8.初めての依頼
ありがとうございます。読んでくださる皆さんには感謝しかありません。
翌朝、朝食後グリールさんに昨日聞きそびれていた事を尋ねた。
「従魔についてなのですが、街の中を従魔を連れて歩く事って出来るのですか?」
「出来ますよ。従魔だけで歩きまわる事は出来ませんが、契約者が側に居るのであれば問題ありません。しかし、大型の魔物と従魔契約している場合は居るだけで騒ぎになりますから街の外で待機させるか、街の外れにある預かり所に預けますね。あと、私のように庭に居てもらう事も出来ますよ。」
グリールさんの説明になるほど。と納得しつつ、依頼を受けてみようかと思っていることを話すことにした。
「グリールさんに頼ってばかりもいけないので、ギルドの依頼を受けてみようかと思っているのですが、何か注意点はありますか?やはり、新人冒険者向けの講習会を受けてからの方が良いですか?」
「ギルドの講習会ですか?ユウキさんが気になるなら剣術や体術などは受けてみても良いかと思いますが、その他の講習会はあまりおすすめしませんね。ユウキさんの今の能力だと、目をつけられしまいます。一つはユウキさんが普通だと思っている算術や解析能力、理解能力は、こちらの世界ではとても高い水準、王国貴族でも上層の一部が身につけているかどうかと言うところです。そしてもう一つ、これは私もいけなかったのですが、ユウキさんは魔法を使う場合に杖を使用しませんよね。これは新人の魔法使いではあり得ないことなのです。自身の持つ魔力をコントロールして使用する生活魔法程度であれば杖を使用しなくても発動出来る人も多いでしょう。しかし、空間の魔力をコントロールするのは別です。ユウキさんが手こずっていた異空間収納魔法でカバンという媒体を使用されたのと同じで、通常杖という媒体を使い、空間の魔力のコントロールを補助しなければ、暴走を誘発しやすいのです。そのため、杖を使用せずに魔法を発動出来るのは王宮の上級魔導師くらいですね。それでも、ユウキさんのように幅広く色々な魔法は使用出来なかったと思います。以上の事柄から、ユウキさんが新人冒険者向けの講習会に参加するとギルドの内部ですごく目立ちます。」
と、グリールさんは僕の講習会への参加は否定的だった。
「依頼を受けられるのであれば、討伐依頼と他の街への配達依頼さえ受けなければ、講習会に参加せずとも依頼の失敗はないでしょう。薬草採集などは無属性魔法の鑑定を使えば間違える事はありませんし。ユウキさんは人当たりも言葉使いも丁寧ですから、街の中の依頼でも問題ありませんよ。ただし、南門から出る必要のある採集依頼を受ける場合は、従魔を連れて行った方がいいですね。ユウキさんは剣術や体術が未熟なようですから、万が一魔物の群れに遭遇した時に逃げ切れません。あのスライムは、スライムですがクマ型の魔物にでも十分対応が可能です。前に一度助けてもらった事がありますのでその強さは保証出来ます。」
グリールさんはスライムの能力をとても高く評価しているようだ。そして、何故か僕に対しての評価もかなり高い。
「では、これから装備を揃えに行きましょう。依頼中に怪我をしてはいけませんから。」
僕はグリールさんに引っ張られるように連れ出された。
はじめにたどり着いたのは魔法屋、店内に入ると壁にはたくさんの杖がかけられており、床には樽が置かれて、大小様々な竹ぼうきが刺さっている。テーブルや棚には帽子やローブが置かれていた。奥まった所にあるカウンターには小瓶が並べられていて、そのそばでローブを着た魔法使いだと思われるお兄さんが椅子に座っている。僕よりは年上だと思うけど、肌が白く、細いのでとても弱々しく見える。
「さて、ユウキさんはやはりローブが良いでしょう。鎧だと軽い物であっても、身体を鍛えていないと負担をかけてしまいます。ローブは物理と魔法の防御魔法が付与されているものを選びますので、事前に魔力を多めに流しておけば大きな怪我はしないでしょう。杖も周りの魔法使いを警戒させないため持っていた方が良いですね。あとは…」
さくさくと購入品を選んで僕に着せていくグリールさんに僕は困っていた。
「まずは、このままで受けられる依頼を選ぶつもりなのでわざわざ買わなくても大丈夫ですよ?」
グリールさんは何でもない顔で、
「私は、ユウキさんをきちんと元の世界に送らないといけません。そのために、怪我などをしないようにしっかりした準備は必要です。では、次は剣とブーツですね。さあ行きましょう。」
いつの間にか支払いを終えたグリールさんに、再び腕を掴まれ店を後にするのだった。
次に向かった武器屋では、
「ユウキさんは包丁などを研いだり、手入れをした事はありますか?」
と、聞かれた。
日本で使ってたのはステンレス製だったし、そんな事をしなくても全く気にならない程度にしか使用した事はないので、素直にやった事ないと告げる。
「では、普通の剣より魔法付与の方がいいですね。手入れの仕方は後で説明しますが、普通の剣は上手く手入れしないとすぐに錆びてしまいます。魔法付与の剣なら最低限の手入れで切れ味もほとんど変わりません。手入れを武器屋に頼んでも丁寧に対応してもらえます。後はブーツですが、このタイプの素材が丈夫な上、しなやかて、履いていて苦になりませんよ。試着してみましょう。」
そう言うと、グリールさんは数種類のブーツを持ってくると次々と僕に履いてみるよう促した。
