第13話
阿賀野が一人でトレーニングをしていると、閉じられていたはずの扉が開かれた。
「お前も来たのか」
「阿賀野。殴ろうとして、悪かった……」
入ってきた四島は、何を思ったのか突然に謝罪を述べた。
「別に俺はお前に殴られてねぇよ。それにお前に殴られたってどうって事ねえ」
トレーニングルームで四島と阿賀野はトレーニングをしながら、会話を続ける。
「……お前は松野の事、どうしたいと思ってる?」
「はあ? 別にどうしたいとも思ってねえよ。それに俺が何か言ったところで意味ねえよ」
「そうか……」
「それに、お前も松野よりも強い。そんな奴が何か言ったところで松野の心には響かねえんじゃねえの?」
強い人間には弱い人間の気持ちがわからない。どれだけ強い人間に励まされても、弱い人間はそれを善意的には受け取れない。それが精神的な極限状態とあれば、尚更に。
「俺に何ができるんだろうな……」
「何もする必要はねえよ。飯島とか山本もいるだろ」
「彼奴らが?」
「アイツらは仲間だ。戦争に行く、同じ状況にある仲間」
「だからって、俺が何もしないのは」
「気にしすぎだろ、お前。松野も竹崎も面倒臭えけど、お前も大概だな」
「…………」
「下らねえこと考えんなよ。この事を解決できるのは俺たちじゃねえんだよ」
「……お前は関わる気はないのか」
「関わったって良い事ねえんだよ。そんなことよりトレーニングしてた方が良い」
そう言って彼はダンベルを持ち、上げ下げを繰り返す。
「アイツらの現状はアイツらにしか変えられねえんだ。俺は俺が今できる事をしてんだよ。アイツらのことを気にかけてたら、できることも出来なくなるっての」
珍しく饒舌な阿賀野に、四島は若干の怪しさを覚えたが、四島には特に言い返すこともできずにトレーニングを始めた。
「ーー面倒臭えな……本当に」
素直な言葉が阿賀野の口から漏れた。ただ、その声が四島に届く事はない。
二時間ほどで阿賀野はトレーニングを切り上げた。
「阿賀野……」
「ちっ」
会いたくない者に会ってしまった。そう言いたげな様子で、阿賀野は無視してこの場を去ろうとする。
「…………」
松野は、阿賀野の目の前に移動して通ろうとする道を阻む。
「ーー俺に話しかけんな。山本と飯島って仲間がいるだろうが」
「あの二人は……」
「逃げんのか?」
責めるような言い方で、阿賀野は顔を伏せる松野を睨みつけ、質問した。
「…………」
「いつも通りで居たいなら、少しでもお前はいつも通りに振る舞ったかよ。出来ねえ癖に人に頼んじゃねえ」
「…………」
「逃げ続けても別に俺は構わねえよ。俺に頼らなければな」
阿賀野は松野を突き放すような厳しい口調で告げて、トレーニングルームの前を後にする。
「ーー誰か、助けてよ」
不安が、恐怖が彼女の心を蝕んでいく。それでも彼女を助けるものはどこにも居ない。
そうやって、彼女は思い込むのだ。
助けたいと思う者の手を振り払っているのは、松野自身だと言うのに。




