4.同じ世界から来た人
僕はこれから生活していく為、グリールさんにこの世界の事について教えてもらう事にした。
(全部グリールさんに頼るわけにはいかないし、それにせっかくの異世界、自分の目で見て回りたい。)
グリールさんは、テーブルの上にコインを10種類並べると、僕に解るように指差しながら説明してくれた。
「これが、この国で使われているお金です。実際には、もう1種類白金貨と言われるものがありますが、あまりに高価なので、大商人が国と取引する際に用いられ、一般的には使用されていません。こちらから鉄貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨になります。」
お金の価値は次の通りだ。
鉄貨10枚→銅貨1枚
銅貨10枚→大銅貨1枚
大銅貨5枚→銀貨1枚
銀貨10枚→大銀貨1枚
大銀貨5枚→金貨1枚
金貨10枚→大金貨1枚
大金貨100枚→白金貨1枚
「すみません。すぐには覚えられないと思うので、何か書くものをもらえませんか?」
僕がお願いするとグリールさんは部屋を出ていき、紙束とインク壷を手に持ち戻って来た。
「どうぞ、こちらを使ってください。」
僕はグリールさんから渡された紙束から1枚取り、インク壷に差してあるペンを手に教えてもらったお金の価値についてをまとめていった。
その様子を見ていたグリールさんは再び部屋を出て行った。
戻ってきたグリールさんの手には、紐で片側が綴じられた紙束があった。
「もしかすると、こちらを読んでいただいた方が理解しやすいかもしれません。」
そう言うと、手に持っていた紙束を差し出した。
「これは……」
手渡された紙束を見た僕は驚いた。
その紙束に書かれた文字が半分だけ読めたのだ。
1列置きに間隔を空けて読めない文字が書かれており、その下の余白に日本語で食べ物の単語が書かれていた。
「これはグリールさんが書かれたのですか?ここに書かれている文字を僕は読むことが出来るのですが。」
と、余白に書かれた文字を指差して質問した。
「いいえ。数年前にお泊めしていた方が文字の勉強をするのに書かれていたものですよ。名前は黒森ハルト。私が討伐依頼で外の森に出ていた時に出会いました。ハルトは装備も碌に着けずシャツにズボンという命知らずな格好で森にいました。しばらく森を彷徨っていたようで身体中傷だらけでしたね。ハルトは私にこの世界とは異なる世界から来たようだ。と言っていました。この世界には転移魔法がありますから、他の国から誤って移動してくる事もよくあるのです。ですから始めは混乱しているのだろうと思っていました。そういう人達を保護する事も冒険者の役目になっています。その慣例に従い、ハルトを街まで連れて戻ることにしました。」
しかし、と グリールさんは、僕の方を見ながら笑みを浮かべ、
「私がハルトの話を信じたのは、彼が魔法を使える事を知らなかったからです。ハルトに回復魔法をかけると驚いた彼は、先程魔法で水を出した時の貴方と同じ顔をされたのです。そして、傷の癒えた身体を確認した彼は言いました。『これは魔法ですか?』と。この世界では魔法は常識、何故使えるか疑問にも思いません。そうすると、ただ街に連れ帰り騎士団に引き渡して終わりというわけにはいきませんでした。」
その後、冒険者ギルドと騎士団に連絡を入れたが、異世界人という、前例の無い状況に一部研究対象として引き取りたいと言う申し入れがあったが、流石に許容出来ないと突っぱねた結果、グリールが生活していく上で必要な知識を身につけさせ、生活を補助する事になった。
処遇としては他国からの誤転移者のうち、戻る事が出来ない者と同様で、冒険者ギルドに登録を行い、自分で生計を立てられるように援助するのみで、グリールが後見人になったこともあり、監視等をつけられることも無かった。
「その黒森さんは今、どうしているのですか?」
「ハルトはどうしても元の世界に戻らないといけないと言って、私が教えられる魔法と転移魔法陣についての知識を一年ほどで覚え、その後は主に転移魔法陣について色々と試していました。研究に行き詰まり、新たな知識を得るために昔からの伝承が残る地方を中心に旅をして回っていますよ。勤勉で努力家だったので、覚えた知識に元の世界の知識なども取り入れ、新たな魔法を開発したり。元の世界に戻る。これだけを目標に今も頑張っているようです。このミサンガはハルトが作ったのですが、彼自身の存在がこの世界から消えると切れるように魔法付与がかけられていて、命を落とした場合は灰になるらしいのです。ですから、これが手元にある間は、彼が変わらず頑張っているのだと思います。」
そう言いながら、手首に付けたミサンガに視線を落とした。
