首から胴体が生えてきてしまった
二話目。
初回のあらすじ:幼馴染から援交を促されたのち、修道女の生首に、食事、プラスして寝床を要求された。
周りを見る。誰もいない。口元を引き締めた。
「い、息苦しいかもだけど」「大丈夫。今は皮膚呼吸しかしてませんので」
「……?」「匂いは嗅げます!」
首を持った。かなり重い。我慢して、上着の内にそれを入れる。流血はしていないようで安心した。
どういう存在なのだろう。
「服からほんのり、食べ物の匂いがしますね」「ウチ定食屋だし」
「素晴らしい! ところで、肉付きがちょっと貧相ですね」「うるせえ」
お前なんか頭だけのくせに。
モアイ像でも肩まであるわ。
コソコソ隠れて、人目を避けて、やっとウチまで辿り着く。裏口からソロリと入った。
抜き足、差し足、忍び足。「成子〜? おかえり」という声が、厨房から聞こえてきた。
心臓が跳ねる。お母さんの地獄耳は誤魔化せなかった。
「た、ただいま」
何か作業してるのか。廊下に出てくる様子はない。
「急におトモダチをぶん殴って家から飛び出すんだから。もう。私の娘らしくなってきたわね」
「あの衝動は親譲りだったの?」
「明日一応謝っときなさいよ〜」「……お父さんは?」
「どっか行っちゃった。なんかどっかから呼び出されたって」
うわあ。やべえ。眉をひん曲げる。
死体になって帰ってきそう。
階段を上がる。お腹の首を落とさぬよう、注意して自室の扉を開けた。ベッドの布団に置いたのち、素早く扉を閉める。
「ふう。疲れた」「お腹が空きました。お腹が空きました。お腹が」
「ツバメのヒナぁ? というか、生首シスターさんの『お腹が空いた』ってどういう状況? まさかタコみたいに、頭に胃が入ってるの?」
「そんなわけないでしょ。バカですねぇ」
首だけでニヤニヤ笑う。カチンときた。頬が膨らむ。
バカって言う方がバカ。怒りを抑え、笑顔で提案する。
「えっと。お腹空いたんだよね? ちょっと待ってて。なんか作ってくる」
「ふっ。あなたのような小娘が、私の舌を満足させられますかね」
「ははは。ついでに生ゴミの日も確認してこよっと」
「やめてください! ゴミ集積所の臭いって本当に酷いんですから!」
捨てられたことあんのかな。さもありなん。
「あ。一つ聞いておきたいことが」「なぁに?」
「この部屋、隠しカメラとか仕掛けられてたりします?」
「そんなもんあるわけないじゃん」「ですよね。なら良かった」
自室を出て、下に降りる。厨房に行った。
明日の仕込みを行うお母さんの背中に、「キッチン使うね」と声をかける。
「夜食?」「まあ、そんなもん」「お母さんの分も作っといて〜」
「太るよ?」「太んないし」
一人分も二人分もさして変わりはない。二十分ほどでボリューム満点の焼きそばを作った。半分皿に盛り、二階に持っていく。
「焼きそば一丁、へいお待……ちっ!?」
右手の皿を、落としそうになった。
女の首から、胴体が生えている。
綺麗な手足。ナイスバディ。「おもしろっ! これ! おもしろ!」と、棚から勝手に漫画を取って、読んでいる。
静かそうな見た目に反して、かなりうるさい。可愛らしい声だけど。
「お? いい香りですねえ。青のりとソースの。もらいますよ」
呆然とする私から、ひょいと皿を奪った。ズルズルと麺を吸い込んでいく。
「美味しい! 旨いです! 店の味っ。吾輩感動!」
「ま、まあ。こう見えて私、定食屋の跡継ぎだし」
「ありがとうございます! ありがとうございます! 一週間ぶりに食事しました! 生き返りました! この恩、神に誓って返しますっ」
