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天下蒼々  作者: 城宮風花
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第五話 王城



「先の働き、とりあえず礼を述べよう。…よくやった」

「…有り難き御言葉にございます」



晋国王城のとある一室。そこに2人の人間…少年と壮年の男が向かい合う形で立っている。

2人とも一見すると質素な衣服を纏っているが、見る人が見ればかなり上質な生地が使用されていることがわかるだろう。


「…まぁ、堅苦しいのはこれくらいにしようか。お手柄だったな、陵王」

「仮にも晋国皇帝がそんなんで良いんですか、父上…」


顔立ちの良く似た彼らは正真正銘、晋国皇帝とその第3皇子であった。


「そなたの此度の祖国への献身、感謝する!…これで良いか?」

「どうも。まぁ、部下の働きの方が大きいですけどね」


愉快そうに声を上げて笑う父親に苦笑しながら、陵王は大きく伸びをした。そして不意に表情を引き締める。


「…此度の件、一応の収束をみましたがこれだけでは終わらぬでしょう」

「何故そう思う?」


皇子としての息子の言葉に、その父親であった男は即座に皇帝としての顔に戻る。その眼は鋭く、嘘を許さない。


「は。今回捕縛した者達は明らかに何者かによって誘導されておりました。しかも自身の情報を何一つ掴ませないまま、複数の人間との関係を築き利用していた事実から、そうとうに頭の切れる者であるかと」


自白を試みたものの、ほとんど情報が得られなかった時には落胆したと同時に違和感を感じた。黒幕がいるのは分かりきっていたことだが、その黒幕を突き詰めるために必要な情報があまりにも欠落していたのだ。不自然なほど、跡形も無く消されていた情報。そして瞬明が現場で発見したあるモノによって、陵王の中の疑念が俄かに現実味を帯び始める。


「…俺自身は、黒幕に他国の意思が絡んでいる可能性もあるとみています」



「その根拠は?」

「これです」


懐から出してみせた手のひらに、一本の細い金の鎖。手首などに付ける装飾品のようで、留め具のすぐ横に小さな板状の飾りが付いている。


「…この鎖がどうしたというのだ」

「この鎖自体に問題はありません。問題はこれです」


陵王が指したのは小さな板状の飾り部分だった。訝しみながらも、皇帝は手にとって目の前にかざし見て、そして驚愕に目を見開いた。


「これは…那国なこくの皇族紋章ではないかっ!」


…皇族紋章。

それは一国を治める皇帝一族のみが所有する紋章で、世間でいうところの家紋である。世界に国は数多くあれど、1つとして同じ紋章はなく、外交時など公式の場にて用いられる事が多い。ちなみに晋国は獅子と太陽が描かれたもので、皇帝や陵王を始めとする皇族はその紋章の刻まれた金の首飾りを常に身につけている。


そして、件の板飾りに刻まれていた紋章は剣と蔦。それは晋の隣国である那国のものであった。






「この鎖だけで黒幕が那国皇族…ひいては那国という一国であるのか、それとも那国の皇族から紋章入りの物を手に入れるだけの力を持つ者であるのかはわかりません。しかし後者である可能性は低いかと」