その後、彼の残した紙束を使い、僕は文字を学び、この世界の常識についてグリールさんに質問して学んでいった。
1日は24時間、時計は高価なので基本的には教会の鐘の音。
1か月は30日で、1年は12ヶ月の360日ということが分かった。
あまり日本と変わらなくて安心した。
「そういえば、僕が転移する前に空から謎の物体が落ちてきていたのですが、それは何だったのでしょう?」
今さらながら、思い出した事が気になって質問してみた。もし、グリールさんが知らない現象なら転移しなかった場合どうなっていたか…
「落ちてくる謎の物体ですか。きっとそれは私が従魔契約しているスライムですね。転移させる時に座標を誤って弾かれない為と、転移先の状況を確認してもらう事を目的としていますので、上空を指定しているのです。この写絵も遠くまで綺麗に描かれているでしょう。」
僕の世界が描かれた紙を指差し答えた。
しばらくグリールさんと話をしていると、鐘の音が聞こえてきた。
「さて、体調が悪いとかなければ、外に出てみませんか?ハルトと同じ世界から来たということは、さっきの食事美味しくなかったですよね。それに、ユウキさんの着ている服はこちらでは大変珍しいので、服なども買わなくてはなりませんね。」
グリールさんが持って来てくれた、シャツとズボンに履き替えた。
シャツもズボンも固くゴワゴワとしていた。
家を出ると畑とその奥に続き広い森のような庭(?)があった。
「ここは庭ですか?」
「ええ、私の庭です。魔法薬用の薬草を育てるのに丁度いいのです。木々は多いですが、街の中なので、魔物は発生しませんよ。従魔のスライムがいるくらいです。」
ほら、あそこに。と指差した先を見ると1メートルほどの丸い半透明のスライムがいた。
スライムはグリールさんの声に反応したのか、こちらを向いたのかくるりと回転した。
「少し外に行ってきますね。留守番よろしくお願いします。」
その声にポヨンッと了解の返事をしたようだった。
「スライムって賢いんですね。」
「従魔契約しているからというのもありますが、あのスライムが特別ですよ。普通のスライムはただそこにある物を捕食するだけです。」
ラメトークの街並みはさっき写絵でも見たけど、石造りの建物が折り重なるように建っていてその間を縫うように石畳の道が続いている。
当然、自動車などは走っておらず、一頭引きの馬車や、馬に乗った騎士が行き交っていた。
海外旅行には行ったことはないけど、ヨーロッパとかの観光ガイドにありそうな景色でワクワクする。
さらに、僕が気になっているのは亜人と呼ばれる人達がいるということだ。
家の周りでもチラホラ見かける、気になるがジッと見ているのも変なので街を見ている振りをして横目で観察…いつかモフモフしてみたいな。
グリールさんの案内で、街の中を歩くが建物が全て同じような石造りのため、ただでさえ方向オンチな僕はすぐに迷ってしまいそうだ。
「地図とか無いですかね…?」
「地図ですか?周辺地図は簡単なものならギルドで購入できますが、特に街の中の物などは詳細なものありませんよ。」
僕はそれを聞いてガッカリした地道に自分で作ろう。
その後は、着替えを数着、靴、食材、調味料など必要と思われる物を購入した。
市場は露店が、道の両サイドに軒を連ねていつ、まだ日が高いにも関わらずたくさんの人で混雑していた。
並んでいるものも、露店の梁に吊るされた肉や魚、野菜をはじめ、調味料や薬草のような草花、使用用途のわからない粉の入った壷が並んている店もあった。
僕は基本的にスーパーやコンビニしか使わなかったので吊るしてある肉の塊に腰が引けてしまった…
グリールさんの家からかなりの距離を歩いたので、休憩のため広場で屋台で購入した肉串を食べることにした。
一瞬、さっきの吊るし肉が思い浮かんだが…
「美味しいですね。」
「よかった。肉串なら間違いないと思いました。魔物の肉ですが、普通の獣より魔物の方が美味しいと言われていますし。」
グリールさんはホッとした顔をしていた。
「黒森さんがいた時はどうしていたのですか?」
「はじめの日に貴方に出したような食事を出したら、次の日からハルトが自分で炊事をしはじめました。よほど美味しくなかったのでしょうね…魔力の使い方も教える前だったのですが、普通に台所を使っていましたよ。そういえば、水はどこから持ってきていたのでしょうか?まあ確かに、ハルトの料理は今まで食べたこと無いほど美味しかったです。調味料をふんだんに使うため、作り方が複雑で私には覚えられませんでしたね。」
「では、僕が作りましょうか?せっかくなので一緒に作りましょう。早速帰って台所の使い方と、生活魔法を教えてください。」