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3.アガサ・クリスティ

活動期間: 1920~1973


発明品: 登場人物一覧表、全員を集めてからの謎解き、

     クローズド・サークル、毒殺トリック、

     回想の殺人、後半部でようやく殺人が


好きな作品: 終わりなき世に生まれつく(1967)、

       象は忘れない(1972)、

       葬儀を終えて(1953)



 ご存知、ミステリーの女王、アガサ・クリスティの登場です。

 このリストの登場人物の中に必ず犯人がいますよ。いかにも読書意欲を沸かせる、ミステリーの常とう手段『登場事物一覧表』ですが、一覧表自体は、クリスティ以前の作家たちも用いていました。でも、彼らが発表した長編作品はせいぜい10品程度しかありません。それに対してクリスティは、60を超える長編ミステリ―を書いており、その毎回に、登場人物一覧表を掲載しています。彼女こそ、登場人物一覧表の意義を最も高めたMVPと言っても過言ではありません。

 最終的に謎解きを公開する際に、容疑者全員を部屋に集めて、そこで真犯人を探偵が指差す。ぞくぞくとするミステリーおなじみの光景『全員を集めてからの謎解き』も、メジャー化したのは、エルキュール・ポワロですから、つまり、クリスティの創造物によるものでした。

 このほかにもクリスティは、ミステリーの基本技術をいくつもお馴染みの定番にしています。

 その一つが、『クローズド・サークル』。

 「オリエント急行殺人事件(1934)」をはじめとする、多くの乗り物ミステリーや、絶海の孤島で起こった恐怖の連続殺人「そして誰もいなくなった(1939)」は、ミステリー史に残るクローズド・サークルミステリーの名作です。

 『毒殺トリック』も、クリスティの独壇場の感があります。

 毒殺ミステリーは、現場に残された状況証拠から、容疑者一人一人の犯行の機会を調べていって、犯人をしぼり込みます。ですから、アリバイミステリ―と似ていて、あまり劇的な犯行トリックは、通常は必要としません。ところが、クリスティはここにも斬新なトリックをいくつか用意しています。

 その物理トリックの代表作が「スタイルズ莊の怪事件(1920)」です。毒殺ミステリー史に残る、最高の物理トリックだと思いますが、これが処女作だというのもすごいですね。他にも、「杉の棺(1940)」でも、毒殺の物理トリックが出てきます。スタイルズ莊の怪事件、とは異なるトリックで、よくこんなことが思い付くなあと、感心してしまいます。また、毒殺ミステリーの心理トリックの代表作が「三幕の殺人(1934)」の第一幕殺人です。このトリックはあまりに有名となり、後世の作家たちにも多く使用されています。

 まだまだあります。『回想の殺人』。すでに時効が成立するくらい昔に起こった未解決事件を、現在の探偵が解き明かしていくストーリーで、独特の臨場感があります。クリスティは、回想殺人の長編小説として、「スリーピング・マーダー(1943、発表は1976)」、「五匹の子豚(1943)」、「復讐の女神(1971)」、「象は忘れない(1972)」などを書いています。

 『後半部でようやく殺人が』起こるミステリーも、クリスティが創作した新しい技法です。通常のミステリーは素早く読者へ謎を提供しなければならないという使命感から、冒頭で殺人事件が起きます。ところが、クリスティはこの不文律をいとも簡単に破ってしまいます。

 「杉の棺(1940)」で、すでにその兆候が現れています。全編を三部に分けて、第一部の終わりに初めて殺人事件が発生します。もっとも、この小説の冒頭は、すでに殺人事件が起きたあとの、法廷での描写が挿入されていますが。

 ところで、この手の小説で、殺人が勃発するまでは、文章に何が書かれているのでしょう。それは、登場人物たちが繰り広げるメロドラマです。でも、そこでの記述が、最後の謎解きで伏線となって意味を持っているわけですから、これは立派な長編本格ミステリーと言えるのです。

 その後の作品、「ゼロ時間へ(1944)」は、物語の中盤になって初めて殺人が起こります。さらに、「満潮に乗って(1948)」では、それがもっと進化して、中盤まではどろどろした人間ドラマが繰り広げられ、終盤になってから一気に連続殺人が発生します。

 クリスティはこれが気に入ったのか、後期の作品の多くに、この手法が取り入れられています。中でもとりわけ傑出しているのが、「終わりなき世に生まれつく(1967)」です。

