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5.エラリー・クイーン

作家活動期: 1929~1971


発明品: 二人一役、読者への挑戦状、

     アイドル探偵、後期クイーン問題、

     ダイイング・メッセージ、

     奇跡の年


好きな作品: Yの悲劇(1932)、

       Zの悲劇(1933)、

       スペイン岬の謎(1935)、

       最後の一撃(1958)



 フレデリック・ダネイと、マンフレッド・ベニントン・リーの二人が、共著でミステリーを創作する際に用いたペンネームが、エラリー・クイーンです。さらに、エラリー・クイーンという名前の架空の人物が、そのまま彼らの書いた小説の中で、名探偵として活躍しますが、彼の本当の職業は推理小説ミステリー作家です。ちなみに、クイーンの小説は、(小説の中の)エラリーが、事件を解決した後で、自らの奮闘記を小説にしたことになっていますが、その記述はなぜか三人称となっています。

 エラリーの父親のリチャード・クイーンは、ニューヨーク市警察殺人課の警視(警部よりも偉い人)で、彼のもとへ飛び込んできた難事件を、息子のエラリーがばっさばっさと解決していく設定です。旅をしながら偶然に難事件と遭遇する金田一耕助や浅見光彦に比べて、難事件に出くわす機会が多いことが自然に説明できるので、このアイディアは如月恭助シリーズでもちゃっかり使わせていただいてます。

 おおやけには公開されていませんが、二人の作家にはそれぞれの役割があったみたいで、ダネイが複雑なプロットと奇想天外なトリックのアイディアを考え、リーがそのアイディアを文章化していたそうです。リーが1971年に亡くなってから小説の執筆がピタリと止まったことからも、この分業がはっきりと区分けされていたことが推測されます。


 クイーンミステリーの特徴は、数学の証明を彷彿させる『論理的な謎解き』と、フェアプレイ精神に基づく『読者への挑戦状』の創作です。ほかにも彼らは、ディクスン・カーと双璧をなす屈指のトリック発案者クリエイターでもあります。

 ここでまず、ミステリーの中で登場するさまざまなトリックを、『大トリック』と『小トリック』に分類してみましょう。境目がはっきりしませんが、大雑把に言って、大トリックは、この作品にこのトリック有り、と言わせしむような小説全体に渡って仕込まれる大きなトリックで、小トリックは、一つの作品の中にキラ星のごとく散りばめられた細かいトリックたちです。小トリックといっても、重ね合わせることで大トリックのような効果を発揮することも可能で、ヴァン・ダインや、アガサ・クリスティは、小トリック使いの名手です。

 クイーンは、小トリックも大トリックも得意とする両刀使いですが、とくに小トリックに関しては、歴代随一の使い手ではないでしょうか。

 初期の四作品、「ローマ帽子の謎(1929)」、「フランス白粉の謎(1930)」、「オランダ靴の謎(1931)」、「ギリシャ館の謎(1932)」では、いずれも小トリックを積み重ねて、これまでの作家が成し遂げられなかった複雑で緻密な謎を構成しました。さらに、エラリーの消去法をベースにした数学的な推理と、インパクトがある読者への挑戦状が、小トリックの多様性を見事に盛り立てています。

 一方で、「エジプト十字架の謎(1932)」、「チャイナ橙の謎(1934)」、「スペイン岬の謎(1935)」では、大胆な大トリックを掲げて世界を驚かせました。クイーンのスタイルは、日本の作家たちにも多大な影響をもたらし、とくに『新本格派時代』の多くの作家たちからは、神聖視されているほどです。


 クイーンの魅力は謎解きだけではありません。探偵のエラリーは、ファイロ・ヴァンスのように、背が高くて、ハンサムで、頭の良さをひけらかして父親をはじめとする周りの人たちを無意識にやり込めてしまう、実に子供っぽい性格をしています。ヴァンスと違うのは、エラリーは年が若いこと(ヴァンスもいちおう三十代ですが、どっちかというとおっさんぽいです)。そうです。エラリー・クイーンこそ、推理小説界に初めて登場した、アイドル探偵なのです。彼のトレードマークの鼻眼鏡で、眼鏡フェチとなってしまった女性ファンがどれほどいたことでしょう。

 一方で、クイーンの文章は、会話の途中で頻繁に冗談が入って、内容が分かりにくい一面があります。登場人物も注意していないと、この人誰だっけと混乱することがよく起こります。このあたりは、描写が上手なヴァン・ダインとは対照的です。

