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6.「小説・人狼ゲーム」の執筆時苦心談

 「小説・人狼ゲーム」は、2009年の10月に公開をしたミステリーで、文字数こそ4万字にも満たないですが、当時としては、めいっぱい長編を書くぞのイメージで書き上げた思い出のある作品です。

 人狼ゲームをご存じでしょうか。10名前後の人数で行うパーティーゲームです。ゲームの参加者には、開始前におのおのに、ある『配役』が割り当てられます。その配役は、割り当てられた当人は知っていますが、それ以外の参加者には秘密にされています。配役は大きく二つに分かれます。片方は『村人チーム』で、そしてもう片方が『人狼チーム』です。ゲームの本質はチーム戦で、自分が属するチームが勝利条件を満たせば、チームのメンバー全員が勝利となります。

 今でこそ人狼ゲームはそれなりに有名になっていますが、2009年には、ほとんど知られていませんでした。じゃあどうして、わたしが知っていたかというとですね、当時のわたしはオンラインゲームに熱狂するお馬鹿さんで、そのオンラインゲームの中で、一部の人たちがゲームに興じているのを目撃したのが最初でした。考えてみれば、オンラインゲームの舞台こそ、人狼ゲームで遊ぶには絶好の環境なのです。建物内に入れてしまえば、外部の人は中で繰り広げられる会話の内容を聞くことができませんし、情報のやり取りが、ゲームの個人キャラクター(アバター)を通して行われますから、現実よりも不正や過失行為が生じにくくなっています。複雑なルールは、グループがホームページを立ち上げていて、そこで詳しく説明されていました。

 結局、わたしはそのゲームには参加しませんでした。なぜかというと、見ず知らずの人たちに溶け込んでいく勇気もありませんでしたが、それよりも、めちゃめちゃ怖いと感じたからです。だって、ゲームの中では、人狼が村人たちを次々に殺していくんですよ。殺された人物は、そのゲームにおいて、以降のやり取りへの参加が禁止されてしまいます。つまり、死んでしまった、ということです。そうなんです。ゲームでは公然と殺人が行われていたのです!


 人狼ゲームのルールはさまざまなバリエーションがありますが、夜の過ごし方によって大きく二つに分かれます。ひとつは『広場型』で、もう一つは『個室型』です。人狼ゲームには、朝、昼、夕方、夜のターンがあります。夜こそが、人狼が活動する時間帯であり、すなわち、殺人が行われる時間帯となります。広場型のゲームでは、人狼は生き残っている参加者なら誰にでも、任意に襲い掛かることができます。それに対して個室型では、夕刻に生存者同士の話し合いで二人ずつのペアを作り、割り当てられた個室の中でその二人だけで一夜を過ごします。人狼が襲うことができるのは、同じ個室に泊まった人物のみに限定されます。

 カードゲームで遊ぶ人狼ゲームは広場型を採用していますが、現在、人狼ゲームとして定着しているルールは、この広場型となっています。一方で、個室型の人狼ゲームは、今ではほとんどプレーされていません。その理由の一つが、個室型ゲームを現実世界で行うのはなにかと煩雑となってしまうからです。ところが、オンラインゲームとなると、ゲームの中の世界に個室を作っておけば、中での会話をシャットアウトすることが可能なので、ゲームができるというわけです。わたしがオンラインゲームの中で知った人狼ゲームは個室型であり、「小説・人狼ゲーム」として小説化したお話の中で展開されているのは、個室型の人狼ゲームです。

 ここまでを読まれて、人狼ゲームがミステリーの題材として、とても興味深いテーマであることに気付かれたでしょうか。公然と殺人が行われて、その犯人である人狼を、みんなで協力してあばき出すゲームの本質は、殺人事件の犯人を推理するミステリーの本質と見事に調和します。それに加えて、ゲームの登場人物の一人の目を通して恐怖と謎解きを提供する。そこでは、必然的に、クローズド・サークルの構成をとったミステリーが展開されます。こうして生まれたのが「小説・人狼ゲーム」でした。

 今でこそ、人狼ゲームがブームとなって、多くの人々に知れ渡り、人狼ゲーム関係のミステリー小説も数多く書かれています。『小説家になろう』サイト内でも、百花繚乱の作品が公開されています。


 この作品を書くに当たって、最初に頭を悩ませたのは、小説のタイトルでした。「小説・人狼ゲーム」。どうしてこんなダサくて趣きに乏しいタイトルを付けたのかって? これにはある狙いがありました。

