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1-2

 暗闇の中でその声が語った事は、完全に僕の理解を超えていた。僕は突然別世界に連れてこられて? その理由は良くわからない。でも良くわからない理由で神様に願いを叶えてもらえる。この声はその願いを聞くために神様に送られて来た。だから願いを言えと?

 声の主は僕の答えを待っているのだろうか。それっきり何も喋らなくなってしまって、辺りは静寂に包まれた。


「ええと、ちょっと待ってもらっていいかな……」


 あまりの非現実的な出来事に何も考えれなかった僕だったけど、しばらくしてなんとかそう口に出した。こんな周りになにもない状況で、時間の感覚なんて無くなってしまっていたから、もしかしたら結構な時間呆然としていたのかもしれない。


「はい、分かりました」


 しかしどうやら声の主は僕の言葉をずっと待っていたらしく、返答は早かった。


「それがあなたの願いですか?」


 それは僕が全く望んでいないものだったけれど。

 

「ええ!? 違うよ!」

「はい。冗談です」


 ……冗談?

 

「私が顕現する理由の一つは、今のように本人の意図しない、望む願いではない事を叶えてしまわないためです。私は管理者に代わりあなたの言葉を聞き、人間としての常識的な思考によってそれが願いなのか、どういう願いなのかを判断する訳です」


「ですから安心して願いを考えてください」と声は続けた。


 先程の冗談……冗談?……先程の発言はともかく、つまり良くあるお伽噺の悪魔のように、望まない願いを勝手に叶えられるってことは無いという事か。神様なら考えを勝手に読んで叶えてくれそうな気もするけど、「落ち着きたい」とか「考えさせてくれ」を勝手に叶えられても困る。いや、そんな事を真面目に考え始めてる自分がおかしい気もするけれど。でもそれならば。

 

「ええと、元の世界に返してくださいっていうのは?」


 神様が願いを叶えてくれるというなら、これでいいんじゃないか。これが叶えば全ては元通りだ。

 

「可能ですが、お勧めしません」


 しかし、答えは僕の期待を裏切るものだった。

 

「叶えられる願いは、当然ですが管理者の能力の範囲内になります。人間に比べれば全知全能に近い管理者ですが、やはり不可能な事は存在します。上位の不確定性の観測は管理者にとっても不可能なのです。これは簡単に言えば、遠く離れた場所の正確な情報を得る事は管理者にとっても不可能ということです」


 声はこちらの理解を待つように、少し間を開けて続けた。

 

「あなたを元の世界に送り返す事は可能です。あなたがこちらの世界に飛ばされたように、です。しかし、別宇宙というほどに遠くの場所の正確な情報を得ることは管理者にとっても不可能なのです。つまり送り返された先はあなたの世界、宇宙のどこかになります。そうなればほぼ確実に、あなたは死にます」


 神様でも不可能な事はある。元の世界に送ることはできても、正確な情報がない……つまり、地球上に戻すことが出来ないという事か。僕の乏しい知識でも宇宙は広大で、宇宙全体からみれば地球なんて極小の点でしかない。そこに偶然現れる可能性なんて無いも同然だ。そして宇宙の大部分をしめるなにもない空間に放り出されれば、待っているのは確実な死でしかない。

 

「元の世界にさえもどれば、そちらの世界の管理者が保護してくれるかもしれません。もしかしたら地球に戻してくれるかもしれません。それを期待して、死の危険を押してでも元の世界に戻りたい。あるいはせめて元の世界で死にたいと言うのならば、その願いは叶えられるでしょう。そう願われますか?」


 今、こうして神様に拾われて僕は生きている。同じように元の世界の神様が助けてくれるなら……いや、僕を勝手にこっちの宇宙に飛ばしたって言うなら、そんな事は望めないんじゃないだろうか。今の話から分かるのは、「向こうの」神様は僕の命なんてなんとも思って無いって事じゃないか。「向こうの」神様も「こっちの」神様と同じように「こっちの」世界の正確な情報が分からないとするならば、僕は適当に放り出されたという事になる。

 可能性はゼロではないかもしれない。ここでその機会を逃せば、元の世界に戻る手段はなくなるかもしれない。でも、僕は別に切実に元の世界、元の生活に戻りたいという訳では無かった。

 

「いや、そうは思わない。その願いはやめるよ」


「それがいいでしょう」そう答える声を聞きながら、しかしそうなるとどうすればいいんだろうと考える。……まさかこの場所で生きていく事を考えなきゃいけないのだろうか。


「このように、あたなは私のとの対話によって望んだ願いによる結果を推測することも出来ます。今のようにとりあえず願いを形にしてみて、それがどういう形になるのかをよく考えてから権利を行使されるのをおすすめします」


 それは確かに納得できる話だった。いきなり願いを言えと言われても困るけれど、こうやって神様との間にワンクッションあれば、望む願いを叶えてもらう事ができそうだ。そう考えればこの声の存在は有り難い物なのだろう。

 いつの間にか僕は神様が願いを叶えてくれるという事、ここが僕の知らない世界であるという事を受け入れていた。夢にしてはやけにはっきりしているし、そもそも荒唐無稽すぎる。これが盛大な作り話として、それをやる意味があるとも思えない。ならば僕の願い、つまり……


「ではとりあえず願いは保留ということで良いですか? そろそろ転送されると思われますが」


 その言葉に、僕の思考はそこで途切れる。保留? していいの? いやそれより。


「転送?」

「はい。先程説明した通り、権利発生から継続的に生命の危機がある場合、権利保持者は自動的に安全な場所に転送されます。これは権利を得たにも関わらず行使する間もなく死亡することを避ける処理です。この世界にも人間がいると言いましたよね? 権利獲得は通常、この世界の人間の住む星で起こる事ですので、安全な場所というのもその星のどこかになります。まさかこんな長距離の転送が行われる事態になるとは想定外でしょうが」

「……それ、先に言ってよ」

「転送前に願いを決められる事もあるかなと」


 思わず文句を言ってしまった僕に、その声はそんな事を言いだした。この声って自称神様の使いなのに、なんでこんな無茶苦茶な事を言うんだろう。

 

「まあ、あなたはとても落ち着いておられます。その状態ならば、転送先で願いを考えられても大丈夫でしょう」


 落ち着いているってどういう事だろう。ただ僕は、この状況はどうも僕の力ではどうしようもない、覆しようの無いものだと悟っただけだ。そうであるならば、その上でどうやって生きていくかを考えるしか無いんじゃないだろうか。


「じゃあ……」


 しかし僕が口を開いた瞬間、周囲は光に包まれた。

 僕の意識も白く染めあげられて、僕の言葉は、形になることはなかった。

1「出現」

おわり

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