3.魔法という不思議現象
「おかえり。おや?なんで人が巻き込まれているのでしょうか。帰還魔法陣は固有標章を基にして発動しているから異なる標章を持つものを巻き込まれないし、人や魔物の固有標章は重複しないはずなんですけど…
うん、とっても気になりますが、検証は後にして、家の中に寝かせておきましょう。お願い出来ますか?」
黒っぽいローブを着た人物は現れた謎の物体が下敷きにした人を確認しつつ、普通ではあり得ない現象に心を奪われかけたが、迷惑をかけてしまった被害者を救助するため近づき、謎の物体…スライムに話しかけた。
スライムは了承したのか自身が下敷きにしてしまった人物を荷物ごと器用に丸い身体に乗せると家の中に入って行った。
ベッドに寝かせ、改めて被害者を観察することにした。
「怪我はしていないようですね。着ている服装は…この辺りでは見たことがありませんね。生地も何で作られた物でしょうか?今回はエリコク辺境でしたか、あの辺りの特産品でしょうか?生憎、エリコクの辺りには行った事がないのでこれ以上は分かりませんね。」
従魔契約の効果でスライムが箱型の入れ物に付いていたアクセサリーに興味を示しているような気がする。
スライムに近づいてアクセサリーを確認すると、巫女服を着た少女が手にしている玉にスライムと同じ標章が付いていることに気づいた。
「この標章に反応したのでしょうか。荷物を手に持っていたからこの方も一緒に飛ばされてしまったのかもしれませんね。とても興味深い現象です。帰還魔法陣はアクセサリーでも同じ標章を持つものは送れるのですか。人数制限などはあるのでしょうか…まだまだこの魔法陣も研究する内容が盛り沢山ですね。忘れないうちに記録に残しておきたいところです。しかし、この方を送って行かなくてはなりませんし、次は場所について調べましょう。いつものように念写の魔道具を使ってくれませんか?」
スライムはローブの人物を残し、部屋を出るといつもと同じように魔道具を取り込み魔法を発動させた。
魔道具からはスライムが帰還魔法陣が発動する前までに見た景色が色々な角度で出力されていった。
そこにはこの世界にはないはずの、背の高いビル、鉄塔、車や道路などが鮮明に映し出されていた。
被害者の観察、怪我などはなかったが珍しい服装や、アクセサリーや箱自体の素材などをじっくりと検証し終え、満足気に現れたローブの人物が部屋に入ってきた時にはスライムは魔道具から離れ、部屋の隅に落ち着いていた。
魔道具から出力された紙の束を見たローブの人物は目を見開いた。
「……まさか彼のいた世界?」
◇◇◇
目を開けると、石造りの天井が目に入った。
身体を起こすと周りを見渡した、窓は木で出来ており外の様子は見る事が出来ない。
部屋にある、ベッドに寝かされていたようだ。
枕元にはLEDランタンのような灯りと、スーツケース、ビジネスバッグが置かれており、その灯りで薄暗い中でも部屋の様子を見る事が出来た。
6畳ほどの部屋には、文机とハードカバーの本が詰まった本棚があるだけであった。
何故自分がここで寝ていたのかを思い出してみる。
スーツケースに付けたミコトちゃんストラップが目に入り、裏道で謎の物体が落ちてきた事を思い出した。
しかし、その先に何があったのかは全く思い出せず、「うーん…」と唸っていると、入口の扉が開いた。
「目は覚めましたか?」
声の主を見た僕はその見た目に驚いた。
体型はすらりとした30歳代の男性であったが、ミントブルーの長い髪に綺麗な緑色の瞳、それに紺色のローブと三角のとんがり帽子、これぞ魔法使いというような姿だったのだ。
自分を助けてくれた人に言うべきではないが、明らかに可笑しな人物である。
入ってきた人物は黙っている僕に対して、少し困ったような顔をしながら再び話しかけてきた。
「私の言葉は理解できていますか?理解できているなら右手を挙げてみてくれませんか?」
何故、言葉の理解度を気にしているのかが分からない。そもそも日本では言葉が通じないことなどあまり起こり得ない、方言とかはあるが…それとも僕が外国人にでも見えたのだろうか?
それでも、僕は言われた通り右手を挙げた。
それを見て魔法使いさんは明らかにホッとした顔をした。
「あぁ、よかった。言葉が分からなかったらどうしよう。と、心配していたんです。改めてまして、私はグリールと言います。」
魔法使いさんの自己紹介は名前だけだった。お気に入りキャラクター名かな?と思う事にして、自分も自己紹介する事にした。
「神白 裕樹です。すみません、僕はどうしてここで寝ていたのでしょうか?何かご迷惑をおかけしたのでしょうか?」
さっきからいくら考えても何も思い出せないので素直に知っていそうな人に聞く事にする。
「お腹は空いていませんか?少し長い話になりますので、腰を据えてお話ししましょう。」
部屋を出ると向かい側がキッチンのようだった。
キッチンに入るとグリールさんは、壁に掛けてあるランタンに手をかざし灯りをつけた。
(センサーライトかぁ、でも一つずつ点けるのは面倒だと思う。)
「どうぞお掛けください。すぐにご用意します。」
鍋に近づくと台に付いていた石に手をかざした。
(火もセンサーでつくのか)
ふむふむと、一人で感心していた。
しかし、キッチンを改めて見渡すと不思議な事に気がついた。
生活必需品の冷蔵庫が無く、洗い場らしき場所には水道の蛇口が無いのだ。
百歩譲って一人暮らしで出来合い物ばかりならば冷蔵庫が無くても問題はない、だけどさすがに水道の蛇口は建物を建てる上で、標準装備ではないだろうか?
