火事炎上は初期消火で防ぎましょう
そういえば、主人公誰だろう。
「お兄さま。これを差し上げます」
魔道具を作る事しか興味のない妹が久しぶりに声を掛けてきたと思ったら不思議なブローチを持ってきた。
「なんだこれは?」
「呪いを中和する魔道具です。お兄さまに想い人が出来たら差し上げてください」
前髪が長いから顔が見えないが、淡々と告げてくる妹の魔道具はそれはそれは有名なものだ。
危険な目にあった時に簡易結界で身を守ってくれる道具とか。
脅迫された時に音と映像を録音録画して、登録してある先にその映像と音を送り出す魔道具であったり。
最近では、壁などの障害のある場所に入り込んで中の様子を伝えてくれる虫型の魔道具が評判だ。
そんな妹の作り出した呪いを中和する道具。
「そんな貴重なものを受け取っていいのかい?」
妹の作り出した新作だ。誰だってこぞって欲しがるはずだ。
「いや、それよりも想い人が出来たらッて、わたしには婚約者が居るのだが」
婚約者が居るのに想い人が出来たらというのは浮気だろうともしかしたら魔道具作りの能力に全振りしてしまったので一般常識を知らないのかと心配になって尋ねると。
「……それが普通なんですよね。じゃあ、どうして」
ぼそっ
小さな声で呟いたがよく聞き取れなかった。
「アマンダ?」
「試作品なので。もし何か支障があったら教えてください。改良しますので」
さっきの呟きを言い直すことなく、魔道具に視線を送って告げた。
「お兄さまの魔法学校入学祝です」
と、言われたので、そういう事かと納得して受け取った。
まさか、妹は魔道具作りの天才だったのではなく、預言者だったのかと思えるぐらい入学式で運命に会った。
男爵令嬢の彼女は貴重な光魔法の持ち主で、とある授業で魔力暴走が起きた時にその光魔法でクラスの全員を治癒して、魔力を使い切って倒れてしまったのだが、その時とっさに支えてその華奢な身体に驚いて、その彼女から香る甘い香りにうっとりとしてしまい、そんな小さな身体でみんなを救ったのかと思ったらもう。
――恋に落ちるのは当然だろう!!
それから彼女の傍につかず離れず一緒に居た。彼女の傍には同じように彼女の魅力に取りつかれた殿下や公爵令息などもいたが、それだけ彼女が魅力的なのだから仕方ないと納得する。
「ふふっ。レオン君って面白いわね」
そう微笑んでもらうと天にも昇るような気持ちになり、その彼女から香る匂いにくらくらしてしまう。もっと微笑んでもらいたいと思ってふと妹が渡してくれた魔道具を取り出す。
『お兄さまに想い人が出来たら渡してください』
と言われて入学祝としてもらったブローチ。受け取った時は気にしていなかったが、女性受けの良さそうなブローチだ。
「これを」
「まあ♪ くれるの。ありがとう♪」
満面の笑みを浮かべて、さっそくつけていいかしらとブローチを胸に飾った。
その途端。
くらっ
眩暈に襲われて、今まで魅力的だった少女の顔が醜いものに感じられた。
返事を待たずにブローチを着ける様が浅慮過ぎる。
制服を着崩している様がみっともない。
礼儀作法も拙く、第一、今の時間は本来なら授業中なのに何で自分はここにいるんだろう。
「どういう事だ……」
呟いたのは自分かと思ったがそうではなかった。
「何で私は授業をサボってこんな場所に……」
信じられないと目を見開くのはこの国の王太子殿下。
「何で僕は殿下を諫めないといけない立場でありながらともにこんな場所に……」
呆然としているのは宰相の息子。
「殿下の御身を守る立場でありながら何でこんな無防備に……」
近衛騎士である青年も殿下を守るには距離を置きすぎている事に驚愕している。
「えっ? みんなどうしちゃったの?」
今まで魅力的だと思った彼女の行動一つ一つに粗が見えて、そう感じるともう無理だった。
この場にいた全員。彼女に声を掛けるとすぐにその場を後にして、本来いるべき場所に戻っていった。
その様を防犯用に設置してあった魔道具がじっと撮影していた。
(ああ。どうやら成功のようね)
アマンダはメンテナンスとして、学校に取り付けてあった防犯魔道具を確認して安堵する。
「ゲームでは魅力的だとあったけど、冷静に考えると略奪愛だし、常識外れだったのよね」
アマンダはこの世界ではない別の世界の記憶があった。
もともと機械いじりが好きだった前世の自分が、このゲームを知っていたのはそんなゲームが好きだった姉がいたからだ。
姉にさんざんゲームの魅力を語られたが、全く魅力に感じず、逆にそんなゲームの在り方に疑問を抱いたものだ。
それと同時に別の姉からもざまぁ系小説を勧められたが、それも特にはまらなかった。
(そんな事が起きるなら事前に阻止しちゃえばいいのに)
そう思ったので生まれ変わって作り上げたのがたくさんの魔道具だった。
防犯魔道具があったらヒーローの救助が来るまで時間を稼げるし。
録音録画魔道具があれば証拠もしっかり残せる。
虫型の魔道具は地震大国に生まれた前世の影響で作られたのだが、それらの魔道具を作って次に作ったのは呪いを中和する魔道具だ。
ゲームの設定を見るとどうして婚約者がいるのに男性数人で女性に侍っているのか理解できないし、そこは真摯に婚約を解消しようとするものではないか。
婚約者をキープとして置いておいて、それで一方的に婚約破棄など許されるものではない。
ゲームの攻略キャラだった兄がそんな愚かな事をするとは思えなかったし、英才教育を受けているはずの王太子も、王太子を危険から遠ざけるはずの近衛騎士もそんな事をお構いなくの状態に違和感しかなかったので、もしかしたらと思って作ってみたのだが、実際発動したと言う事はそういう事だったのだろう。
「全く……」
お兄さまの婚約者にはもしかしたらの場合と言う事で事のすべてをお伝えした。それからどう話し合いをするか知らないが、最悪の事態は防げただろう。
「大火事になる前の小火で終わったよね」
これこそめでたしめでたしだろうと思って、次の魔道具は何を作ろうかと考えている時点で本当にそれ以外興味持っていないんだなと前世の姉の言葉とそう認識している今の兄が正しいと思ったのだった。
騒ぎを未然に防ぐ。物語としてはどうだろう。