「いや。あの。生き返ったっていうか。生えてきてるけど。イ◯ツブテから人間に戻ってるけど」
先ほどまで存在しなかった首から下を、まじまじと眺める。
「はい!」
シスターは、元気よく答える。
「私、再生の能力者ですので!」「…………?」
リアリティのない用語が飛び出た。首を捻る。
「サイセイノ、ノウリョクシャ?」
「そうです。ちょうど、この漫画で描かれてる感じの」
先ほどまで彼女が読んでいた漫画を、ビシッと指差した。
眉間をつまむ。解す。なんだろう。疲れてんのかな。夢かな。もしかすると、現実の私はとっくに沐美に捕まっていて、薬とかで強制的に眠らされているのかもしれない。
まあでも、実際に生えてきている以上、そういう設定なのだろう。
回転椅子に座った。学習机に肘を突く。
「まあいいや。再生するなら、どうして最初からそうしなかったの?」
「ええ。だってぇ」
モジモジと顔を赤らめるシスター。彼氏と上手く行ってるのを茶化された女子みたいな反応だ。腹が立ってくる。
赤面から真顔になった。彼女は言う。
「全裸女性 with only シスターベールが爆誕するからです」
「痴女だ」
納得する。弁解の余地なく痴女だ。逮捕間違いなし。
服は再生しないのか。
「というかそれ私の服じゃん」
「はい。お借りしてます。きついです。特に胸の辺り」
「しばくぞてめえ。こちとらまだ中二なんだよ」
「そうなんですか、私もです!」「うっ」
ノックアウト。心臓を押さえる。未韋成子は死んだ。
「あの、えっと、小娘なんて言ってすみません。てっきり、ちょっと大人びてるだけの、小学生の女の子かと……あれ? 大丈夫ですか?」
「返事はない。ただの屍のようだ」「生きてるじゃないですか」
「死ぬほど絶望するのも生者の特権。お風呂は?」
「入らなくてもキレイです。再生の能力者なので」
「ふうん。寝床は、あとで敷布団持ってきてあげる」
「優しいですね! あなたは天国に行けそうです。きっと死後は幸せでしょう」
祈りのポーズ。生きてる間の幸福を保証して欲しい。
彼女はペロリと口元を舐める。焼きそばを食べ終えたようだ。「ごちそうさまです」と合掌する。「あっ」とその手を叩いた。
「名前を言ってませんでしたね。私はシスター・メロウ。以後お見知り置きを」
「私は未韋成子。よろしく」
握手する。肌がスベスベだ。羨ましい。
「成子ちゃん。この一宿一飯の恩、もらいっぱなしはシスターの恥。先ほども述べましたけれど、必ずお返しいたします。そうですね。何か一つ、願いを行ってみてください」「願い?」
「はい。なんでも一つ、叶えてみせましょう! 私の持つ、聖女の力で!」
「え? 聖女ぉ〜?」
胡散臭い。自ら「聖」の称号を名乗る人間は、大抵クレイジーなものだと相場が決まっている。とはいえ、プニプニな力こぶを作ってフンスと息巻く、同級生の少女を無下に扱うのは忍びない。
願いを考える。
モデル並みのスタイル? 絶賛片恋中である、学校一美少年との恋愛成就?
まっしぐらな欲望も思いつくけど、でも、「願い」となると違う。
ピュアで、真っ直ぐで、大きくかつ切実な望みが、パッと光って口を衝く。
「定食屋『まだい』、このお店をちゃんと継ぎたい」「ふむ」
「まあでも。えっと。今や風前の灯なんだけどさ」「なるほどなるほど」
シスター・メロウは、朗らかに笑う。
「素晴らしい願いです。『胸を揉ませて』とかより叶えがいがあります」
「うわ。そういうのもアリなの?」「揉みますか?」
「世界の理不尽への怒りで引きちぎっちゃいそうだからいいや」
「生えてきますよ」
想像した。
「きも」