(見た目では分からない場所にあるのかなぁ?)
後で確認しようと思う。
ところが、グリールさんの次の行動で、流石におかしい事に気づく。
グリールさんが片手に持ったコップの上に手をかざし、「冷水」と言うと何もない所から水の玉が現れ、コップの中に入ったのだ。
「!!!」
お盆にパンと温めたスープ、コップ、スプーンを載せ持ってきてくれた。どれも木製の食器であった。
「お待たせしました…」
口があんぐり開いた状態の僕を見たグリールさんは手を止め、「どうかしましたか?」とこちらを不思議そうに見ていた。
「何故、何もない所から水が出てきたのでしょうか?」
驚き過ぎた僕がしばらくの沈黙ののち、ようやく口に出来た質問だった。
グリールさんは、納得した顔で頷いた。
「では、これから今までの経緯をお話ししますので、食べながら聞いてください。」
僕はその言葉に、両手を合わせ、「いただきます」と呟き食べ始めた。
しかし、パンは硬く、スープは薄い塩味でお世辞にも美味しいとは言えなかった。
グリールさんは、僕が食べ始めたのを確認すると話し始めた。
「まずはお詫びをしなくてはなりません。私の所為で貴方をこの世界に転移させてしまいました。申し訳ありません。」
グリールさんは一度椅子から立ち上がり頭を下げた。
この世界に転移?何のこっちゃ?と思ったが話が進みそうにないので、「よく分かりませんが、とりあえず話を続けていただけますか?」と、先を促す事にした。
「この街はレモベック王国のラメトークと言います。ラメトークの風景はこんな感じです。」
そう言うと、グリールさんは何枚も紙を差し出した、紙には石造りの建物が建ち並ぶ風景が印刷されていた。
「で、こちらが貴方が住んでいた街の風景ですよね?」
別に出してきた紙束を確認すると、さっきまでいた街の風景がまるでドローン撮影をしたかのような角度で印刷されていた。
「そうですね。僕がいた街です。」
「この世界には魔法が存在します。先程質問があった『何故、何もない所から水が出てきたのか』の答えですが、水を生み出す生活魔法を使ったからです。」
そう言うと、グリールさんは傍にあった器を移動させ、手をかざしながら「水」と言うと、水の玉が生み出され器の中に入っていった。
間近で見た魔法という不思議現象に目を輝かせたのは言うまでもない。
「魔法があるのですか。それは素晴らしい!しかし、何故僕がこの世界に転移してしまったのでしょうか?」
「私はこのラメトークで魔法陣の研究をしていまして、スライムを使って転移魔法陣の実験を行なっていたのです。今回はエリコク辺境と言うこの王国の端にある場所に転移させ、帰還魔法陣でこの場所に戻す予定でした。しかし、何故か転移したのは貴方が住んでいた世界でした。いつもと同じやり方で行っており、原因については全くわかりません。ですが、貴方がこちらの世界に転移してしまったのは貴方が持たれていたアクセサリーが原因ではないかと思っています。」
「アクセサリーですか?」
「はい、貴方の持たれていたアクセサリーの標章。あれは私が従魔契約をしていたスライムと同じ標章でした。この世界では、人、魔物の固有標章は重複しないと言われています。そのため、帰還魔法陣で引き寄せる場合、この固有標章を用いていました。この世界では、貴方の世界のようなアクセサリーに標章を入れる技術はありませんので今まで誰も確認していなかったのでしょう。これについても今後検証が必要だと思われますが。」
グリールさんはそう言うと申し訳なさそうに続けた。
「つまり、これからも魔法陣の研究は続けては行きますが、今の時点で貴方を元の世界に戻すことは出来ないのです。本当に申し訳ないです。それまで、この世界で生活していけるよう出来るだけの事をさせていただきます。」
話をまとめると、帰る方法が見つかるまでしばらくこの世界で過ごすしかないと言うことか。
突然の出来事で驚き過ぎている為か、思ったより落ち着いている自分に感心してしまう。
帰られないなら仕方ない、帰った時に親に怒られてしまわないように、こちらで仕事をしていよう。
向こうへ持ち帰ることが出来る珍しい物もあるかもしれない。
それに魔法がある世界、自分にも使う事が出来るかもしれない。
そこまで考えると、僕はグリールさんへ自分の思っている事を素直に伝える事にした。
「なるほど、それは仕方がないですね。ですが、そこまで謝らないでください。僕は今まで創作の中でしかなかった魔法という現象についてすごく興味があります。色々学びたいと思うのですが、教えていただけますか?」