 ストーリー的には面白いし、斬新な設定ですから、読んでもらえればきっと満足してもらえるはず。では、どうしたら多くの人に読んでもらえるでしょうか。わたしはネット検索が大事だと思いました。ところが、『人狼ゲーム』で検索されても、人気のサイトから順番に表示がされます。当時の人狼ゲームは、一部のマニアの間でひそかに浸透しつつあったので、ゲームをした感想や、グループ間のルールの説明マニュアルなど、たくさんの人狼ゲームで検索できるホームページが公開されていました。検索数が期待できない個人のホームページが表示されるのは、せいぜいリストの5,6頁目になってから、となってしまうのがオチです。これでは誰もわたしの小説を読んではくれません。

 でも、ひらめきました。『人狼ゲーム』と『小説』の2語をくっつけるのです。これなら、ライバルは皆無です。実際に、当時は人狼ゲームを小説化していた人は誰もいませんでしたから、検索も格段にかかりやすくなることでしょう。こうして、タイトルは「小説・人狼ゲーム」と決まりました。


 次に悩んだのが、読者に人狼ゲームの複雑なルールをどうやって覚えてもらうか、という超難問でした。人狼ゲームという特殊舞台の中で繰り広げられる推理小説ですから、従来にはなかった謎解きが提供できるわけですが、その反面、読者がその特殊舞台の構造を理解していなければ、せっかくのアイディアも伝わらなくて台無しとなってしまいます。かといって、どうしたらこの複雑なルールを読者に理解してもらえるのでしょうか。読者の中には、人狼ゲームは初耳だ、という方も普通にみえることでしょう。ルールの説明は決して簡単ではありません。

 たとえば、『牧師』は『ブロック』という特殊能力を持ち、全ゲームを通じて一回だけ発動することができるが、ブロックが発動した夜には、牧師を襲った人狼は『パス』を消費しない――。どうです。ルールを知らない人には全く意味不明でしょう。この複雑なルールをマニュアル化して、あらかじめ読者に読んでもらって、すべてのルールに精通してもらわないと、本編を読んでも推理の楽しみを味わうことができないのです。

 「小説・人狼ゲーム」を公開した当初は、本編の前に、10ページほどのルールのマニュアルを挿入しました。本編は間違いなく面白いですけど、楽しんでいただくためには、この巨大マニュアルの内容をしっかり理解してくださいね、という感じの、あまりに高すぎるハードル……。これではなかなか読んでもらえません。

 そこで考えたのが、登場人物による漫才形式で、マニュアルの説明を行う方法です。まだ不満は残りますが、かなりましに改善されたような気がします。


 人狼ゲームの推理小説。わたしが一番表現したかったのは、ゲームに参加する時の恐怖、ドキドキ感です。たかがゲームとはいえ、命賭けの駆け引きが行われる。この緊張感を小説の中でぜひ表現したい。そこでまず、リアリティをより出しやすい一人称形式で物語を書くことにしました。そして、主人公である語り手は、人狼ゲームに参加をして、そのゲームの中で感じる恐怖におののいてもらう設定を取ることにしました。そのために、主人公に割り当てる配役は、何がベストでしょうか。当然、人狼から襲われる側の『村人チーム』に属する配役となります。最初は特殊能力を持った『祈祷師』や『牧師』が都合いいと思いました。というのも、特殊能力を持った方が、登場人物の行動がより複雑になりますから、謎解きが創りやすいかと考えたからです。でもすぐに却下しました。そうです。人狼ゲームで本当の恐怖に駆り立てられる配役は、何の特殊能力も有しない無力な人物であるはずです。最大のテーマである、恐ろしい人狼から逃げまどう恐怖を読者に味わってもらうためには、語り手の配役は『村人』(特殊能力を何も持たない村人チームに属する配役)であるべきなのです!