「うむ…私も同意見だ。皇族紋章は皇族以外の者がめったに手に入れる事が出来るようなものではないからな」



それに、と皇帝である男は言葉を続ける。


「近頃、なにやら不穏な動きがあることも事実だ」

「不穏な動き…戦が始まるのですか?」


瞬時に顔が強張った息子に、そうではないと首を横に振る。


「現時点で戦が起こる兆しはない」

「ではいったい…」

「陵王」


思わずたたみかけるように問いを口にすれば、やや固い口調で名を呼ばれた。はっとして見つめた瞳に、これ以上の話はしないという意思。


「…申し訳ありません」

「いや、良い。私も悪かった」

気にするな、と手を振った皇帝はもうただの父親の顔で笑っていた。



カーン、カーン。

都中に鉦鼓の音が響く。その音にぼんやりとしていた陵王がはっと我にかえった。


ショウ兄上達と食事の約束があったんだった!」

「なんだ、あいつとなんて珍しいな」

「なんでも、義姉上が久しぶりに会いたいと仰ってるそうで……」

「それはまた……その事をおまえに告げるあいつの顔が、目に浮かぶようだよ」


どこか同情の眼差しを向けてくる父に、陵王は乾いた笑い声を返す。



「というわけで、父上。俺はこれで」

「うむ。早く行ってこい」


挨拶も早々に部屋を辞去する息子の背に、皇帝はひらひらと手を振って、そして残された金の鎖を厳しい目で見つめるのだった。



「遅い」

「……も、申し訳ありません」


ところ変わって王城東屋。中庭に造られたその場所は、周囲に咲き誇る花々で美しく彩られ、地上の楽園であるかのように穏やかな空間である筈なのだが。


「兄を待たせるとは、いい度胸だな。陵王よ」

「えっと、父上と話をしていて……」

「ほう?ああ、あれか。貧民街の一角を爆破、損壊した挙げ句、民の住居にまで被害を及ぼし、多額の金を使って辺り一帯の修繕が必要となった件か」

「……いやあれは、それほど」

「愚か者が」

「申し訳ありません」


淡々とした兄の叱責に、ただ頭を下げる事しかできない陵王には、その場はまるで雪原のように感じるのだった。


「もう、それくらいにしたらどうですか」

トモエ……」

「せっかくの食事が冷めてしまいますよ?昭義ショウギ様」


柔らかな声音でかかった制止。しぶしぶといった様子で口を閉じた兄に内心かなりほっとしながら、陵王は声の主を振り向く。


「ありがとうございます、義姉上」

「久し振りね、陵王」


にこりと笑った女性に、ようやく陵王は笑顔をみせた。



陵王が兄と呼ぶ青年こそが晋国第1皇子、名を昭義という。王位継承者であり、異例ではあるが現在の晋国宰相である。皇子という身分に寄りかかる事を良しとしない彼は、実力を持ってして現在の宰相位に就いたという強者だ。常に冷静沈着、そんな彼を氷の宰相と表現した者もいる。

……しかし。


「今日の午後は遠乗りにでも行くか」

「本日の政務はもう終わったのですか?」

「……終わらせた。最近、寂しい思いをさせてしまっていたからな」

「昭義様……っ!」


大恋愛の末に娶った妻である巴の前では、その氷も跡形もなく溶けるのであった。


「食事が冷めますよー、二人とも」

「……貴様」

「あら、本当。さあ、食べましょう」



2人の空間を邪魔された昭義は額に青筋を立てたが、巴はにこりと笑って、何事も無かったかのように食事を始めた。


巴は昭義の最愛の妻であり、元はとある小さな島国の姫である。昭義との大恋愛の末にこの国へと嫁いできた彼女は、まだこの国に来てから日は浅いものの、その優しく穏やかな人柄から多くの者達に愛されている。


「まったく、貴様には苛々させられるばかりだ!」

「……申し訳ありません、兄上」


大きく悪態を吐く兄に、若干身を縮こまらせた陵王。いつも思う事ではあるが、妻とその他に対する態度が圧倒的に違うのはもはやあっぱれとしかいいようがない。

そして。


「いい加減になさいまし、昭義様」

「と、巴……」

「陵王は私がお呼びしたのです。何か文句があるなら私に仰るのが筋というもの。これ以上、私の義弟にそのような態度をおとりになるようでしたら……容赦しませんことよ?」


どこから取り出したのか、愛用の薙刀を手に凄む彼女は、この王城で昭義に勝てるただ1人の女でもあるのだった。


「それで、あなたは元気にしていましたか?陵王」

「はい。義姉上も久し振りにお会いしましたが、お元気そうでなによりです」

「ありがとう。……どうしてなのか、昭義様がなかなか会わせてくれなくて」


困った方だわ、と苦笑する彼女はそれでも満更ではない様子だった。


「本当に、実の弟にまで妬くことありませんのにね」

「あはは……」


話している間も兄からの視線が痛い。いままで執着心の欠片も無かった男が一度惚れたらこうなるのか、と感心してしまうほど昭義は巴を大切にしている。そんな兄の姿を見るたびに、陵王はなんだか温かい気持ちになるのだった。


「ところで、陵王」

「はい」

「そなた、最近よく無茶をしてるみたいですね?」


にっこりと笑顔で言う巴に、一瞬驚いて動作が止まる。何事もなかったかのように笑顔を作る陵王であったが、内心で冷や汗をかいた。


「そんなことありませんよ」

「嘘おっしゃいな」

「……」


何も言えずにいる陵王に、巴はため息をひとつ。


「言いたくないなら言わなくてもいいわ。ただ、1つ覚えておきなさいな。あなたが無茶をして傷付けば必ず悲しむ人間がいる、と。そして必ず誰かが傷付くでしょう」

「……肝に銘じておきます」


真剣な顔で頷いた陵王に、やっと安心したように巴は笑う。その後はその話題に触れることもなく、食事は和やかに進んだ。






食事が終わり、兄夫婦に挨拶をした後に部屋を辞去しようとした陵王を引き止めたのは、意外な事に昭義だった。


「……おまえが何を思っているかは私の知るところでは無いが、あまり無闇に手を出すな。思わぬしっぺ返しを喰らうぞ」

「……」

「心配せずともこちらにも、策はある」


いつになく真剣な瞳で言われた言葉。それは紛れもなく、弟を心配する兄の言葉。


「……力有るものが力無きものを守るのだと、教えて下さったのは昭兄上です。俺もこの国の皇族だということを、どうかお忘れめさるな」


そして簡単な挨拶の後に部屋を辞去した陵王の背を、昭義と巴は何も言わずに見送ったのだった。


「昭義様…」

「心配するな、巴。あれも私の弟だ。簡単には倒れぬよ」

「……あの事は話さなくて良かったのですか?」

「あいつのことだ。もう知っているのだろう……だからこそ、父上のもとに行った」

「あ、それで……」「まったく、陵王は父上によく似ている。良いところも、悪いところもな」


僅かに笑みをもらした夫に、巴も微笑む。




ゆっくりと動き始めた時代の歯車に、止まるための歯止めは無い。


廻り来る流れにただ身を任せるか、逆らうかを決めるのは、どんな時もそこに生きる人間なのだということを。


彼等は誰よりも知っていた。









†王城、了。

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