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みんなで食べる栗ご飯〜ご馳走のかて飯〜

 戦争が終わった。もう空襲に怯えなくて良かったと思ったが、別にそんな事はなかった。むしろ、それからが地獄だった。


 両親、祖父母、兄、弟を空襲で亡くした。その後、親戚の家にたらい回しにされたが、従兄弟の娘に虐げられていた。


「こんな薄汚い孤児の面倒なんて見たくないわ。金も稼げない穀潰しの疫病神」


 そんな嫌味を毎日言われ、食事の回数も減っていき、3日に1回ぐらいの頻度になってしまった。


 従兄弟の家はそこそこ裕福だったが、居心地が悪く、ついに家出を決めた。といっても他に行くところはなく、駅の待合室へ向かう。駅には自分と似たような戦争孤児も多くいたので、少し安心できた。


 少し悪い子と連み、大人の財布を盗んだりもした。それぐらい余裕がなく、生きる為に必死だった。盗んだ金で闇市で食べ物も調達する。腹は一杯になったが、心はすり減って行くのを感じていた。もう自分に温かい食事は無縁になるだろうという予感もあり、心もひもじくて仕方なかった。


 そんなある日、いつものように財布を盗もうとしてたところ、見つかってしまった。


 痩せた40歳ぐらいの男性だった。スーツ姿だったが、肘や膝は擦り切れ、粗末なものだった。目は笑っているように細く、怒られるという感じはしなかった。男性の隣には、同じ年齢ぐらいの女性もいて、おそらく夫婦だ。女性は私の背丈にまでしゃがみ、こう言った。


「あなた、孤児? 行くところない?」


 私は頷くしかなかった。なぜそんな事を聞くのか疑問だったが。


「だったらウチの施設に来なさい」


 男性の方はそう言う。何でもこの夫婦は牧師で、戦争孤児の施設を運営しているらしい。


 そんなおいしい話はあるか。


 そう反抗したくなる。確か似たような施設で虐待が横行しているという噂も聞いた。若い女は騙されて娼館のような施設に行かされた者の話も聞く。そうでなくても米国人に襲われた女の話も耳に入ってくる。私達孤児を見る大人も目はいつも冷たい。私は大人に不信感もあった。甘い話もやすやすと信じる事はできなかった。


「嫌だ。ずっと駅にいる」


 そう言って拒否した。意外にも夫婦はあっさりと引き下がり、去っていく。


 やっぱり詐欺だったのか謎だったが、その後も夫婦は何度も私の元にやってきては、様子を見ていた。財布の盗みに成功すると、「よくやった!」と褒められる時もあった。本当に牧師夫婦か? 全く意味がわからないが、ある日、妻の直子から、おにぎりを貰った。


 栗の入ったおにぎりだった。かて飯と言われているものだった。米は貴重なので、芋や大根、かぼちゃでかさ増しして食べるのが、このかて飯。


「うちは庭で栗を育ててるのよ。今がみんなで大収穫ねぇ」

「へえ」

「ほっくり甘くて最高なんだよね」


 そんな話を聞きながら、栗の入ったおにぎりを食べる。ほっくりと優しい味のおにぎりだった。確かに米は少ないが、その分、栗の甘みが身に染みる。かてご飯なんてひもじくて大嫌いだったが、死んだ母が工夫して作ってくれた料理の数々も思い出し、泣きたくなってきた。そういえば誰かと一緒にご飯を食べるのは、久しぶりだった気がする。


「ウチくる? ウチに来れば栗のご飯食べられるわ」


 直子は苦笑しながら、言う。それも良いのかもしれない。これは胃袋を掴まれてしまったという事だろうか。


 その後、夫婦が運営する戦争孤児の施設で暮らすようになった。同じような境遇の子供が十数人いて、大家族のようだった。中には米国人に身体を売っていた若い女も保護されていて、子供だけの施設という感じでもなかったが。


 施設の庭では野菜も育てていて、大きな栗の木もあった。食糧難の時代だ。夫婦は農家に頭を下げ、援助をして貰っている姿もたびたび見た。


 何でこんな金にもならない事をやっているのか疑問だったが、ここで暮らすうちに大人への不信感は消えていた。牧師夫婦が信じる神様のことなんてよく理解できないが、もしかしたら、自分も完全に神様に見捨てられてはいなかったと思う。


「瑞稀姉ちゃん、翔子姉ちゃん、栗はこんな風でいいの?」


 今日は収穫した栗をみんなで皮を剥いていた。同じ施設にいるお姉ちゃんにやり方を聞きながら、栗の皮を剥く。


「上手! その調子」


 お姉ちゃん達に褒められ、私は調子に乗りながら、栗の皮を剥いていく。あっという間にカゴいっぱいの栗の皮が剥けていく。


 今日の夜は、栗ご飯だ。戦時中は、かて飯と言われた貧しいご飯だったが、今はそう思わない。


 みんなで大きなちゃぶ台を囲んで食べるご飯は、今の私には何よりもご馳走だった。

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