幸せを願うぼく。
ぼくの故郷に人形になった女がいると聞き、走り出した。
幼い頃は幸せだったと思う。ぼくの周りには頭の悪い奴らばかりで、奴らはぼくに暴力を奮う事が大好きなようだった。それでも、ぼくには姉がいた。姉は、ぼくが優しすぎるからいじめられているとよく怒っていた。しかし、そんな事はないのだ。ぼくは姉さえいれば他のことなどどうでもよかった。それに、姉はぼくを必ず助けに来てくれた。姉が味方であること。それが何よりも嬉しかった。
姉へのこの気持ちは、いつの間にか姉弟の枠に収まりきれないものになってしまっていた。
珍しくうたた寝をしている姉を見かけた。風邪をひいてしまうといけないのでブランケットを借りて掛けてあげようとしたとき、姉の無防備な寝顔に衝動が抑えきれなくなった。あまりにも綺麗で、思わず口づけをしようとした。
「弟は…わたしが守る…心配しないで…」
姉が寝言でそんな事をいった。現実に気づいかされた。どうやっても、姉にとって僕は弟でしかなかった。姉はこんなにも弟として大事にしてくれているのに、ぼくはそれを壊そうとしてしまった。このままだといつかきっと、ぼくはこの関係を壊してしまう。そう思うと、怖くなって街を飛び出した。苦しい。恥ずかしい。この気持ちを忘れてしまいたい。 頭の中がドロドロして、溢れてしまいそうだった。
街を飛び出して随分と月日が流れた。ぼくは旅商人として、何とか生きながらえている。姉への気持ちは忘れるどころか、会いたい気持ちがつのるばかりだ。そんな時、ぼくのいた街に人形になった女がいるとの噂を聞いた。もしかしたら姉かもしれない。気づくと、街に向かっていた。
幸い人形になったのは姉ではなかったらしい。しかし、姉は結婚していた。そして、見違えるほど綺麗になっていた。あの男のためにあんなに綺麗になったのかと、嫉妬心が沸いた。
姉は幸せそうだ。これで良かった。良かったはずだ。後はぼくがこの気持ちをわすれるだけだ。
それから、旦那に捨てられたという哀れな人形の女を見に行った。静まりかえった家にぽつんと人形が座っていた。その表情があまりにも悲しかったので、ぼくは旅の話をたくさんした。こうすることで、自分の気持ちを紛らわせたかった。すると人形が微笑んだような気がした。
1週間ほど人形の家に通う日が続いた。まるでお互いの傷を舐め合うようだなと思った。
今日も家に行こうとすると、窓辺に人影あるのに気づいた。姉だった。なんとも言い難い表情で人形を眺めたあと、姉は帰っていった。
ぼくは、その時に姉がこの女を人形にしたのだと確信した。そして、いつか姉はこの人形を壊してしまうのではないかと。姉を人殺しにはしたくなかった。
そして、ぼくは呪いを解く手がかりを探しに旅に出た。やっとの思いで薬を見つけ、女に飲ませた。女は駆け出し、姉の家に向かった。そして、泣きながら帰ってきた。まるで自分を見ているようで、おもわず女を抱きしめた。
あれからいろいろな事があった。
ぼくは女と結婚し、人形だった頃の女にそっくりの娘もいる。しかし、いまだにぼくは姉の以外のことをどうでもいいと本気で思っている。女もそれに気づいているような節がある。
姉が幸せに暮らしていることを願いながら、今日もこの家族ごっこを続けていく。