結局、新人冒険者ではあり得ない高価な装備一式を着ることになった僕はグリールさんに尋ねた。
「この格好、目立ちませんか?」
グリールさんはにこやかに笑いながら、
「大丈夫ですよ。普通の冒険者はローブ素材の違いになんか気づきません。そこが鎧とは違って、ローブの良いところですね。」
その後、冒険者ギルドの食堂で一緒にお昼ご飯を食べ、この後用事がなければ着いて行くのに。と残念がるグリールさんと別れた僕はギルドの掲示板の前に来ていた。
貼られた依頼を見ようと掲示板に目を向けた時、翻訳メガネをしていない事に気づき、マジックバッグになってしまったカバンからメガネを取り出した。
このカバン、異空間収納魔法を習っている時にカバンを使って魔法の発動に成功したが、その時にどう間違ったのか魔法付与までされてしまい、グリールさんに呆れられた。
メガネをかけ、改めて掲示板を見た。
―討伐依頼 南の森にいるオオカミ型の魔物4匹 報酬銀貨2枚
―採集依頼 ミドリ草 50本 報酬銅貨5枚
―護衛依頼 隣街ヴェリングまで 報酬金貨1枚
などなど、お金の価値を今一つ理解していない僕は、依頼に対して報酬が良いのか悪いのかが全くわからなかった。
(やっぱりグリールさんと来た方が良かったかなぁ…)
僕が掲示板の前で悩んでいると、後ろから「おい、そこの兄ちゃん」と声がした。どこの兄ちゃんか分からないし、自分じゃなかったら恥ずかしいので、そのままやり過ごしていると、「兄ちゃん、無視するなよ!」と、肩に手をかけられ、グイッと振り向かされた。
振り向かされた先には、がっしりとした体格のクマのような男性がいた。驚いて思わず後退りしようとしたが、肩を掴まれているため、動く事が出来ない。
「ドランさん、新人冒険者さんを脅かしたらだめですよ。」
ギルドカウンターの方から救いの声がかかる。声の主はギルドカードを発行してくれたルミカさんだ。
「あぁ、悪い悪い。」たいして悪くなさそうに答えるドランと呼ばれた男性。
「兄ちゃんが何か悩んでるみたいだったから声をかけたんだよ。昨日カウンターにいるのを見たけど、グリールのやつの連れだろう?」
「グリールさんの知り合いなんですか?」
「あぁ、グリールと昔パーティを組んでたんだ。ドランと言う。よろしくな。」
そういうと、ドランさんはようやく肩から手を離し、片手を前に出した。
こっちの世界にも握手ってあるんだ、と思いつつ握手を返した。
「はじめまして、僕はユウキと言います。よろしくお願いします。」
「じゃあ、ユウキ。掲示板の前で長いこと何を悩んでいたんだ?」
ようやく本題に入れるとばかりに、ドランさんが問いかけてきた。
「今日初めて依頼を受けようと思ってきたのですが、依頼内容に対する報酬の良し悪しが分からなくてどれにしようかと思っていたのです。」
僕は困っていた内容をドランさんに伝えた。
「どんな依頼にするかは決めていたのか?」
「採集依頼か、街中での依頼にするつもりでした。剣術や体術に自信がないので…グリールさんにも止められました。」
その話を聞いたドランさんは掲示板を見回すと、2枚の依頼書を指差した。
「それなら、このヤーゴの依頼とタケシイの依頼だな。この二つは割と門を出てすぐの場所で採集出来るが、使用用途が多いからいつでも依頼が出てる。事後受注でもいいから他の依頼のついでに採集してくる奴らも多い。多少無理がきくなら、南門から出た辺りで採集をすると品質がいいから買取価格も少し上がる。どんなところに生えやすいかはカード発行時の冊子に載っているぜ。」
そこで、ドランさんが勧めてくれた依頼のうち、タケシイの依頼を受ける事にした。
「ドランさんありがとうございます。このタケシイの依頼にします。」
「おぉ、どういたしまして。ついでにグリールによろしく言っておいてくれ。…あと、その装備なら心配要らないと思うが、街の外は近くても魔物がいるから気をつけていけよ。」
「はい。それでは失礼します。」
タケシイの依頼書を持ち振り返るとルミカさんがカウンターから手招きしていたのでそのカウンターに向かった。
「ルミカさん先程はありがとうございました。」
「いいのよ。絡まれたわけじゃなくてよかった。ドランさんは見た目は怖いけど、面倒見の良い冒険者なんですよ。さて、依頼を確認します。タケシイの採集、一本につき銅貨1枚、数量制限はなし。これでいいですか?」
「はい。大丈夫です。」
「では、こちらは日数制限がありませんので、依頼にかかる日数を決めてください。それとギルドカードの提出をお願いします。」
日数…今から日が落ちるまで採りに行ったら1本くらいは見つかるかな?もし無理だったら帰って朝から採りに行こうか。
「では、2日でお願いします。」
ルミカさんは、ギルドカード発行時に使用した台をカウンターに出し、依頼書を挟むと受け取ったギルドカードを乗せ、ルミカさんが魔力を注ぐと数秒青色に光り、元の状態に戻る。
ギルドカードを僕に渡しながら、
「こうやって依頼を受注します。今は光が青色でしたが、過去の依頼達成状況や受注内容によっては警告を示す赤色になります。依頼達成が急務なのに、過去の受注結果に失敗報告が多かったり、達成申告日が延ばし延ばしになっていたりとかですね。以上で、受注処理完了です。気をつけて行ってきてください。」
「ありがとうございます。」
僕はギルドを出ると一度家に戻る事にした。