 小説の中の語り手の名前はアイリス。わたしの分身です。そして、アイリスに割り当てられた配役は村人です。ゲームの参加者はアイリスを除くと八人。この中に、夜になるたびに殺人を犯していく恐ろしい人狼が二人も紛れています。さっそく初日の夜がやって来ます。アイリスは、フォックスという怪しげな男性から、夜を共にする使命を受けます。拒否権はありません。もしもフォックスが人狼ならば、アイリスは初日の夜に、なにもせぬまま殺されてしまうかもしれません。とはいえ、アイリスには抵抗する武器は何もありません。襲われてしまえば、それでおしまいです。

 どうですか。怖いでしょう。まさにそれなんです。わたしが表現したかったことは。

 ゲームが進んでいくうちに人狼に関する様々な手掛かりが出てきます。前夜に死者が出た部屋で生き残った人物。当然、みながその人物に対して人狼ではないかと疑いの目を向けます。昼間の会議で、その人物は必死になってみずからの無実を証明しようと弁明の発言を行います。でも、その弁明自体が真っ赤な嘘かもしれません。参加者の各自が勝手な嘘を吐けるのなら、犯人、いや人狼でしたね、は永久に分からないのではないか。いえ、案外そうでもありません。ゲームが進行していくと、発言に明らかに矛盾がある人物がいくらか浮かび上がってきます。そして、論理的な推理によって、誰が人狼であるのかが少しずつ分かってくるのです。

 そしてゲームは間もなくフィナーレを迎えます。そして、小説では最後の謎が読者へ提供されます。それが『読者への挑戦状』です。4つの選択肢から正解を選ぶ形式の謎となっていて、正解は唯一つしかありません。正解すれば主人公は勝利を収めますが、間違えれば敗北が待っています。

 解決編に進むと、ゲームが終了して参加者たちが語りあうシーンを取りながら、読者への挑戦状の謎の解明が行われます。ちょっとくどくなってしまいましたが、論理性においては寸分の隙のない推理が出来上がりました。ミステリーとして申し分のない作品ですが、人狼ゲームが初めてだった読者が、果たして内容を理解できただろうか、楽しんでもらえただろうか。当初はかなり心配をしましたが、喜んでいただいたコメントが感想欄に書かれていて、ほっとしました。

 今でこそ、『小説家になろう』サイトで掲載した自作の中で、総合評価値が一番高い作品は「白銀の密室」であり、続いて「人狼ゲーム殺人事件」となっていますが、「小説・人狼ゲーム」は、長いこと総合評価値で一番に君臨していた、わたしにとってとても愛着のある作品です。


 気を良くして、続編となる「続、小説・人狼ゲーム」も、さほど間を置かずに書き上げました。今度は、語り手のアイリスには人狼の配役が割り当てられます。前作の村人チームとしての視点からうって変わって、人狼側の視点で物語は進行していきます。

 人狼側だと、ゲームの中の恐怖感が味わえないのではと思われるかもしれませんが、第一作を書いていて、人狼はゲームの最中に死の恐怖を全く感じないかといえば、そうではないことに気付きました。たしかに、夜のターンでは、人狼は人を襲う側ですが、襲い掛かった相手がもしも特殊能力者であった場合には、人狼自身が殺されてしまったり、生き残ったとしても、翌日の会議で死刑に処されてしまう恐怖があるからです。

 かくして、「続、小説・人狼ゲーム」も、謎解きもそこそこ面白く、また恐怖も十分に感じられる作品に仕上がりました。


 人狼ゲームシリーズでは、「小説・人狼ゲーム」、「続、小説・人狼ゲーム」のほかに、四作品を書き上げています。

 「小説・人狼ゲーム3rd」では、ゲームブック形式のミステリーに挑戦してみました。この形式で書かれた作品は、ほかでは見ていません。わたし自身も、この形式でミステリーが書けるのかどうか不安でしたが、とにかく踏み込んでみた作品です。それなりに、スリルも楽しめる小説となったので、ぜひ読んでみてください。

 「広場型」の人狼ゲームを題材に小説化したのが、「小説・吸血鬼の村」、「続、小説・吸血鬼の村」、「入門編、小説・吸血鬼の村」です。

 吸血鬼の村のシリーズで行われる人狼ゲームのルールは、『The Village of Vampire』というホームページで紹介されていたルールですが、現在に定着して広まっている人狼ゲームのスタンダード・ルールと比べると、配役の置き換わりがあって、それに伴うルールの変更も少々あります。

 全般的にミステリーのメイントリックに関して、わたしは自分の作品に対して自信はありませんが、オリジナリティがあってちょっと気の利いているメイントリックが掲載された小説を自作の中からあえて挙げろといわれれば、「小倉百人一首殺人事件」と、ここで紹介する「小説・吸血鬼の村」となります。

