表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女の首を拾ってしまった  作者: オッコー勝森
序章:聖女の首を拾ってしまった
1/64

女の首でコケてしまった

「少女漫画にイカれた聖女を投入したらどうなるか」という思考実験です。

超新星爆発を超える化学反応が起きると嬉しいです。


主人公の「未韋成子」の読みは「まだいなるこ」です。


「へえ。ついに生まれたの」


 その老女は片眉を上げ、興味深そうに呟いた。

 側で控える孫に言う。


「じゃあ、見に行かないとね」


◇◇◇


 斜めに差し掛かる陽の光を浴びる。この席になってから、少ないお小遣いで安い日焼け止めを買った。果たして効いてるのだろうか。

 あくびする。

 窓のふち、折目正しく六本の足を曲げる、ハエの死骸をつついた。見た感じ、どこも欠損してない。死体は見た目が大事だ。

 生きてるうちはもちろん違う。

 起立。ガタガタと音がした。礼。


「さようなら〜。また明日」


 手提げカバンを手に持った。軽い。必要な教科書の半分しか持って来てないから。

 コロコロと飴を舐める。「分けて〜」と隣に強請(ねだ)られた。

 ませてて、柑橘の香りがする子。葡萄味をあげる。


「ちょっと。学校にお菓子持ってこないで。先生にもちょうだい」

「ワイロですよねそれ。まあいーよ」「あんがと。ところで」


 ピリッと小さな袋を開けた。


「中間テスト、全部赤点ギリのギリだったけど。だいじょぶ? 内申とか」

「へーきですって。ウチ継ぐから」

「はいはいいつもの。この雰囲気ミステリアスめ。顔は賢そうなのに」


 だからなに? 飴をもう一個上納しておく。

 学校から出た。大通りの方角へ向かう。私のお家は、その二つ横の、目立たない小径(こみち)に面している。早歩きで帰る。

 裏口から入った。エプロンを着る。昔ながらの割烹着らしいデザインだ。

 張り切って厨房に向かう。


「お父さ――」


 煤けた背中だった。手元の包丁を、じっと眺めている。

 ゴクリと唾を呑む。それでおしまい。

 気を取り直して話しかけた。


「お父さん。何か手伝えることない?」

「っ。そうだな。バイトさんまだ来てないし。お母さんと一緒に注文聞きと、会計と。忙しくなったら調理の補助を頼む」

「分かったよお父さん!」「いつも、ありがとな」

「ぜんぜんいーよ! なんせ、跡継ぎは私だし!」


 お父さんは、寂しげに笑った。


「ああ。そうだな」


 仕事に入る。定食屋「まだい」。あの高級魚ではなく、ウチの苗字から付けた名前だ。魚と言えば、庶民的なアジの開きぐらいしか扱っていない。

 ちなみに、私の名前は未韋(まだい)成子(なるこ)。中学二年生女子。

 ガランとした店内を、お母さんと見回す。今日もキリキリ働こう。飾りのリボンをぎゅっと結ぶ。

 午後五時を過ぎた。ぽつりぽつりと人が来始める。五時半になると、席は一応半分以上埋まる。都会の店ほど繁盛してない。けど、立地が悪く、街自体の人口も多くないのに、上手くやってる方だとは思う。