 この傾向が新本格時代の作家たちにも引き継がれている、と言ってしまっては、きっとお叱りを受けることでしょうね。ただ、大学生がグループで旅行する最中に殺人事件が巻き起こるシナリオは、よくある定番の舞台設定ですが、はなから登場人物の年齢や性格がシンクロしているわけですから、個々の人物像を区別するには、よほど丁寧な記述が必要であることをあらかじめ心得ておいて、執筆に臨むべきです。たとえ作者の頭の中で登場人物同士の区別ができていても、肝心の読者がそれを区別できなければ、最後の謎解きで読者を満足させることは難しいと思います。


 このように、非の打ちどころのない完璧な推理を追い求めたクイーンは、やがて途方もなく困難な問題に突き当たります。それが、日本の推理作家、法月綸太郎が指摘した『後期クイーン問題』です。

 事件解明の推理を数学の証明のごとく論理的に導こうとすると、まるで数学の証明の無矛盾性を否定した『ゲーデルの不完全性定理』のように、作者がどんなに努力を払っても、完璧な推理クイズを読者に提供することは不可能である、という問題です。

 小説の世界の中で、探偵が緻密な推理によって導き出した結論が唯一ユニークであるとは決して断言できない。なぜなら、この小説のストーリーを知り尽くしたより上位に位置する黒幕がいるとすると、その黒幕が、小説内の犯人を意のままに誘導していたり、探偵に偽の手がかりを与えているかもしれない。作者が読者へ提供する記述自体が信用できなくなれば、作者と読者の間の平等な知恵比べ対決など成立しない、ということです。

 探偵エラリーは、「ギリシャ館の謎」でその問題を提起し、その後の作品でも折に触れて取り上げていますが、いまだ未解決です。

 好意的に解釈すれば、世界屈指の作家でも完璧なる『読者への挑戦状』が制作不能というわけですから、みなさんは気を楽にして、あなたのミステリー作品に『読者への挑戦状』を積極的に挿入しても一向にかまわないのです。その際、作品を読み終えた読者が満足すれば、それが作者の勝利と言えるでしょう。


 ダイイング・メッセージがトリックである作品にも、クイーンは、『Xの悲劇(1932)』、『シャム双生児の謎(1933)』、『緋文字(1953)』など、いくつかの傑作を残しています。ダイイング・メッセージは、謎としては魅力的ですが、メイントリックとしてはちょっと軽い感じがするので、長編小説ではなかなか使用されていません。このあたりにもクイーンの考え方の柔軟性が感じられます。

 クイーンの話題としてもう一つ上げられるのが、1932年の『奇跡の年』です。デビューして四年目に当たる1932年に、クイーンは歴史に刻まれる四つもの傑作を発表しているのです。それが、『ギリシャ館の謎(1932)』、『エジプト十字架の謎(1932)』、『Xの悲劇(1932)』、『Yの悲劇(1932)』です。いずれも世界に衝撃を与えた超一流作品ばかりで、クイーンの絶頂期だったことがうかがえます。

 ところで、エラリー・クイーンが別人バーナビー・ロスになりすまして書き上げた、ドルリー・レーン四部作(1932、1933)ですが、このシリーズには、クイーン独特の文章の読みにくさがありません。おそらくは、執筆担当のリーが少々自己流を抑え気味に書いたものと推測されますが、もしかしたら、このシリーズだけ、執筆者がダネイだったかもしれないし、あるいは、第三の執筆者ゴーストライターがいたりしたかもしれませんね。


 最後に、エラリー・クイーンの二人のように、人には得手不得手があります。でも、考えようによっては、それはその人の個性であり、同時にメリットでもあるのです。あなたは普通の人ですか、それとも変わった人ですか。普通だと思う人は、文章を書くのが上手いはずだし、変わっている人は、奇想天外なトリックを思いつくのが得意だと思います。そのどちらか片方でも持っていれば、そこを伸ばすことで、きっと面白いミステリーがきっと書けるはずです。もちろん、自分が不得意な方も得意にしたいですけど、それは作品を書いているうちに着実に鍛え上げられていくことでしょう。大切なのは、結果を怖れず、まず書いてみることです。

  クイーンから得た教訓:

 奇想天外なトリックを思い付く人、文章を書くのが上手な人、人にはそれぞれ得手不得手がありますが、たとえ片方しか持っていなくても、それを十二分に生かすことができれば、きっと面白いミステリーが書けるはずです。

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[一言] こんばんは。 僕とは段違いのiris様の読書量を感じながら、自分が無念にも挫折してしまった古典ミステリの良さや、改めて気付かされた作家の偉大さなど、興味深くエッセイを読ませていただいておりま…
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