第34話
中英国との戦争が始まり何日かが経過した。
日が暮れて暗く、人気のない施設裏に一人の少女がいた。
「死ね! 死ね……!」
少女は叫ぶ。
薄紫色の髪を揺らしながら、彼女は木を蹴り続けていた、感情を露わにして。
「あのクソジジイ!」
その少女の表情はいつも以上にハッキリとしていて、普段の彼女からは予想もつかないものであった。
一心不乱に暴力をぶつけ続ける。気に食わないという思いを抱いていながら、誰にも見せることができなかった。
木を蹴り付けていると背後から、ガサッ、と音がして彼女は振り返った。
薄紫の髪が月光に照らされる。
その髪色と似た、薄紫の瞳には一人の少女が入り込む。
「川中ーー」
薄紫色の髪の少女の目に映ったのは、候補者の女性四人のうちの一人。
水色メッシュのショートカットヘアーの白髪の少女。身長は少しばかり薄紫の少女より高い。
「何してるの、岩松?」
名前を呼ばれて、瞬間に興奮していたような表情はすっとなりを潜めた。
「別に何もしてない。川中はなんでここに来たの?」
「ちょっと夜風に当たりたくて。あんまり天気は良くないけどさ」
たははと、彼女は笑う。暗くてよくわからないが、確かに月は隠れない程度には雲が浮かんでいる。
「そうなんだ」
素っ気無く答えて、彼女はその場から離れようとする。
「ねえ、岩松。何もないことないよね?何かあるなら、相談に乗るよ?」
「ーー私のこと岩松って呼ばないで」
振り返りそう告げる。
「えっと、じゃあ……。美空ちゃん」
そう名前を呼んで、ニコニコと柔らかな表情を浮かべる。
「何?」
感情は薄く、興味も薄いのだろう。
「私にできることは、話を聞いてあげることくらいだから……」
川中は優しく呼びかける。
「……私はここにいるほぼ全員の事情を知ってる。……川中は優しすぎる」
ーーだから、裏切られるんだ。
静かな暗闇に音が響く。
川中が投げ掛けた言葉は美空の心には全く響かない。その返す刃に川中のトラウマが抉られる。
「認める、川中は優しい。それは美徳」
それだから。
それ故に。
それ以上の理由はなく。
「『川中なら、助けてくれるよね……?』」
彼女の言葉に川中は目を見開く。
聞き覚えがあったから。
「ーー川中は今日、何も見てない」
「…………」
何も言えない。
はくはくと口が開いて閉じてを繰り返す。
「分かった?」
川中は黙りこくってしまう。
その言葉を知っているはずがない。何故、彼女がその言葉を知っているのか。そんな疑問が湧いてくるが、答えは見つからない。思考に潜る間に、時間は過ぎていく。
「誰かの罪を被るなんて、そんなの優しさなんかじゃない」
美空は川中の横を通り過ぎて行ってしまう。
川中は呆然としてその場に立ち尽くしたままだ。
美空がこんなことをしなくとも、きっと川中は誰にもこのことを話すことはなかったはずだ。