 ネットを見るに、味の評判はいい。

 おすすめは生姜焼き定食。

 バイトが遅刻してきた。近所に住む大学生だ。厨房に移る。切ったり煮たり焼いたり揚げたりしていると、いつの間にか七時半を回っていた。


「成子〜」「なにお母さん?」

「おトモダチ」


 営業スペースが指差される。

 厨房から出ると、見慣れた幼馴染の少女が悠然と座って、スマホを弄っていた。

 沐美だ。お金持ちで、東京の父母と離れて、一人で暮らしてる。小学二年生の時からずっと仲良し。コックさんごっこに熱中していた頃を思い出して、クスリと笑う。

 椅子を引く。グラついた。ネジが緩んでるのかも。あとで直さなきゃ。

 沐美の正面に位置取る。スマホの画面から、チラリと顔を上げた。

 ノーテンキに尋ねる。


「どしたん? もーすぐ閉店だけど」

「えーとね。んー、とね」


 小首を可愛くきゃるんと傾げ、彼女は悩む素振りを見せた。赤く蒸気した頬に手を添える。

 LEDの蛍光灯の下、潤んだ瞳がキラリと輝いた。

 囁き声。


「このお店ぇ。潰れちゃう前に来とこって」

「…………は?」


 意味不明だった。ポカンと、大きな口を開ける。


「元々経営は火の車。年中崖っぷちで瀬戸際なこの店にトドメを刺す許可が、ようやっとパパから下りたの」「え?」

「成子ちゃんの定食屋さんは潰れる。成子ちゃんのパパママは、自殺と見せかけて殺される。成子ちゃんは路頭に迷う」

「え? え?」

「そこで私が成子ちゃんを拾う。成子ちゃんを飼う。完璧なシナリオ。データベースで一目見てから、ずっと欲しかったんだよね。やっと。やぁっっと望みが叶う」

「ちょっと待って。ねえ。ちょっと待と?」


 だんだん近づいてくる彼女から逃げる。恐怖しか感じない。

 口角を歪ませる。茶化すように聞き返した。


「は。はは。ははは! どゆこと?」「その表情も最高」


 首筋を撫でられた。ゾワリとする。


「ま、このプランAは、正直とてもかわいそうで。あなたを悲しませるのは本意じゃない。そこで、いい話があるのだけど」

「い、いい話?」「そ。とってもいい話。店を残す代わりにさぁ」


 机の上に、ポンと札束を置く沐美。

 物質以上の圧倒的重量感に、喉が乾く。


「これは?」「ユキちゃん百枚」


 百万円。頭が真っ白になる。息が荒くなる。困惑する。こんがらがる。

 沐美の頬がますます赤くなる。リンゴみたいに。「ねえ」と、ドン引きするほど欲深げに、舌なめずりして言った。


「これで買えるかにゃあ? 成子ちゃんのカラダ♡」


 胸を軽く揉まれる。

 恐怖。失望。目の前が真っ暗になった。

 気づけば私は、外にいた。廃墟の多い街外れ。星々が空で瞬く。

 無邪気に光るそれらを、呆然と仰ぐほかない。


「やっちゃったな」


 グーで殴っちゃった。手が痛い。で、逃げちゃった。

 考え得る限り最悪のパターンだった。援交は破談。お家取り潰し両親抹殺アンド性奴隷コースに上乗せして、先ほどの暴力を盾に、さらにとてつもない要求をされるようになるだろう。寒気がする。

 コメカミを押さえた。


「まさかそんな目で見られてたなんて。気づかんかった。でも私、スキになれるの男の子だし。学校一美少年のファンクラブ会員だし。はあ。私って罪な女。死のっかな」


 溜息を吐く。沐美に、親の命と自らの貞操を捧げるしかないらしい。すべてを諦めた。不思議と気分が楽になる。

 帰路に着く。街灯が頼りなく点滅する。雑草がボウボウだ。衰退を感じる。

 はあ。短い自由だった。はあ。

 その時、足にガツンと衝撃が走った。心地悪い浮揚感を覚える。

 すぐに地べたに吸い寄せられた。顎に砂が突き刺さる。


「いてっ!?」「いたっ!?」


 なに? 大きな石? 私、躓いたの?

 服の汚れを払って、スマホを手に取る。ライト機能を使った。


 照らし出されたのは。

 黒い頭巾を被った、金髪女性の生首。


「ひぃいっ!?」「あっ。やっと人に会えました。あの」

「生きてる!? 美人イ◯ツブテっ!?」

「あの。ちょっと」


 語気を強められた。竦み上がる。逃げられず、反射的に「はい?」と答えた。

 修道女っぽい格好の生首は、キリッとした顔で、自分の意思を伝えてくる。


「すみません。施しを要求します。私、お腹減ってるんですよ」


 五秒の絶句。質問する。


「いや。減るお腹ある?」


衝撃の出会いからスタートです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