二人きりのお茶会
「わぁ、とてもおいしそうですね!」
庭に案内されたフォルテッシモ王子が出されたお茶菓子に眼を光らせている。
(王子なんだからこれぐらいいつも食べてるんじゃ……。)
そんなに過剰に反応する事だろうか。
(……やはり計算?)
ついつい汚い心で疑ってしまうのは私の心がすでに清らかではないからなのだろうか。
「あの、フォルテッシモ様?」
「フォルテで大丈夫ですよ、ヴィオラ嬢。」
「あ、ではお言葉に甘えてフォルテ様。あの――――」
本当は前世の記憶もちなのではないか。
その真偽を確かめるべく探りを入れようとする私を見て一瞬驚いた顔を浮かべたフォルテ様。
しかし、すぐにその顔は何故かほんのりと赤くなり、まるで愛しいものを見つめるかのような目つきで私を見つめてくる。
(あれ?なんか選択肢間違った……?)
フォルテ様とは正反対に私の顔はすこし血の気が引いたような顔になる。
(ま、まずい。思っている以上に婚約問題深刻かも……。)
あっさりと婚約話が出そうなほどすでに向こうはお熱のようだ。
(わ、私だってこんなかわいいショタ、みすみす手放したくないわよ。でも、一つでも多くのフラグを折る……っていうか、未来を変えるための材料を作っておかないと私は安心して大人になれないのよ!)
いつどこで私、ヴィオラ・アルトバーンのバッドエンドが「こんにちは」するかわからない。
欲望を抑えて私は未来を取る。
ヒロインちゃんとの親友生活の為に!!
「え、えっと、フォルテ様はごくまれに突然前世の記憶を思い出す人がいるだなんてお話、お耳にしたことがありますか?」
「え……。」
「せ、先日お兄様に呼んでいただいたロマンス小説の主人公がそういう方でしたの。」
怪しまれないように慎重に言葉を選んでいく。
とはいえ、やはりこんなかわいい子を疑っているのかという罪悪感から何故か後ろめたさを抱いてしまう。
そのせいか私の口調は少し硬い。
「……お兄様と仲が良いんですね。」
「………………はい?」
「年明けのパーティーの時、貴方は私と話を切り上げようとばかりされていたでしょう?」
(バ、バレてるっ…………!)
やはり侮れない、フォルテ王子…………。
そんなことを思いながら私の顔はいっそう血の気が引いていく。
(どどどど、どうしよう。そんな無礼な行為がばれていたなんて……!)
無礼にもほどがあるというものだ。
これは下手をすればお咎めものだ。
(アルトバーン家の令嬢がそんな無礼を働いたとあってはお父様のお仕事にだって差し支えるはず……!はっ!!ま、まさか、これを材料にお、脅されたりとかしないわよね!?)
記憶が戻る前のおバカな私を叱りたい。
「ももも、申し訳ありません。その、大変な無礼を働いてしまい……!」
もうここは素直に謝るしかない。
そう思い私は頭を下げる。
するとすぐに慌てた王子の声が聞こえてきた。
「あ、頭をあげてください!その、別に気分を害したわけじゃないんです!その、珍しかったので。」
「……珍しかった?」
「はい。僕の周りの人たちは僕にその、取り入ろうと必死で……。同じ年くらいの子たちも親から何かを言われているのか僕に何とか関わろうとする子が多くて……。」
(……それはまぁ、次期国王候補だし、仕方がないというか……。)
貴族の子供は正直、ませてる。
5歳児なのにおしゃれがどうのとか恋がどうのとかはもちろん、家の為に何をすべきなのかが親によって叩き込まれている子も多くいる。まぁ、王子に言い寄るのは5歳児だけではないとは思うけど。
「だから、貴方みたいに逆に早くあいさつを済ませて立ち去りたそうにしていたのは貴方が初めてでした。」
にこにこといい笑顔で話すフォルテ様。
そんなフォルテ様と裏腹にやはり私の顔は青い。
(お、お母様いなくてよかった……!)
