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聖女の首を拾ってしまった  作者: オッコー勝森
一章:聖女が日常に組み込まれてしまった
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クサビが打ち込まれてしまった


「はい! 終わりました! ジャジャーン! ネオ・沐美ちゃんです」

「なんでネオとか付いちゃってんの? 無印でいいんだよ無印で」


 昨日、つまり「播磨くん来店記念日」の閉店時間後のこと。

 メロウ本体はちゃんと帰ってきた。私の部屋の窓から。玄関から入れ、汚い靴で床を踏みやがって。

 分身体を口からニュルニュルと吸収する。左腕がニョキニョキ生えてきた。

 生理的嫌悪感を催す絵面だった。寝れなくなり、サボるつもりだった宿題をやる羽目になる。落書きに等しい愚かな答案を錬成してる間、メロウは部屋の真ん中で、沐美ちゃんに最後の大型アップデートとやらを施していた。

 そして朝になる。結局四時間しか眠れなかった。授業中寝るからいいけど。

 幼馴染と対面する。彼女の顔をまともに見るのは、実に三日ぶりだ。

 とりあえず、見た目は変わってない。一見無印。安心する。


「どこらへんが『ネオ』なの?」

「よくぞ聞いてくださいました!」


 メロウはフンスとふんぞり返る。一気に不安になった。


「聞きたくないけど。聞いとかないと事故りそうだし」


 実は人を食べます!

 とかあると困る。シスター・メロウの胸の駄肉で我慢してもらうしかない。

 スレンダーな自分の胸元を抑える。時代はコンパクト&スマート。

 くっ。


「意識は深層に閉じ込められていて、ほぼトランス状態です。私と、あと大好きな成子ちゃんの言うことならなんでも聞きます」

「普段通りに生活してと命じたら?」

「普段通りに生活します。表面上は。内実は伴いません」

「メロウ。人間性か、人権って言葉に聞き覚えはある?」


 いくら貧乏定食屋の蒸し芋娘を性奴隷にしようとしたからって、この結末はあまりにもかわいそう。因果応報も行き過ぎだ。メロウからはオ◯ホ扱いもされてるっぽいし。学校から帰ってくると、ちょっと変な匂いするもん。一昨日消臭剤を買ってこさせた。

 腕を組む。元に戻せんのか。

 虚ろな瞳を覗き込む。つぶらで可愛らしい瞳を。


 ……へえ。なんでも言うこと、聞くんだあ。


「……にっこり笑って」


 にっこり笑う沐美。


「お手」


 差し出した手に、沐美の手が乗っかる。


「三回回ってワンと鳴け」


 ぐるぐると三回回り、高い声でワンと鳴く。


「お座り」


 スカートの捲れを厭わない、破廉恥な姿勢で床に座る。

 あの、金持ちで、高飛車なところもあった沐美が、私の命令を全部聞く。

 ゴクリ。カチッ。良くないスイッチが、脳内で入った。


「……まあ。おかしくなったのがバレないならいいや」「はい!」

「それで。他にも『ネオ』なところあるの?」

「目からビームが出ます!」

「はい?」

「目からビームが出ます!」


 古典的改造だった。

 沐美と一緒に学校へ赴く。通学路上で「いつも通りにね」と耳打ちした。


「うん。了解。成子ちゃん」「よしよしいい子。お弁当あるから食べて」

「ありがとお。成子ちゃんの料理はおいしいから大好き」


 人間的反応だ。

 まじまじと眺める。ホント、「いつも通り」にしか見えない。けど、あくまで条件反射に過ぎず、表層意識は空っぽなのだそうだ。

 無意味に揺れるツインテール。なんて哀れな。涙を誘う。見てられない。

 ううん。ポジティブに考えよう。そうだ。沐美は命じれば、私の宿題を代わりにやってくれる。いや。もっと画期的なアイデアがある。播磨くんの部屋に、隠しカメラを設置してくれるかも。

 ゲヘヘ。ウキウキ気分で沐美と別れ、自分の教室に到着する。

 隣の御影さんが話しかけてきた。


「機嫌良さそーじゃん。友達と仲直り出来て嬉しいの?」

「まあそんな感じ。宿題写させてー」「ごめん、やってねー」

「ふっ。私の勝ち。私はやったけど全然分からんかった」

「変わんねー。結果変わんねーっ」


 宿題ノートに書いた播磨くん全体像の落書きをお披露目する。「成子画伯じゃん」と褒めてもらった。大満足だ。満たされ、眠気に襲われる。

 宿題を頑張った代償に。

 意識の断絶。起きると昼休みになっていた。袖が涎で濡れてる。捲ると、顎の下敷きになっていた部分が赤くなっている。熟睡してたようだ。

 寝ぼけ目でキョロキョロする。そして、嫌な気分になる。

 クスクス。これだからおバカちゃんは。料理しか出来ないポンコツ。


「………………ふっ」


 料理すら出来ないくせに。それに私は、今朝、優秀な奴隷を手に入れたから。

 自称だけど聖女とトモダチだから。心の中で勝ち誇る。

 陰口を叩いてるのは、ファンクラブのメンバーか、播磨くんガチ勢か。

 御影さんがスクープとか叫んだせいで、私に僻みと嫉妬が集中してるんだ。

 気持ちは分かるが、ヤになっちゃう。奴ら全員のロッカーに、お客さんの残したアジのしっぽを大量投入してやりたい。

 髪をくるくる弄る。立ち上がった。粘着質で黒々とした監視の下、お昼ご飯を食べようとは思えない。保健室横の扉を通り、あの廃車の間に向かった。

 運転席に座る。

 ファンクラブ。播磨琉という少年に焦がれし者たちが集まった、卑俗で下賤な思春期女子の群れ。顔のいい男の子について、情熱と興奮を交えて語り合う、あの爛れたぬるま湯みたいな場所には、もう戻れないんだ。

 サイは投げられた。クサビが打ち込まれた。

 弁当箱を開け、玉子焼きを齧る。


「からっ」


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