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哲の音、望む黄昏

作者: ぺんぺん

「ねえ、神様って居ると思う?」


文芸部の部室で、のんびりと探偵ものの本を読む私に、2年の先輩である鎚音橙夜(つちねとうや)先輩が声をかけてきた。


突拍子もない質問だが、先輩はいつもこうだ。

読んでいる本に影響され、周囲に問いを持ち掛ける。

先輩には先輩なりの解答があり、他の意見を聴きたくて、質問をする。


この前だってそうだ。

単行本サイズで出ていた動物図鑑を読んで、「ねえ、なんで象の鼻は長くなったと思う?」と質問してきた。


そのときの私が読んでいた本はSFだったと思う。確か、火星から宇宙人が攻めてくる架空の地球の話だ。

自分の読んでいる本について考えていた私は、「鼻の長い宇宙人が地球に居付いたのが象なんじゃないですか?」とか適当な解答をした覚えがある。

先輩は、「ふぅん、なるほどね。」とかこれまた適当な返事をして、また動物図鑑に視線を戻していた。


今回もそんなに深い理由もなく聴いたことだろう。と思い

「神様が居ることが証明できるなら居るんじゃないですか?」

などと、答えてしまった。


「ふぅん、なるほどね。」

いつも通りの返事をする先輩が、宇宙に関する本を片手にしているのを横目に、私は探偵ものの本に視線を戻そうとした。その時「なら、神様は居ることの証明をして見せようじゃないか。」等と言い、何事かと思い、また、先輩に視線を戻すと、先輩はまた本に視線を戻していた。


このときからだ。

読んでいる本に関わらず、神様について問いかける。

先輩には先輩なりの解答があるのだろう。多分、先輩はそな解答に私を導こうとしている。


「ねえ、キミは死んだらどうなると思う?」

 「死んでみてから考えたいですね。」

「ねえ、神様になれるとしたら何をしたい?」

 「そうですね、神様がやれることを書き出してみたいです。」

「ねえ、なんでニーチェは「神様は死んだ」なんて表現をしたと思う?」

 「死んだ神様を想像できる幸せ者だったのだと思います。」


投げ掛けるだけ投げ掛ける質問は、死生感に、そして、哲学的なものになっていく。


私と先輩には、文芸部以外の接点がなく、普段の先輩が何をしているのか等、さっぱり分からないが、間違いなく先輩は変わり者だ。私はこの部室内で、先輩が本を読んでいるところ以外、他になにかをしているところを見たことがない。文化祭で掲示する部報に書く感想文の草稿も、変わったことをしたいと部長が言い始めてやることになった自作の短編制作も、先輩は自分の担当分をどこかで仕上げてきて、いつもと同じ席で本を読んでいるのだ。

そんな先輩とする会話は、挨拶や部活動上で必要な事務的なものか、先輩のする質問と、それに対する解答だけだ。

そんな、殆ど知らない変わり者相手の思考当てクイズなんて、不毛で仕方がないと、私も、先輩に質問をしてみることにした。


いつも通りの先輩の質問。

「キリスト教における創世記の7日間、神様はなんで自分を模した人間を作ったと思う?」

先輩が読んでいたのは旧約聖書ではなく、キリスト教の解説本だ。

「今まで作っていた動物達に飽きたのではないでしょうか。」

私は特段宗教を信じておらず、元旦も、節分も、ハロウィンも、クリスマスも、回りの人がやってるからやっとくかくらいの考えで楽しんでいた。そんな私でも、聖書における創世記の7日間については、大まかな概要くらいは知っていた。神様は世界を作り、海を作り、陸を作り、植物や動物を作り、何故か別枠で人を作った。そして、作るだけ作ったあとに、休むことにしたのだ。


