表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/15

6.ディクスン・カー(カーター・ディクスン)

作家活動期: 1930~1972


発明品: 不可能犯罪の想像、一撃必殺の大トリック、

     オカルティズムの隠し味、奇術師作家


好きな作品: ユダの窓(1938)、

       白い僧院の殺人(1934)、

       皇帝の嗅ぎ煙草入れ(1942)



 アメリカ人のエドガー・アラン・ポーが先駆けた推理小説でしたが、その後、ドイル、チェスタトン、クリスティなどの英国作家の活躍で、しだいに主導権を取られつつあったさなか、起死回生で米国人ミステリー作家三羽烏がデビューします。1926年にヴァン・ダイン、それに続く1929年にエラリー・クイーン、そして、ジョン・ディクスン・カーが、その翌年の1930年に、処女作「夜歩く(1930)」を引き下げて颯爽とデビューを果たします。

 カーは、生粋のアメリカ人作家ですが、なぜか彼が書く小説の舞台はイギリスです。彼は、とことん不可能犯罪にこだわり、数多くの密室トリックや、アリバイトリックを創造しました。ですから、カーのミステリーは、まさにトリックの百科事典で、これからミステリーを書こうとされる方にとっては、絶好のテキストとなります。カーの作品には独特のスタイルがあり、熱狂的なファンが多くいます。横溝正史や泡坂妻夫などの日本人作家にも、大きく影響を及ぼしています。


 カーミステリーは、提供された不可能犯罪がどのように実行されたのか当ててください、という『ハウ・ダニット』の質問を、主に問いかけてきます。典型的なのが名作「ユダの窓(1938)」で、そこではとても魅惑的な謎が提示されています。

 二人の人物AとBが書斎で話し合いをしていました。Aが、テーブルに出されたウィスキーを飲んだとたんに、意識を失います。どうやら、ウィスキーに何かが混入されていたみたいです。しばらくして、Aが意識を取り戻すと、部屋の中は地獄絵図と化していました。Bが仰向けに倒れて死んでいたのです。しかも、壁に掛けられていた三本の飾り矢のうちの一本がなくなっていて、それがBの胸に突き刺さっていました。オーク材でできた丈夫なドアには、内側から差し錠がかかっており、二つある窓も内側から錠がかけられ、スチールシャッターが閉められています。もちろん、秘密の出入り口などは、ほかにはありません。

 現場は完全な密室で、状況証拠は圧倒的にAに不利ですが、仮にAが犯人でないとしたら、果たして真犯人が用いたトリックとは?


 さらに、カーミステリーでは、オカルティズムをふんだんに使用します。不可能犯罪の謎解きを盛り立てる味付けスパイスといったところでしょうか。たとえば、「赤後家の殺人(1935)」では、一人切りで居ると二時間以内に死んでしまう恐怖の部屋が登場します。

 一方で、カーは好き嫌いの評価が大きく分かれる作家としても有名です。70作もの長編が書かれていて、徹頭徹尾不可能犯罪にこだわり、常に斬新なトリックを追い求めたからなのか、カーの作品には駄作もそれなりにあります。逆に見れば、珠玉の名作が70作の中にいくつか隠れているわけで、ガチャガチャを回すドキドキ感で結末を迎えることができます。

 もう一つ、カーが不人気にされてしまう要因が、文章が分かりにくいことです。やはり、アメリカン・ジョークなのでしょうか。真面目な会話の途中で、しょっちゅう、意味不明な言葉が飛び出してきます。誰が発言しているのか分からなくなったり、その人が肯定しているのか、否定しているのかがあいまいなまま会話が進んだりして、読んでいてなかなかつらい作家です。ときには、作者が意図的にはぐらかして文章を書いているのでは、と疑いたくなる記述もよくあります。


 『ハウ・ダニット』がメインとなるカーミステリーですが、一方で、『フー・ダニット』に関する作者の執念ともいうべきこだわりが、ひしひしと伝わってきます。真犯人が誰なのかを当てるのが最も難しいミステリー作家は、誰あろう、カーではないでしょうか。

