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5.「白雪邸殺人事件」の執筆時苦心談

 「白雪邸殺人事件」は如月恭助シリーズで2番目に書いた作品です。前作「白銀の密室」が短編だったのに対し、こちらは長編にしようと、意欲的に執筆に挑みましたけど、当時のわたしの力では限界があり、結果は7万字の中編作品となっています。

 設定は、オンラインゲームで知り合った仲間たちが絶海の孤島へ、オフ会と称して招待され、そこで殺人事件が起こる、というクローズド・サークル形式にのっとった定番ミステリーです。登場人物たちは、ゲーム時のユーザー名で自らを名乗り、語らいに興じます。

 この作品を書いている時に気を遣ったのは、7人の登場人物たちひとりひとりの個性の確立です。ミステリーを読んでいるときに、集中力が散漫になると、ついつい誰がしゃべっている会話なのかを注意しなくなっていたり、かなり物語が進行してから、ある登場人物に対して、あれ、この人誰だっけ、なんていうことはありませんか。もちろん読んでいる側に問題があるには違いないのですが、逆に、自分が書く小説では、なるべく登場人物の個性をはっきりと記述して、読みやすいミステリーに仕上げたい、そういう思いは作家を志す者として誰にでもあることでしょう。

 ここでは、登場人物の個性の出し方について考えてみたいと思います。


 白雪邸殺人事件の登場人物は、キャラクター名が、ドク、シド、ポチ、ココ、モネ、クリン、の6名の招かれた客がいて、さらに本名なのかどうかは不明ですが、館の使用人である二階堂真澄の、合わせて7名です。性別では、ドク、シド、ポチ、クリン、二階堂の5名が男性で、ココ、モネの二人が女性です。

 まず女性の間での個性化ですが、モネを美少女とすることで、ココと区別を付けました。逆に、ココの方は、大人のあまり目立たない女性としましたが、同じような性格の登場人物はほかにいないので、読者が混乱を来す心配はないと思いました。

 さあ、5人の男性の個性化です。まず、二階堂ですが、唯一の老人であり、しかも使用人で、話し言葉も執事が用いる丁寧な言葉遣いとなります。個性化はしっかりとできています。

 次に、ドクです。その名の通り、本人の言葉によれば、本職は医者だそうです。それだけで、読者にはある程度の印象が残ると思いますが、さらに体型を肥満型としました。差別用語にはなってしまいますが、体型の特徴は、小説において、個人の印象を強める効果があります。

 逆に、ポチは体型を小柄にして、さらに子供っぽい会話とモラルのなさで、個性化を行いました。しゃべり方に特徴があり、個性化はうまくできた思いましたが、そのままその性格が、シリーズの主人公、如月恭助、のキャラクターを決定付けてしまいました。

 シドが問題でした。体型は筋肉質で、性格は真面目だけど知力は少々劣っている感じにしましたが、個性化としてはもう一つもの足りなさを感じています。

 最後にクリンですが、名前にインパクトがあるので、ちょっとしたくせを補うことで、個性化はうまくできそうです。性格をちょっと粗野にして、要所であつかましさを醸し出させ、しゃべり言葉には地方訛りを入れることにしました。もっとも、書き始めた当初は、クリンのしゃべり言葉は標準言葉でしたが、ちょっとした伏線のために、訛り言葉でしゃべらせることになったというのがことの真相です。


 ところで、登場人物に地方訛りをしゃべらせようと思った時に、何に気を付けたら良いでしょうか。今回は、クリンに三重県の言葉をしゃべらせたい、というテーマで考えてみます。

 方言と言っても、なかなか難しいですよね。わたしは名古屋市に住んでいますが、だからといって、生粋の名古屋弁をしゃべれるわけではありません。ましてや、自分が住んでいない三重県の言葉となると、そもそも知識がありません。名古屋弁にもかなり特徴がありますけど、三重弁にはそれに負けない個性的な響きがあるように思います。三重県は、地域的には近畿地方に属していますが、経済圏は東海地方ということで、そこで使われる言葉には、関西弁と名古屋弁が相混じり合っている印象を受けます。

 まずはネットで、三重弁を検索してみます。いろいろな言葉が出てきますが、まねがしやすいのは、語尾の助詞や助動詞、それに、感嘆詞です。これらの言葉はまねるだけで方言をしゃべっているように聞こえるし、しゃべっている内容も読者へ正確に伝えることができます。一方で、名詞、動詞、形容詞などは乱発すると、その地域の方言を知らない読者には、注釈なしには意味が伝わらないかもしれないリスクが生じます。

