プロローグ
幾らなんでも、こんな酷い事ってないだろ。
俺は、<<魔力遮断障壁>>を展開している目の前の殺人鬼を見て、自分の生の終わりを感じていた。俺の背中を蹴りつけて逃げやがった同級生を心底恨むが、ここで殺される俺があいつらに出来る復讐なんて、心の中で悪態をつくことだけだ。
あのくそ野郎ども。絶対に許さねぇ!生まれ変わったらあのどてっぱらに必ず穴を空けてやる!
そう思ったが、それが無理な願いだってこともちゃんと分かっていた。
俺には大した魔力が無い。財を成せるような頭もない。道理を捻じ曲げるようなスキルも。一緒に笑い合ってくれる仲間も、魔物を殴りつけて吹き飛ばせるような強靭な肉体も……意味のある生さえも。
そんな俺に、神様だって目を向けやしないだろう。いつだって、そうだったんだ。死んだ先でだってそうだろう。どうしてわざわざ俺を拾い上げてくれる奴がいるってんだ?
衝撃を感じて、思考が止む。ああ、くそ。どうして死ぬ前までも、こんな苦痛を受けなきゃならないんだ。
ずっと苦痛の中を生きてきたって言うのに。
胸が痛い痛い痛いイタイタイタイタイタイ。
俺は倒れたんだと思う。自分の胸元に氷の柱が突き刺さっていて、反射的にそれを抜こうとした手は、殺人鬼によって踏みつけられた。
ああ、そうか。
やっと楽になれるんだ――
気が付くと俺の目の前には二つの扉があった。周囲は一面白い壁に覆われていて、それは俺を中心にしてそう広くはない丸い空間を作り出している。
何なんだ、ここは?俺は死んだはずでは?
自然と、自身の胸に手が伸びる。何も変わりはない。<<アイスアロー>>によって貫かれたはずのそこを触っても、ぬめりつく赤い液体はないし、傷もない。
どうなってんだ。
俺は頭を掻きながら、二つの扉を見た。一つには"冥界行き"と書かれていて、もう一つには"異世界行き"と書かれている。
「誰が冥界行きって書かれている扉に入るってんだ。全く……」
俺は業とそう吐き出した。そう、普通ならわざわざ冥界行きの方になんて入らないだろう。異世界ってところがどんなところかは分からないが、冥界なんて酷いイメージのあるとこよりかはマシだろうと思うだろう。
常に虐げられてきたもの以外は。
俺は冥界行きと書かれた扉のノブを手で掴んだ。もういいんだ。もう、疲れたんだ。だから早く解放してくれ。
扉が開く。その先は酷く暗く、じめじめとしていた。
パン!パン!パン!
突然空気が弾けるような音がして、俺はビクッと体を震わせてしまった。
なんだ、何の音だ?
「おめでとうございまーす!祝4000000番目の魂になります!あなたは運が良いですよぉ!なんと今なら、無料で冥界闇流下りを体験できるサービスが無料で手に入るんですよ!これは、無料でこのサービスを受ける権利を無料で登録して頂いてから……んん?」
怪しいセールスの様な事を言って俺に近づいてきた女性は、金の瞳を訝しむように細めて、俺の周囲を回り始める。
「な、何だあんた。ここは冥界ってやつなんだろう?冥界の歓迎の仕方はこんなんなのか?」
「う~ん。これは……半分生きてる?でも半分死んでる。半額でとってもお安い。まぁ、いいや。半分でもせっかくの40000000の魂ですからね!お姉さん、サービスしちゃいますよぉ!」
「は、はぁ?」
ポン、と俺の背中が軽く叩かれる。一瞬ビクッとしてしまった俺の背中を、尚も固いもので叩く感触が襲う。
「あの、何なんすか?何をしているんですか?」
「ん?半分。そう半分だけ転生が出来るようにしてあげてるの。これがサービスってやつだぞっ!」
「転生?いや、俺に生への未練なんて」
「お礼は良いって~~!これは善意。そう、善意ってやつなんだから」
にやりと怪しく笑う。この女、確実に何かヤバい。これは関わってはいけないタイプの存在だ。そう、俺の学校の生徒会長のような。
「お、俺……す、すんませんっ!」
俺は条件反射的に謝って来た道を引き返した。後ろから何か声が聞こえるが、そんなのは無視だ無視。ああいう手合いは、一度係わるととんでもない目にあうこと間違いなしなのだ。
それにしても、死んでまで何故こんな苦労をしなければならないんだ。これなら"異世界行き"の扉の先の方がマシだったかもしれない!
俺は冥界行きの扉をくぐり、あの白い壁が周囲を囲む空間に戻って来た。もう疲れた。死んでも、肉体って疲弊するんだな。
急に意識が遠くなる。意味が分からない。死んでいても、意識が遠くなる、なんてことがあるんだ。
「……?馬鹿な……!お前は先ほど殺したはず!何故、何故生きている?」
気が付くと俺は、あの殺人鬼の遠ざかって小さくなった背中を見つめていた。だがどこか、地に足が付いていない感覚がする。まるで半身がなくなっているかのような。
そしてその半身はまだ、あの白い壁の空間にある。俺は何故かその半身に、"異世界行き"の扉を潜らせた。
「死にぞこないがぁ!!この私の芸術的行為を無為にしてくれるなぁ!もう一度、完成させてやる!!」
一気に。そう一気に情報が伝わってくる。
どうやら俺の半身は意外にも、その世界で上手くやったようだ。魔法が無い世界ってのがアドバンテージだったな。
「な、何だその武器は……!?どこから?そして見たことのない……ええい、<<魔力遮断障壁>>」
用心したのか殺人鬼は、魔法の威力を激減させる障壁を自らの前に展開した。俺は透明な波紋が波打つそれに、こいつを――RPG-7を向けてやった。
「喰らいやがれぇぇえ!」
反動と共に、俺の体が後退する。知識はあったとはいえ、この体でそれを放つのは初めてだったから、ちょっと油断していたな。
ともかく、殺人鬼とそれなりに距離が離れていたことと、なけなしの魔力で<<物理障壁>>を張ったことが幸いして、爆風にも、RPG-7が粉々にしてしまった物の破片にも襲われずに済んだ。
「……いやいや、どうなってんだよ、俺」
もうすぐ轟音を聞きつけた奴らがやって来るだろう。そいつらに見つかる前に、逃げなくては。
俺は弾頭の無くなったRPG-7を手から離し、地面に投げつける。するとそれは音もなく消えて行った。こいつはこんな簡単に姿を消せるが、俺はそうはいかない。
遠くから足音が聞こえて来て、俺はその場から逃げ出した。
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