第二話 鳥笛(2)
一方、1人街を歩く如月は陵王からの話を思い出していた。
最近、この都で行方不明者が多数出てきているとの報告があった。それも決まって若い娘ばかり。どうも良からぬ輩がなにやら暗躍しているらしい。被害者は増加の一途を辿っており、早急な解決の必要性があるという判断のもと、今回の囮作戦が決行された次第であった。
その囮役として如月が投入された訳だが…。
「(なんか全然来ないんですけど…)」
街を歩き始めてから既にだいぶ時間が経っている。まだ日は高いが、今回の事件に関して日中にも被害者は出ているため時間帯は関係ない。
「(…もしかして、私って女の魅力とか無い?)」
エサは獲物に食い付かれなければ意味がない。
体術だけじゃなく、もう少し女としての魅力なんかも磨いておくべきだったか、と嘆息しながらも足は自然に動く。
そうして、細い道を曲がった時だった。
「どうも、娘さん」
「1人かい?街の噂を知らないのか?」
突如現れた2人の男達に進路を阻まれる。
こいつらだろうか…?
「行方不明者が出ているって話ですか?…なんでも人攫いとか言われてるみたいですけど」
にこり、と微笑んでみる。
そう、まるで世間知らずで怖いもの知らずの馬鹿な娘のように。
「そうそう、物騒だよなぁ」
「あんたも昼間だからと言って1人でウロウロするもんじゃないぞ」
言葉とは裏腹に男達の目はぎらぎらとしていて、如月は内心ほくそ笑む。
かかった。
背後に1つ増えた気配に、今回の標的がこの男達であることは確信となる。
「…そうですね、今から帰るところなんで私はこれで」
「もう、遅い」
ぎり、と背後から腕を拘束される。
「さて、それじゃあ付いて来てもらおうか」
顔には困惑の表情を浮かべつつ、内心はしたり顔で“何も知らない哀れな娘”を彼女は演じるのだった。
くるり、小さな鳥が頭上を旋回している。
「…若、如月は上手くやったようですよ」
「して、場所は?」
「如月の合図がとび次第、コイツが案内してくれます」
いまだ2人の頭上を旋回し続ける鳥を指して瞬は言う。
「いつも思うが、本当にあれは賢い鳥だな」
「一族の者は皆、幼い頃より各自で鳥を育て教育を施します。…良き友人ですよ」
「そうか、友人とはいいものだな」
優しい顔で笑う主に、瞬も穏やかな顔で頭上の鳥を見上げる。鳥はいまだ旋回を続けていて、合図が届いた様子はない。
「…ところであの手筈は整っているか?」
「は。全て御命令通りに。…すでに一族の者を待機させております」
「ならば行動を起こした所で問題はないな?」
「……隠密行動がバレるのを除けば」
一瞬、陵王は目を見開いてそして豪快に笑った。
「そうだな!それは確かに問題ありだ!」
「…まったく、説教は逃げずにお受け下さいよ!頼みますから」
毎回毎回探しに行く身にもなってみて欲しい、と嘆息すればますます陵王の笑い声は大きくなる。
「…だが、そんなことは行動を起こすにあたってさした問題では無かろう」
2人の視線の先で、鳥が不意に声をあげて旋回を止めた。
「本当に大事なことは、もっと他にある」
「…これでよし、と」
細い竹で作られた笛を大切に胸元にしまい込む。これは“鳥笛”と言って、鳥だけに聞こえる高い音を発するものだ。しっかりと磨かれ、首から下げるための紐を通されたそれは父に与えられた。
「(これでこの場所は知らせた。…あとは)」
手にした鍵の束をじゃらりと鳴らし、少女は振り向く。
「あなた達を家に帰すだけね」
開かれた扉の向こう、寄り添い合うようにしてかたまっている同じ年頃の少女達に如月は優しく笑いかけた。
事は半刻ほどさかのぼる。
如月は腕を両脇から2人の男達に拘束されたまま、何処かへと連れていかれていた。
抵抗もせず、怯えたふりを続ける如月に男達もあまり注意を払わなくなってきている。いまが好機か、と如月は口を開く。
「…あの、わ、私っどうなるんですか?」
「そんなこと、聞いてどうする。聞いたところで逃げられないぜ?」
「それにしてもアンタは大人しくしてくれるから助かる。他の女共は散々暴れて泣き喚いて、連れて行くにも骨が折れた」
「まったくだぜ!気絶させれば静かだが、なにぶん重てぇ荷物になっちまうからな」
「言うな言うな。こっちはそれでいい金貰ってんだしよぉ」
違いねぇ!と笑う男達に青筋を立てながらも、如月は口を閉ざす。
陵王の考え通り、どうやら誰かが裏で男達を操り動かしているのはもはや間違いない。
「それにしても…あれだけの人数、何に使う気だろうな。妓楼に売り飛ばすにしても数が多いだろうし」
「あれか?金持ち様が囲うため、とか」
「そりゃあ御大層な趣味をお持ちなこって!俺達にも少し分けてくれねえかなあ」
下品な笑い声、下卑た会話に吐き気がしそうだった。そしてそれ以上に、さらわれた少女達と同じ女として激しい怒りを覚えた。
薄暗い路地をどれほど歩いただろうか。男達に連れて来られたのは貧しい民達が暮らす地域…いわゆる貧民街の一角にたつ、崩れかけた建物だった。
「…私は売られる、の?」
大人しい娘を演じた甲斐あって、如月を監禁するための部屋へと連れていくのは見張り役らしい男1人だけだった。
「そうだ。心配しなくともお前だけじゃない」
「…どこへ?さっきの人達が言うように都の妓楼?それともお金持ちの館?」
如月の言葉に男は眉を寄せる。
「あいつら、ベラベラと話しすぎだ…」
「それで、結局どうなのほんとなの?」
男は苛立ったように舌打ちをして、頭を掻く。
「俺が知るか。まぁ少なくともお前らが行くのは、この国から遥か遠くの地だろうよ。…おら、ここだ」
男は古びた鍵の束を取り出し、大きな南京錠をガチャガチャと外しだす。錆び付いた扉が開いた先…僅かに差し込んだ光に照らされて、数人の少女が固まって座り込んでいた。
「…最後に1つ聞いてもいいかしら?私達をここに連れてくるように言ったのは、誰?」
「それを知ったところでお前はここから逃げられないさ」
俯いた少女に、男の視線が降る。その舐めるような視線は、まるで品物の値踏みをするかのようで。ぎりり、と少女は歯を噛み締める。
「…誰なのよ」
「そいつにとりいって逃がしてもらうつもりか?…残念なことに俺達下っ端は何も知らない。お偉いさんってのはしっかりしてるぜ、まったく。…なぁ、なんなら俺が可愛がってやろうか?」
アンタはなかなか好みなんだよ、そう言いながら男が伸ばした手は少女に届く前に掴まれた。
「遠慮しとくわ」
ドサリと男が倒れる。完全に気を失っている男を冷たくいちべつして、如月は床に転がった鍵の束を手に取った。
「女、舐めてんじゃないわよ」
そして、胸元から取り出した鳥笛を思い切り吹いたのだった。