 カーの作品を読んでいると、意外な真犯人を想像するノウハウがいろいろ盛り込まれていて、実に参考になります。その基本スタイルは、ヴァン・ダインの時に述べた、犯人を誰にしても良い状況にしておいて、最後は探偵の発する鶴のひと声で、犯人を特定する手法です。そこには、『ホワイ・ダニット』の問いかけはありません。というか、できません。

 逆に言えば、カーの作品は、ハウ・ダニットを当てれば読者は勝利し、フー・ダニットは当たらなくても別に落ち込むことはありません。そもそも、フー・ダニットで正解に到達するための情報提供が、完ぺきではないのですから。


 あれこれ述べましたが、結局のところ、カーとはどんなミステリー作家なのでしょうか。彼は、ヴァン・ダインやエラリー・クイーンが目指した、正々堂々と読者との対決を挑む『騎士ナイト』ではありません。彼は『奇術師マジシャン』です。作者が舞台の上に立つ演技者で、読者は観客です。カーのミステリーでは、読者は騙されるのが当たり前で、騙されながら楽しみましょうというスタンスです。カーは、読者への挑戦状の前までに、すべての手掛かりが提供されているかを注意しながらではなく、すべての手掛かりが提供されていない事実をいかに隠せたかに注意しながら、文章を書いています。

 この奇術師スタイルを継承するミステリー作家の筆頭が、日本の泡坂妻夫です。もちろん、彼はカーから大きく影響を受けている作家です。

 泡坂が初めて書いた長編で「11枚のとらんぷ(1976)」という作品があります。わたしがこの作品を読む時には、泡坂の作品で、「乱れからくり(1977)」、「湖底のまつり(1978)」の二つの傑作を、すでに読んでいましたから、それと同じ評価を受けている「11枚のとらんぷ」はさぞかし面白かろうと思って、文庫本を手にしました。驚いたことに、内容がちっとも面白くないし、正直この作品に限ってですが、文章が下手なんです。やがて話は解決編となり、ああ、今回は駄作だったなあ、と思った瞬間です。想像を絶するすごいトリックが炸裂します。これまで抱いていた駄作の評価が一転して、ああ、こいつは名作だわ、となってしまいました。


 とにかく奇術師作家にはこれがあるんです。トリック一発で、読者を至福の幸福に満たしてしまう。それがたまらないという読者も、当然いるわけですよね。

 カーの作品で言えば、「曲がった蝶番(1938)」、「死者はよみがえる(1938)」、「三つの棺(1935)」が典型的な、駄作と思っていたらいきなり一撃トリックが炸裂する作品です。

 個人的に好きなカーの作品を挙げてみます。まず、ハズレなしで安心して読める一押しの名作が、「ユダの窓(1938)」、「白い僧院の殺人(1934)」、「皇帝の嗅ぎ煙草入れ(1942)」です。次点で、「黒死荘の殺人(1934)」、「赤後家の殺人(1935)」、「帽子収集狂事件(1933)」といったところでしょうか。

 ところで帽子収集狂事件ですが、本来のタイトルは『The Mad Hatter Mystery』なので、不思議の国のアリスの登場人物を意識して、『いかれ帽子屋事件』とでも訳すべきでしょう(Madの訳は差別用語を配慮すると難しいのかもしれませんが)。明らかに誤訳のような気がします。このようにカーの作品は、クリスティやクイーンと比べて出版社の気合が浸透していなく、新訳版が出てみると実は面白い作品だった、と期待できそうなものがまだいくらか残っています。

 あと、人気がある作品ではないけど、意外と面白かったのが、「髑髏城(1931)」と「貴婦人として死す(1943)」です。

 ほかにも、ミステリー作家を目指すならぜひ読んでもらいたい作品が、カーには目白押しなのですが、切りがありませんから、この辺で……。


  ディクスン・カーから得た教訓:

 カーのミステリーは、まさにトリックの百科事典で、これからミステリーを書こうとされる方にとっては、絶好のテキストです。一読をお勧めいたします。 



 次章からは、わたしがミステリーを書いた時に生じた苦心談エピソードを書いていく予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 皇帝の嗅ぎ煙草入れ 私も大好きな作品です
[良い点] 初めまして。寿々喜節句と申します。 私もミステリー好きなのですが、海外作家はあまり読んでいないので、参考になります。 私も書いたいくつかの作品にはミステリー的要素を入れていますが、本格推理…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