 これはクリスティの作品の中でわたしの一番のお気に入り作品です。メロドラマが謎解きを圧倒している普通小説の形式を取りつつ、最後の最後に物語はミステリーと化して、極上のどんでん返しが待っています。とにかく、読み終わった直後に放心状態になること間違いなしです。また、「終わりなき世に生まれつく」は、村ミステリーにもなっており、横溝正史の「八つ墓村(1950)」に出て来る『濃茶の尼』らしき人物が登場します。もしもクリスティが八つ墓村の英訳文を読んでいて、日本の作家が書いた舞台設定をそっくり真似たのだとしたら、すごいことですけどね。

 今でこそ当たり前となった『長編ミステリー』ですけど、クリスティの「アクロイド殺人事件(1926)」が登場するまでは、かなり迷走を重ねていたように、個人的に思います。

 かのシャーロック・ホームズシリーズでさえも、短編がメインで、長編(ホームズが登場する長編は、後世の作品群と比較すると、どちらかといえば中編に属しますけど)は四つしか書かれていません。ホームズの短編シリーズのインパクトが強いせいからか、その直後の諸作家たちの長編ミステリ―には、いわゆる定番形式が存在しないのです。謎解きだけだったら、わざわざ長編小説にする必然性がない、との考えが、当時あったものと思われます。

 ガストン・ルルーの「黄色い部屋の謎(1908)」とう名作がただ一つあるだけで、イーデン・フィルポッツの「赤毛のレドメイン家(1922)」は、謎解きとメロドラマの両立が目指されていますし、ロナルド・ノックスの「陸橋殺人事件(1925)」は、謎が深すぎて長編ならざるを得なかった、というわけではなくて、複数の登場人物の推理を飛び交わせることで、結果的に長い小説となってしまった、という印象を受けます。

 クリスティ自身の作品でも、「スタイルズ莊の怪事件(1920)」では、まだ中盤部で間延びしている感がありますが、「アクロイド殺人事件(1926)」は、一貫した不気味なサスペンスと謎解きで長編の小説が終始し、しかも強烈なインパクトで幕を閉じています。これこそが長編ミステリーだと、全世界を驚愕させた名作だと思います。

 様ざまなミステリ―を開拓したクリスティですが、一方で、独創性という観点に立った時、カーやクイーンには及ばないとの、ちょっと厳しい批評も受けています。たしかにクリスティの作品の中には、ほかの作家が使用したトリックを二次的に模倣しているものが少なからずあります。それにもかかわらず、オリジナル作品よりも評価が高くなってしまっているものも数多くあるわけで、なぜそうなってしまうのか。それは、彼女の書く文章が格別に面白いからにほかなりません。クリスティの書く文章はとても分かりやすいと、わたしは思います。会話が錯綜しても、誰がしゃべっているのか自然に分かります。仮にも出版された小説だったら、そんなことは当たり前に出来ているはずだと、みなさんは思われるかもしれませんが、案外違います。カーやクイーンの小説は、ときおり、誰がしゃべっているのか分からなくなることがありますし、会話の論点がしゃべり手の軽い冗談によって(アメリカ作家に多く見られるような気がしますが、わたしの偏見でしょうか)かく乱されてしまうのです。まるで、作者が読者を意図的に混乱させようしているようにさえ思えてきます。

 クリスティの文章でそれが起こらないのは、彼女の生み出す登場人物像が明快だからにほかなりません。彼女の描く登場人物が分かりやすいことを「オリエント急行殺人事件」を例にとって確認してみましょう。事件現場となったオリエント急行に乗っている乗客は十二人(必然的に彼らが容疑者ということです)いますが、小説を読み終わった時に、この十二人のひとり一人がどんな人物だったかが、読者はきちんとイメージすることができるのです。これって、とてもすごいことではないでしょうか。容疑者が十二人もいれば、そのうちの五人くらいは、一山いくらの、いてもいなくても差し支えない存在となってしまうのが普通の気がします。

 クリスティが人物描写の達人であるのは言うまでもありませんが、彼女の登場人物がひときわ印象的に書かれている秘密は、意外と簡単に真似できることにあります。

 クリスティの文章を、もう一度読み返してみてください。会話ごとに、○○が××した、とこまめに書いてありますよね。誰がしゃべったのかを、読者へきちんと明示する。それこそが、ミステリーを書く時に、もっとも大切な注意事項だと、彼女は教えてくれているのです。

  クリスティから得た教訓:

 会話文は、誰が語っているのかを明確にすること。そうすることで初めて、読者にきちんと謎が提供できるようになります。

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