第三話 鳥笛(3)
薄暗い部屋に差した、光。その光の中に立つ少女は優しく笑っている。
「…ほんとうに、家に帰れるの?ほんとうに?」
呆然と光の中の少女を見つめ、震える声で尋ねる。
「嘘じゃない?夢なんかじゃない?ほんとうに…」
私達は、帰れるの?
それはこの部屋に閉じ込められていた少女達全員の、言葉だった。
何度叫んでも届かなくて。
何度手を伸ばしても、誰も握り返してはくれなかった。
「もう、大丈夫よ。ここから先は、夢じゃない」
座り込んだままの少女達の頬を、つぅっと涙が滑り落ちる。いつのまにか彼女は目の前にいて、中途半端に伸ばされた手をぎゅっと握った。
「帰りましょう、みんなで」
はらはらと、声も無く、ただ涙が溢れて止まらなかった。
囚われていた少女達がひとしきり泣いた後、如月はすぐさま再び行動にうつった。
「連れて来られた子は他の部屋にもいるの?」
「はい…夜に、隣りの部屋からも泣き声が聞こえてきてました」
「そう。ありがと、助かるわ」
ほんの数瞬、思案して最も効率的な逃亡経路をはじき出す。
陵王と瞬に連絡は送った。今頃は一族も計画通りに待機してくれているだろう。脱出した後の少女達の身の安全は、一族の者達が守る手筈となっている。
つまり、とにかく彼女達をこの建物から無事に脱出させる事さえ出来れば、何もかもが上手くいくはずだ。
ぴん、と周囲に神経を張り巡らせて気配を探る。
「(…いま周囲に見張りはいない、か)」
脱出の好機だといえる。
しかし、男達に気づかれずに脱出するには人数が多すぎるのだ。ならば如月がやることは1つ。
「これから、私が離れたところで騒ぎを起こす。その混乱に紛れて逃げるのよ」
脱出経路は大丈夫ね?
如月の言葉に力強く少女達は頷く。その様子に満足気に如月は笑顔をこぼした。
「じゃあ私はまず、他の部屋の鍵を…」
「あの、」
行動を開始しようとしていた如月を1人の少女が引き止める。
「私に、何か手伝える事はありませんか?」
一瞬、きょとんと少女を見つめて如月は口を開く。
「あなた、名前は?」
「鈴と申します」
「そう…じゃあ鈴、私と一緒に来てくれる?他の部屋の子達に脱出の説明をしたいのだけれど、あまり時間があるとは言えないから手伝って欲しいの」
「わかりました」
決まりだ、と2人は立ち上がる。座り込んでいた少女達もゆっくりと立ち上がった。
「それじゃ、行きますか!」
「…あのっ、あなたの名前は?」
かけられた声に如月は苦笑する。
「とある方にお仕えする、名も無き従者…ってね」
仮にも隠密行動なのだと主張していた主を思い出し、帰ったらまた説教だろうなと思わず笑った。
…どがんっ!!
腹に響く音がした直後、視線を上げた先に大きな砂煙があがった。
「…始めてしまったみたいですね」
「いやー、あいつはやることが派手だなぁ」
のんびりとした陵王の言葉にそれで良いのか、などと思いながらも駆ける足は止めない。
「まったく、もう少し穏便に動いて欲しいものですよ」
「お前も素直に心配だと言えば良いものを…」
知らず知らずの内に駆ける速度が上がっている瞬明に陵王は苦笑する。
砂煙にだんだんと近付くにつれて、ざわざわとした喧騒が聞こえてきた。
「皆、上手く動いてくれているようだな」
「は。直に王城の方からも兵が出て来るでしょう」
「ではその前に事を収めねばな…大事にはしたくない。無駄に民達を怖がらせるのは好かん」
そう言って口をへの字に曲げる主に、瞬明は思わず笑みをこぼす。こんな彼だから、瞬明はこの命の限り彼に仕える事を誓ったのだ。
「まずは如月と合流する」
「は。…しかし、問題が」
言いよどんだ部下に、陵王は怪訝そうに顔を向ける。
「…この砂煙とそれによる混乱のせいで、如月の居場所が特定できません」
「あー…」
そう、この砂煙は彼等の計画予定外なのだった。