「先輩は、どうしてだと思います?」


今まで私に質問することはあっても、私が質問されることはなかったためか、先輩は虚を突かれたような顔をして、微笑んだ。


「神様も寂しかったのかもしれないね。」


創世の際に、神様は植物や動物を作った。群れなすそれらを見て、神様も群れや仲間が欲しくなり、自分の姿を真似た生き物を作ったが、それでも同じなのは見た目だけだと分かってしまい、人類の祖をエデンの園に放置して、休息を取ることにした。


というのが、先輩の仮説だ。


「神様が自分を模して人間をつくったというなら神様の性格も人間に似て面倒なものだと思うんだ。」


「例え、本人に似ていても似ていると客観的に見ることのできる存在が近くに居ないなら判断基準だって狂うだろう。キリスト教の場合は一神教だし、神様の基準が1つしかなかったらいくら似たようなものを作っても同じだと判断できると思えないね。」


先輩は小さく笑いながら話していたが、幾分かだけ、悲しげにも見えた。


翌日、先輩は部室に来なかった。


なんらかの部活動に入らなければならないうちの学校では、内申を考えて委員会に入りたい人達は、最低限しか参加しなくても問題はない文芸部を隠れ蓑のように扱っていて、そのせいか、あと何人か所属しているはずの文芸部は、基本的に私と先輩以外の人が部室に集まらない。部長ですら、部室だと本が読みづらい等と、読書中に先輩に声をかけられるのを嫌い、毎日別の場所で本を読んでいた。


つまるところ、先輩が部室に来ないと、私は部室で一人で過ごすことになる。


部室には、本棚が置いてあり、過去の部報と、先輩が置いていった私物の本達が整然と並べられている。

先輩は、本を読んだ順に並べるため、最近読んだであろう本も分かりやすいものだ。


最近は、私との問答のためか、歴史や、宗教に関連するものが多いみたいだが、宗教本の間に挟まるように、哲学書も並んでいる。


先輩はこんな小難しそうな本を読んで楽しめるのだろうか等と疑問に思いながら、適当に一冊を抜き取って、パラパラとめくってみた。


かたっくるしい言葉、解説書である以上仕方がないが、作者の思想が入ってそうな解釈の説明、章題からして、結論ありきの考察ではないか?といったような、疑問の沸く、神話の入門解説本だ。

キリスト教の聖書、北欧神話、日本神話、仏教の死生感。

入門として読む分には面白おかしく書いてあり、楽しめそうな本だ。


半ばまでパラパラとめくりながら流し読みを進めると、ページがめくれる手が止まった。

ちょうどこの前先輩が質問してきた、創世記に関するところに、栞が挟まっていた。

画用紙を切っただけみたいな、簡素な栞に、ボールペンで、メモが書かれている。


『箱庭の夢』

『定められた失敗』

『黄昏の悪夢』

神様は箱庭に理想を夢見た世界を作り、そして、神様は人間を作るという失敗を犯し、創世の7日間の黄昏が、悪夢で染まる。


メモに残しているからには、恐らく、それが先輩の創世記への結論なのだろう。

深い意味までは分からないが、良い感情を持たなかったことだけは理解ができる。


ふと、栞を見て、また、本棚に視線を移す。

もしかして、本棚に置いてある本全てに似たような栞が挟まっているのか?


そう思ってからは、その日、最終下校時刻のチャイムがなり、見回りの先生が部室に入ってくるまで、私は先輩の読んだ本を、書いた栞を読み続けた。


どの栞にも、ポジティブな感想がえがかれておらず、1枚だけ、『やはり、神は居ないのか』と書かれた栞だけが印象に残った。


先輩は、その日以降も、学校にも現れることがなかった。


先輩が部室に来なくなって、部長が部室に戻ってくるようになったが、私の学生生活への変化はその程度で、学年は知っていてもクラスは知らない先輩が一人居なくなっても、そう大きく私の暮らしが変わることはない。


部長曰く、ただ、学校に来なくなっただけのようだが、私には先輩が、ちょっとだけ長い1日の休みを取っているだけのように思えた。

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