第100話
黒に向き合った、赤の巨神に乗るミカエルはスピーカーのスイッチを入れた。
スピーカーをつけたのはリーゼに乗る阿賀野に対して提案をするためであった。
『聞こえているかい、陽の国、シャドウのパイロット』
紡がれたのは陽の国の言語。ネイティブといっても過言では無いほどに流暢な男の声に、一瞬の驚きが生まれて、阿賀野は対応するために直ぐにスピーカーをオンにする。
その時の阿賀野は既に岩松に聞かれてしまうかもしれないと言うことを、全く気にしていなかった。
「話せんのかよ、こっちの言葉」
阿賀野が初めに返したのは、感心とも言えない言葉である。
『当たり前だよ。降伏を提案する時は相手の言語に合わせるのが一番だ』
今までミカエルはこの様な提案をしたことなど無いというのに。
「降伏、か」
国の総意として阿賀野はここに立っているわけでは無い。あくまでも一人の兵士としてここに立っている。ただ、一人の人間としては、ミカエルの提案を受け入れるつもりはサラサラなかった。
「すると思うか?」
『しないなら、君の目と頭はおかしいと思うよ。周りを見なよ。死にたくないなら降伏するべきだし、命乞いをすると思うんだけどね』
周りと言うのは、倒れた二つのリーゼの事だろう。
そのどちらも、目の前の赤色が引き起こした悲劇だ。ミカエルがアスタゴの英雄として語り継がれた時には、武勇伝にでもなりそうなものだが。
「お前の尺度で話すな、ロッソ……」
『ロッソ。……ロッソと言えばマルテアの言葉で赤という意味だったね。まあ、良い名前を考えたんじゃないかな。でも君達を裏切った奴らの国の言葉だろ?』
マルテアが裏切ったというのは事実ではある。マルテアが彼らを裏切った事をミカエルはアダムから伝え聞かされていた。ただその事実はミカエルにとっても、阿賀野にとっても、正直どうでもいい話であった。
『……まあ、というかさ、降参した方がいいと思うけど。君の乗ってるそのシャドウ、ボロボロだろ? そんなボロボロの機体で俺に勝てると思ってるのか?』
ミカエルを相手取るにはどうあっても役不足。度重なる無理がリーゼの力を減退させるている。
だが、阿賀野には関係ない。
「勝つんだっつうの」
そして、自らが最強であることを、この世界に示すのだ。
『なら、殺さなきゃならないね。勿体無いな。君なら俺を楽しませてくれると思ったんだけどな』
だからこそ、降参することを提案したのだ。
「あ?」
『そんなゴミに乗って、俺に殺されるのは勿体無いって話だよ。今ならまだ間に合うけど』
「ハッ、あり得ねぇな。こういう時はお前らの文化に則って言ってやるよ」
大剣を持つ右腕を前に突き出して、リーゼは親指だけを立てて、下に向けた。
ーーF〇〇k off。
この言葉が、アスタゴの言葉として侮辱に値する言葉であると知っていながら、不敵な笑みを浮かべながら阿賀野は吐き捨てたのだ。
『ーーそっか。なら仕方ないね』
殺すよ。
再度、地響きがして、火花が散る。
ハルバードの刃と、大剣の刃がぶつかり金属音を鳴らしながら火の粉を飛ばす。
スピーカーのスイッチは切られているのだろう、もう阿賀野にミカエルの声は聞こえない。
「確かに、パッチワーク・リーゼはゴミみてぇな性能だわな、お前と戦うにはよォ……!」
押され気味の接近戦、距離を取られればその瞬間、死が濃厚になる。
盾を展開する数秒を目の前のミカエルは見逃さず、許さない。一対一になった瞬間から、最も濃密で凝縮された戦争がここにあった。
「まあ、死ぬ気はねぇんだよ!」
阿賀野が大剣を振り上げると、ミカエルのハルバードが斜め上に浮き上がる。
隙、ではない。
向けられた銃口を中距離砲のグリップの底で叩き落とす。
次の瞬間、リーゼの身体を巨大なハルバードが突き刺さんと上方より襲い来るが、大剣で弾き、対応する。全てにおいて最高峰。
だからこそ、ミカエルもまた高揚していた。
ゲーム、ドラマを遥かに超えるスリルが、リアルとしてそこにあったのだから。




