第73話
巨大な船は海を行く。
船の中で一人の男が椅子に座りながらぼやいた。
「腹減った」
立ち上がった阿賀野は呑気なもので、何かないものかと今いる部屋を漁っている。
それを九郎と美空が見ていた。
「何かあった?」
阿賀野の行動に対して注意をするでもなく美空が尋ねると、阿賀野は缶を三つ分持ってきてテーブルの上に乗せた。
「缶詰しかねえな」
見つかったのは缶詰だ。いつの物かは分からないが、食べられないわけではないだろう。
「そう」
「何もないよりはマシだ。僕にも一つ」
九郎が右手を上げるとその手に向けて阿賀野はパイナップルの缶詰を放り投げた。
「缶切りは?」
何故缶詰はあるのに、缶切りがないのか。イージーオープン缶でもないと言うのに。
「必要か?」
阿賀野はどうやって開いたのか、もう既に缶詰の蓋を開き、中に入っていた黄桃を口の中に入れていた。
「まあ、ほらよ」
今度は缶切りを投げる。美空は片手で受け取り、蓋を開いた。
「使えるよな、そりゃ。箱入り娘な訳ねぇもんな」
「あのジジイが私に良くすると思う?」
「全く……」
九郎が納得の表情を見せながら答え、右手を伸ばす。美空が使い終わった缶切りを受け取るためだ。
美空の答えに阿賀野も納得している。自分の孫娘を戦場に送るなど正気の沙汰ではない。そんな狂った人間が過保護であるなどというわけがないのだから。
「そう言うアンタは缶切り使えるの?」
美空が尋ねると、阿賀野は何を当たり前のことをと言いたげな表情を浮かべた。
「使えるに決まってんだろ」
「さっきはどうやって開けたんだ?」
九郎が気になっていたことを聞くと、阿賀野は手を小さく横に鋭く振るった。
「こうすりゃ、缶も切れる。手間要らずってわけだ」
九郎は佐藤の言葉を思い出す。まだ完全に佐藤の言葉を信じたわけでもないが、特別と言った理由が少しばかり分かった様な気がしたのだ。
彼らの間にこれ以上の会話はなかった。大して話すこともなかった。
そう言えば。
何かを思い出したのか、九郎が阿賀野に声をかけた。
「阿賀野、通信が入ったら戦場に出るまでは黙ってなよ」
「分かってるっての」
当然のことを言うなと思ったのか、呆れた様に阿賀野が答える。
「…………」
この状況を美空は表情には見えないが、喜んでいた。この場の誰よりも。
憎き祖父の顔が歪む。想像するだけで頬が緩む。九郎は取引を守った。と言っても、祖父の歪む顔は見ることはできないだろうが。
容易に想像出来てしまう。
思い通りに行かず、憤慨する岩松が。
本当の戦場で、戦う彼らに戦争の勝利は毛ほども興味はない。
彼らは彼らの望むもののために戦うだけだ。




