第98話
暗く覆われた世界。
だと言うのに、気持ち悪さを感じるほど明瞭に、その世界は見えた。目の前には人が立っている。
『お前だけが……』
此処は何処か。
などと問いを投げる者はいない。
誰も答えを出さないからだ。
目の前にいるのは誰だろうか。
形を求めるのは人の悪い癖だ。形ばかりに拘ってはならない。
継ぎ接ぎのそれは人の形をしている。二本の手足は長さはバラバラ、顔は男と女のものが混ざっている。
声色は六色。髪の色もバラバラ。
重なる声の全てに、聞き覚えがある。
気味の悪いハーモニーを奏でて、その声が四島の聴覚に達する。
『四島、雅臣……』
不気味な人が口が開いた。
名前を呼ばれた瞬間。いや、もっと前からか。ビリビリに割かれた様な絵を無理矢理に寄せ集めた様な彼らは、歪な声を出して、壊れた様な目を向ける。
ちぎり絵のようなその人は、壊れている様にしか見えなかった。
その目を直視した瞬間から、その顔を見た瞬間から、金縛りにあったかの様に四島の体はガチガチに固まってしまう。
『逃げたのか』
声が出なかった。
言い逃れを許さないと縛り付けられているかの様に、手も足も、口すらも動かない。
『逃げたのか。逃げたのか。逃げたのか』
その声は問い詰める。
許さないと言いたげに責め立てる。
不安になる程に、その声が重なった。合唱と言うにはひどく不気味なものだ。
四島は聞きたくないと耳を塞ぐことすら許されず、距離は変わらぬと言うのに声が近づく気配を感じる。
そう錯覚するのは、不安のせいだろうか。
『身勝手だ。お前は誰からも認められる力があったと言うのに。その責務から逃げ出したんだ。一人だけ、一人だけでだ!』
十二の瞳が貫く様に見つめる。
三百六十度、囲む様な視線が容赦なく四島の身体を射抜いていく。
黒色、黄色、茶色、藍色。
『何で私が死ななきゃいけなかったの』
声が強く響いた。
『何で俺は死んだんだ』
ひび割れてしまいそうなほどに。
『どうして?』
疑問が溢れる。
誰の声だったのか。分からない。
“どうして”。
四文字が全てを埋めて、壊して、狂わせていき、恐怖と共に四島は目を覚ました。
天井が見える。
見慣れていたはずの懐かしさのある天井。
「ーーっ! ……はぁ、はぁ」
数秒、呼吸を忘れ、そして思い出して息を吸う。
布団を敷いた、その隣に同様に布団を敷き竹倉が眠っていた。暑かった訳ではないと言うのに、びしょ濡れの身体に不快感を覚える。
以前に、恐怖が脳を支配した。
不快感など二の次だ。
上半身を起こして、項垂れる。
両手で頭を抱えて、呻く。
「俺は、どうしたら良いんだ……」
四島の震える小さな声が響いた。
日は昇らない。静かな夜はまだ続く。少しばかり暗い夜は雲が月を隠したからか。
四島の心の傷は蓄積していくばかりだ。