 「小説・吸血鬼の村」は、わたしの書いたミステリーの中では、間違いなく、もっともメイントリックが斬新な作品であるのですが、同時に、謎を解くためには『The Village of Vampire』で紹介されている人狼ゲームのルールを理解しなければならず、もちろん小説の中でそのルールは説明してはおりますが、なかなか人の目に留まってもらえないまま埋もれてしまっている作品でもあります。内容さえ理解してもらえれば、確実に読者をあっと言わせられる、スリルに満ちた、不可能犯罪を彷彿させる謎解きの極致を極めた作品となっておりますから、もし機会がありましたら、ぜひご一読いただきたいです。


 今では、人狼ゲームを扱うミステリー小説も、世間に十分に浸透していて、斬新さがなくなっているかもしれません。なろうサイトで投稿されている多くの作品も、どちらかといえば、謎解き推理を楽しませる作品が主流で、恐怖を描くことがテーマである作品は、最近はもう見かけません。いい返せば、それだけ人狼ゲームが一般に認識されている証拠だと思います。

 そうなってからですが、読者の方々から「小説・人狼ゲーム」に対して、いくつか問題点が指摘されています。例えば、あなたの小説では、村人側の人物が平気で嘘を吐いているけど、村人側が嘘を騙るのはルール上禁止されているのではありませんか、というご指摘がありました。どうやら、広場型のスタンダード・ルールでは、村人は決して嘘を騙ってはならぬというご法度があるみたいです。

 一方で、わたしの作品では、村人として生き残るためには虚々実々の駆け引きが必要で、そのために、場合によっては嘘も吐くことが許されているという設定にしてあります。ここは引くことはできませんから、文章の変更はしませんでしたけど、このご指摘に関して気を悪くしたということは全くありませんし、むしろ、それだけ人狼ゲームがメジャーになったんだな、と感心させられました。

 ほかにも、人狼ゲームが浸透して、その戦略技術も、2009年時に比べれば格段の進歩を遂げました。簡単に言えば、団体としての勝利を目指すためには、個人の生死などは二の次となるわけで、個人の銘々が生き延びようと必死に葛藤している「小説・人狼ゲーム」の登場人物たちの行動には、現代のゲームに長けた指揮官からしてみると、どうも違和感があるらしいのです。

 あなたの小説では、主人公がこのように行動しているけど、その行動は常識的にあり得ませんよ、などのご指摘も受けました。人狼ゲームを小説化した先駆者のつもりでいたのが、いつの間にか時代に取り残されている自分を痛感させられたエピソードです。今となっては、わたし自身も、ほかの作者が書かれた人狼ゲームミステリ―には、知識に関するレベルが足りずについていけないのが現状です。でも、それはそれで素敵なことですよね。


 人狼ゲームミステリ―といえば、文庫書籍化されたシリーズ作品があります。人狼ゲームの小説を世間に知らしめたという功績において、その作者は評価されるべきなのですが、シリーズの第一作目が、主人公が村人として、そして、二作目は人狼として生死を掛けて戦う設定で書かれており、しくもわたしの「小説・人狼ゲーム」が採用したアイディアと重なっています。

 読者からの感想で、貴作は某作品と似ていますね、と指摘されたことがありますが、わたしが「小説・人狼ゲーム」を公開した時点で、この某シリーズは出版されていませんでしたし、それ以上に、人狼ゲームとミステリー小説が結びついて認識されてはいませんでしたから、わたしが真似をしていると勘違いして書かれた感想をいただいたのには、ちょっぴり残念でした。

 逆に、某作品の作者が、わたしがネット上で公開していた「小説・人狼ゲーム」を参考にしたのかどうかは分かりませんが、もし参考にしていたのなら、どこかで、本作を書くに当たって、ネット上で公開されてあったとある素人の小説が参考になりました、などのコメントを残すのが常識かと思いますけど、残念ながらそのような話は全く聞いておりません。

 ネット小説の作品は、アイディアを勝手に持ち去ることは簡単ですし、またそれを法律で問えるものでもありませんが、そんな世界にも仁義というものはあるべきだし、相手に敬意を払うのは当然です。もちろん、わたし自身もモラルを見失わないように気を付けていきたいです。

  本章の教訓:

 特殊な設定の舞台では、従来にはなかった斬新なミステリ―が書ける可能性があります。ぜひ、探してみてください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] iris先生の人狼ゲームものは定評がありますので、今回のテーマも興味深く読ませていただきました。 人狼館殺人事件で楽しませていただいたより過去に、『小説・人狼ゲーム』関連は、三年ほど前に…
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