 一例をあげると、「なんや、それは。けったくそ悪いなー」。これなら、三重弁を知らない人にも、なんとなく意味が伝わると思います。それに対して、「だいぶ、ぬくとくなってたやん」、となると、かなり分かりづらいですよね。

 ミステリー小説における会話は、話し手が意図する意味を正確に読者に伝え得ることが最優先事項であり、雰囲気を醸し出すことはその次です。地方言葉をしゃべらせる時には、意味が確実に読者へ伝わるよう配慮する必要があります。

 語尾を変えることは、簡単な作業の割に大きな効果が期待できます。三重弁を表現するために、クリンの会話文では、語尾を「や」、「やん」、「やに」などにしてみました。

 ただ、語尾を地方言葉で徹底してそろえてしまうのも、ちょっと考え物で、くどくなってしまう気がします。ですから、クリンの場合は、ときどき語尾に三重弁が混ざる程度にしました。普段は、周りに気を遣って、地方言葉が出ないようにしているけど、話に熱が入ってくると、ついつい出てしまう、って感じです。


 今度は、モネを美少女に仕上げたい、というテーマについて考えてみましょう。さあ、どうしたら、読者へ彼女の魅力を伝えられるでしょうか。

 「白雪邸殺人事件」では、文体は三人称です。一人称ならば、ナレーションの中でも語り手の主観が入れられますが、三人称のナレーションとなると、それは神さまが発する言葉のようなものです。神様が、この娘は美少女である、と言ったところで、読者は、ああ、そうですか、としか感じません。それに対して、登場人物が、ああ、この娘って美人だなあ、と発言すれば、読者も、そうなのか、と思うことでしょう。美人を賛美するのは、登場人物たちにさせるのが鉄則です。

 次に賛美の方法ですが、『美しい』、『可愛らしい』、などの直接的な賛美言葉に頼らずに、『背筋がピンと伸びており』、とか、『すれ違う時、髪の毛からかすかにリンスの香りがただよってきた』とか、間接的にその人物の気品の良さを表現する言葉の方が、わたしは好きです。

 一方で、散々賛美の言葉を並べたところで、一つだけ欠点とも取れそうな特徴を挙げることも高等テクニックで、その人物のユニークさを引き出すことができます。

 東野圭吾の名作「白夜行」の登場人物の、唐沢雪穂。これまで読んできた小説のすべての登場人物の中で、わたしは個人的に、一番の美人だと思っていますが、彼女の場合は、『アーモンド形の目』を持っているのが特徴です。

 性格は、天使のような慈愛に満ちた娘もいいですが、ちょっとねじ曲がった個人主義者も魅力的です。でも、総じて頭は良い人物の方が、品格が上がる分だけ、ベターですし、一つのことにこだわる、必ずしも天才肌ではなくてもよいのですが、生真面目な努力家気質は、美人に花を添えることが多いように感じます。


 反対に、美少年の描写となるとどうしたらよいでしょうか。ここで要求される『美』が、女性のような美しさ、であれば、その人物は中性的な存在になることでしょう。こちらの方は、わたしはあまり意見を持ち合わせてはおりません。

 一方で、好青年系の美少年でしたら、内田康夫の創り出した、浅見光彦、とか、小説の中で活躍する、エラリー・クイーンなどがお手本となりそうです。

 男性の場合は、はっきりと『鼻筋が整った、絶世の美青年であった』とかの直接的な表現も、全然ありだと思います。性格は、頭が良いに越したことはありませんが、それ以外は、多少の欠陥がある性格の方が魅力的だと思います。女性と同様、物事にこだわる性格の方が、なにかと書きやすいし、男性の場合なら天才気質もありですね。

 最近はジェンダー問題の関心が高まっているので、美人はこうで、美男はこうであるべし、という分類は、しだいに意味が薄れていくのかもしれません。でも、小説を書く上で、こうしたテクニックは、思っている以上に有益な気がしています。有名作家がそのあたりをどう工夫しているのかを調べてみるのも、きっと良い勉強となることでしょう。

  本章の教訓:

 一旦、読者に登場人物の個性化をインプットしてしまえば、あとは自然な流れで問題提供ができます。逆に、個性化のインプットに失敗してしまうと、解決編になって、あれ、そんな記述あったっけ、となってしまうかもしれません。

 登場人物の個性化の確立は、思っている以上に重要なことではないでしょうか。

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