第25話
「アレはしっかりと入れたかね」
陽の国の整備場に岩松が訪ねていた。
「……岩松管理長、正気ですか?」
整備士の一人である、中年の男性は泥だらけの作業着を着たまま、整備場にやってきた岩松と話す。それは整備場のユニフォームと言ってもいい。藍色の作業服で左胸には陽の国の国旗が刺繍されている。
「貴方はーー」
整備士は信じられないと言うような目で岩松を見るが、それを気にする様子も見せない。
「下らないことは気にせんでも良い。君は私のいう通りにすれば良いのだ」
「ーーっ。はい、分かりました」
岩松に歯向かう事もできずに大人しく、その指令を聞き入れた。
「生きたいなどと、そんなものは兵士には要らぬ感情だ」
走り去っていく整備士の背中を、岩松は目で追った。全て、思い通りに動けば良い。そうでなければ都合が悪い。
冷徹で冷血で冷淡で。温度のない、氷のような男だ。
優しさなど捨てている。勝つためには手段を選ばない。
「子供の感性では殺せるものも殺せまい」
勝手に見切りをつけて、岩松は最善を求める。名誉を、栄光を手にしたいと俗物的に願いながら。
「だから、私が有益な道具にしてやろう」
凛とした表情を浮かべながら、岩松は整備場を後にした。
***
「佐藤……」
佐藤はかけられた声に振り返った。
「ん、ああ、坂平か」
訓練所の屋上。
昼休みのことだ。柵に肘を乗せて、二人の男が並び立つ。
「今日。岩松さん、居ないよな?」
佐藤が今日、感じていた疑問を口にした。
ただ、坂平もその理由を知っている訳ではない。岩松は彼らに何も言うことなく、何処かに行ってしまったのだ。
「みたいだな」
坂平は佐藤の疑問に短く答えた。
「何か用事でもあったんじゃないか?」
その理由を知らないが、坂平は憶測でそう話す。
「そうかもな」
佐藤は納得したように漏らした。そのすぐ後に、彼は坂平に質問を投げかけた。
「どう思う?」
何が。
そう言いたくなるが、佐藤はそのまま続きを言葉にした。
「岩松さんのことだよ」
どこか、不満があるのか佐藤は顔を苦々しげに歪めながら、言葉を吐き出す。
「あの人の決定に、俺には納得できないところがある」
「それは……」
「でも、仕方がねえよな。……悪い、忘れてくれ」
自分にも納得ができないところがあるのだ。坂平は言いたくとも、訴えることができなかった。
臆病風に吹かれたと言うべきか。彼の言葉に同調するはずのセリフは喉の奥に張り付いて剥がれることはない。
「そろそろ戻るか」
佐藤は柵から離れて先に屋上から出て行ってしまう。
その背中を悲しげに、悔しげに、坂平は見送って。屋上から消えたのを見てから、右手に拳を作り、柵を力強く叩いた。
「何もできないんだよ……」
柵が殴られた音が静かな屋上に響き、一層の悔しさを感じさせる。




