第87話
自分は生きているのだろうか。
そんな疑問が四島の中に生まれた。アスタゴに向かい、命を賭して戦っているのは四島を騙る阿賀野だ。
この場に四島雅臣などいるはずがない。ならば、ここにいる四島雅臣は一体全体、何者だと言うのか。
彼の顔は亡霊のように表情が抜け落ちていた。
「…………」
どうしたいのか。
四島はすでに結論を出して、もう迷う必要もないはずだ。
生きて、妹の沙奈に会いに行けばいい。それだけの事だというのに憚られる。一歩が段々と重くなっていき、歩け無くなってしまいそうだ。
誰も自分の事を知っているわけがないのに。知る人などいる訳がないのに。
言い聞かせて、四島は歩みを止める事はなかった。
ただ、一瞬、呼び止められたような気がして足が止まった。
「雅臣か?」
振り返った。
「な、んで……」
目に映り込んだ顔を知っていた。
知り合い、などと表してもいいものだろうか。
「お前、何でここにいんだよ?」
驚いたような顔で、彼は四島に尋ねる。彼の目は責めるような物では無かった。
純粋な疑問を覚えたからだろう。
「なあ、雅臣。もう、アスタゴとの戦争が終わったのか? 俺たちが知らないだけなのか?」
そうでなければここに四島がいる理由が付かない。
「……違、う」
否定は口をついて出た。
「なら、何で……?」
彼は責めているわけではない。分かり切っている。だからこそ、四島の心に針で刺すような痛みが走る。
チクチクと刺激されて、呼吸は浅くなる。
「俺、はーー」
何と言うのか。
全てを投げ出して、逃げてきた。そんな事を目の前の男に言うのか。それは、それは、きっと彼は認めてくれるかもしれない。この男はそう言う男だ。
「お前、逃げてきたのか?」
そして、察しも悪く無かった。
「あ、……」
言葉に詰まった。
針などと言う物ではない。深々と心に突き刺さり、赤い液体が溢れ出すのを幻視する。
純粋な疑問は鋭利な刃物の様だ。
「そうか」
斜め下を向いていた彼の顔に、苦笑いが見えた。何故、彼はそんな顔をするのか。
「お前も」
ふと、彼は顔を上げた。
全てを許容するような顔で。
「俺たちと同じだったんだな」
彼は笑った。
柔らかに、少しばかりの負い目のある顔、どこか、悲しみを含むその顔には、弱さを受け入れるような優しさが垣間見えた。
どうしてか、四島は許されてしまったような気がした。それはいけない事のような、それでも、そうして欲しかった事のような気がした。
誰かに赦して欲しかったのかもしれない。
「あ、竹倉ぁ……」
四島は救われたような気がして、友の名前を呼んだ。




