1.「真実の愛を見つけてしまったんだ」
背景やキャラ設定などふわっとしてますが、なんとな〜くでサラッと読んでいただければ幸いです。
「すまない。君との婚約を破棄させてほしい」
婚約者に面と向かってそう言われ、私は呆然と立ち尽くしていた。
「えっ……?」
単語自体の意味は分かる。
しかし、その言葉の羅列が一体何を意味しているのか、まるで理解が追いつかない。
「ええと……それは、どういう……?」
なにせ今日は、両家集まって婚約祝いのパーティを行ったその翌日なのだから。
目の前に立つ、婚約者の名前はフランツ・カートライト。
明朗快活な好青年で……武術はもちろんの事、彼の持つ圧倒的なカリスマ性から、若くしてこの国の騎士団長を務めている。
社交的で話がうまく、しかも剣の腕も立つ。
それに加えて金髪碧眼で背も高く、誰もが憧れるような整った容姿をしていて……まるで人間の理想を全て詰め込んだかのような男だった。
しかし、そんな完璧な彼にも欠点はあった。
それもとても致命的な……
英雄色を好むの例に漏れず、彼は極度の女好きだったのだ。
「一体、どういう風の吹き回しで……?」
ただでさえ精悍な顔をさらに引き締め、私を見つめる彼。
「その、実は……」
ああ、この真剣な表情は……
見覚えがある。
いや見覚え云々というより、完全に一緒だ。
私にプロポーズした時の顔と。
『一目惚れしたんだ、君以上の美女はいない』から始まり、次から次へと心の奥底からの激しい想いをぶつけてきた、あの時の彼の顔とまるで一緒……
「実は……真実の愛を見つけてしまったんだ」
そう語るフランツの瞳は熱を持ち、潤んでいる。
「真実の愛……」
「その女性は身寄りがなく、夜の仕事でどうにか生計を立てていて……」
「夜の仕事。やはり、お相手はそういう……」
「いいや、待ってくれ。違うんだ。彼女はそういう人じゃない……職業に貴賎なし、人を生業だけで判断してはいけないって言うだろ?ちゃんと最後まで聞いてくれないか」
だいぶその女に入れ込んでいるようだ。
色眼鏡で見ているのは、果たしてどちらなのだろう。
「……続けてください」
「ああ。話を戻すと……ある日、私は朝から少し咳をしていた。しかし、咳といってもたまに軽く咽せる程度だったから、寝冷えでもしたかと思って気にしていなかった」
私が無言になったのを良い事に、彼はご機嫌で語る。
聞いてもいない、浮気者二人の出会いのストーリーを。
「そしてやがて夜になり、私は行きつけのとある店に向かった。しかし、道中で段々と咳がひどくなって……まだ到着していないというのに息をするのも苦しくなり、とうとう歩けなくなってしまった」
「……」
「それからしばらくして……いつもの時間に来ないと私の異変に気づいてなんと、彼女が探しに来てくれたんだ。それだけじゃない……このままじゃいけないと、なけなしのお金で薬を用意してくれたんだ。わざわざ遠く離れた薬屋まで慌てて買いに行って……彼女は明日の自分の生活よりも、私を助ける方を選んでくれた……」
溢れる感情を乗せて、演劇のように熱く語るフランツ。
まるで映画のワンシーンのようだ。
感動ものの、クライマックスシーン。
これが浮気相手の話では無かったら、私も心動かされて涙ぐんでいたかもしれない。
「そんな彼女のためなら全てを捧げていい……本気でそう思っているんだ。これを真実の愛と言わずして何と言うのか……」
「……」
「もちろん、綺麗な女性は好きだ。でも、彼女にはそれ以上の何かがあった。私はあの女性を幸せにするために生まれてきたんだって……気付かされたんだ」
婚約して、昨日でちょうど一年。
結婚式までもう半年を切った。
式の準備だって、もうほとんど仕上げの段階まできてしまっているというのに。
突然の事に憤る気持ちもあったが、今はそれよりも呆れに近い感情の方が遥かに強かった。
「だから……本当にすまない」
「そう、ですか……」
私は彼を愛していた。
いや、今も愛している。
彼が生来の女好きなのは百も承知。
かといって、他人がどうこう言ったって人の性格は変えられない事も知っている。
だから、今まで私は必死に努力してきた。
彼の胃袋を掴もうと料理の腕を磨いたり、身だしなみには人一倍気を使ったり……と色々と手を打ってきた。
中でもその最たる例が『変装』だった。
プラチナブロンドのウィッグを被って元々の黒髪を隠し、さらに化粧を濃く塗りたくり、わざと露出多めの薄い服を着て……彼の好きそうな夜の女に化けて。
そして、夜の街に繰り出す彼を追いかけていって、娼婦に扮してあの手この手で誘惑し……他の女に行かないように引き留めていたのだ。
かれこれもう何回繰り返したんだろう。
あの白々しい演技を。あのくだらない時間を。
普段二人でいる時とはまるで別人のように、鼻の下を伸ばしてデレデレするフランツと……そしてこれまた別人のふりをして、猫撫で声で体をくねらせ彼に擦り寄る私。
お互い婚約者同士だというのに、何をしているんだろうと何回思った事か。
そんな涙ぐましい努力も、今こうして水の泡になってしまった訳で。
婚約者ゆえに彼と同じ屋敷に住んでいたから、彼が出かけるタイミングは丸分かりだった。
屋敷の門を潜っていく彼を見送るなり、すぐさま自室に戻り慌てて衣装に着替えて、急ピッチで化粧を仕上げる……
夜だからゆっくりしていたい気持ちもあった。
あまり体調がすぐれない時だってあった。
それでも私は、どんな日でも変装して彼を追いかけた。
(そう。全ては……彼を愛していたから)
だというのに……これでは水の泡だ。
あの全てが無駄だった。
あれほど頑張っても、なんの意味もなかった。
(結局得られたのは、変装のテクニックだけ……)
薬を買ってきた女の話だって。
私だってそれくらい……いや、それ以上に尽くしてきたつもりなのに。
当たり前すぎて、まるで無かったかのようにされて。
(風邪薬を取りに走る……そういえば、私も前に同じような事があったような……)
いつものように店に向かう途中の彼に追いついて、甘い声で呼び止めてみたら、急に激しく咳き込み出したものだから……
慌てて屋敷に薬を取りに戻り、そして店に事情を伝えてコップ一杯の水をもらって、彼に飲ませたのだった。
他人のふりをしながらも、悪い病気にでもかかったんじゃないかとずっと気が気じゃなかった。
(これ、いつ頃の話だったかしら。なんだか懐かしいわ……)
他にも思い出せば思い出すほど、次から次へと出てくる彼とのエピソード。
そうやって心配したり、笑い合ったり、喧嘩して泣いたり、怒ったり……
二人、濃厚で充実した時間を過ごしていた。
だから、一方的に婚約破棄を告げられた今……かえってなんだか今までの事が馬鹿馬鹿しく思えてしまって。
もちろん……彼の事は許せないし、彼を奪った女は恨めしい。
しかし、今まで私は何をしていたんだろう?という気持ちが全てを凌駕していた。