卓を囲んだ。今日はよく晴れているので、教会の庭にテーブルを出してランチにしよう。
不思議な事にみんなで食事をしていると、サオリの涙は止まっていた。結局、食への文句も、心の寂しさが原因だったようだ。現状、サオリをニホンに返す方法は不明で心が痛くなるが、こんな風にみんなと一緒に食事をする事はできる。寂しさを紛らわせる事は我々でもできそうだ。
「日本語には、『鯛も一人はうまからず』って言葉があるの。本当かもね」
サオリはそんな事を言っていたが、ニホンゴはよくわからない。まあ、その意味はおいおい聞けばいい。とりあえず今日は、みんなで笑顔で食事をしたいと思う。