フォルテ様の希望でお母様はもちろん、フラットンお兄様まで距離を取らせている。
……聞かれていたなら大目玉だ。
「それで、その時観察していたら貴方は僕の元を離れるとお兄様であるメロディン様の所へ向かわれていたので、早くお兄様の所へ戻りたかったのでは、と……。」
(いや、戻ってこいサインがすごかっただけです。)
と、今は思うものの、その時の私はまだ純粋なブラコン。
正直、早く戻ってきてほしいとこちらを見るお兄様の元へとすぐさま戻ってあげたかった。
だから話が早く切り上げられるようにしていたのに……
(そういえばなかなか話を切り上げてもらえなかった覚えがあるわ。……ん?話を切り上げたがろうとしていることに気づいていたのに切り上げなかったってこと?……って事は、この王子……!とんだ腹黒王子じゃない!!!)
にこにこと無邪気な笑みを浮かべておきながらなんと恐ろしい。
解ったうえでの妨害だったというなんて……。
「あの時は長々と引き留めて申し訳ありませんでした。ただ、あまりにもあなたが私に興味がなさそうだったので、少し寂しかったというか……。」
(腹黒嘘!全然許せる……!)
急にしおらしくシュンとして、申し訳なさそうに話す子ウサギの様な王子。
こんな王子を見て変に疑いすぎるなんて私はなんて愚かなんだろう。
(そ、そうよ、それに前世の記憶があるのならまだしも、まだ生まれて5年そこらのこんな子供が腹黒だなんて――――――――――ん?)
何かを忘れている。
そう思いながら何を忘れているのかを考えてみる。
(はっ!!前世の記憶の件、はぐらかされてる……!!)
そんなつもりはないのかもしれない。
だけど答えをもらってない以上、そう思ってしまうのは仕方がない。
(どどど、どうしよう。「それで、さっきの話なんですけど……」なんてなんか不自然で言えない!!)
何故そこまで気になるのかと問われるとそれで終わりな気がする。
もし仮に彼が前世の記憶もちだと尚の事これ以上同じ質問は私の質問自体を怪しむかもしれない。
(き、聞けない……。)
聞けないとわかった瞬間、ひどく気になるのは何故なんだろうか……。
「……やっぱり、貴方は私になど興味がないのですね。」
「…………え?」
突然悲しげな声を出し、何を言うかと思えばまさかのセリフに私は言葉を失う。
いきなりこの王子は何を言っているのだろうか。
「……本当に、気づいていないんですか?」
「え……?あ、あの……何に……?」
「パーティーの時、私は貴方を拝見しました。でも、貴方は私とは顔を合わせていないんですよ?」
「…………はい?」
「実は訳あって、双子の弟が私に扮していたんです。」
「…………なっ……!」
(何ぃぃ~~~~~!?)
衝撃の告白。
その告白に私は稲妻が落ちたかのような衝撃を受けた。
(そ、そりゃ顔に見覚えないはずじゃない!!)
まさか、王子だと思っていた子供が王子の影武者だったなんて!
「双子といっても私たちは似ていませんので、対面した際に驚かせてしまうかと思いましたが、貴方はそういったそぶりを見せずに私をすぐに受け入れました。……顔を覚えてくださっていない程私に興味がなかったのですね。」
「えぇっ!?い、いえ、そ、そういうわけでは!!」
(あなたの顔になら興味があります!ないのは弟の顔だから!!!)
そうは思うもののその発言もなかなかまずいのでぐっと飲みこむ。
だけど、どうも落ち込む王子にどう対応すればいいのかと私は慌てふためいてしまう。
「私のこのような凡庸な顔などどこにでもあるでしょうし、弟の顔を覚えていなかったにしても見覚えのある顔だったっておかしくないとはわかってはいるんですよ。」
「っ!!ち、違うわ!!それは違う!!」
「……え?」
「貴方の顔なら私は忘れない!先程お会いした際だって、何でこんな好みのお顔の人を覚えていないのかなんて思ったくらいだわ!貴方のお顔はとてもきれいだし、愛らしいし、とても魅力的なんだからそんなことを言っては駄目よ!!」
「…………ヴィオラ……嬢……?」
「っ!!」
(し、しまった……!)
自分の好きなもの(好きな顔)を否定されてしまいついつい自棄になり怒涛の言葉攻撃の上に敬語も何もかも忘れて話してしまった。
はしたない上に無礼!!
「ももも、申し訳ありません!私としたことが王子になんて言葉遣いを……!」
「……やめて、しまわれるのですか?」
「え……?」
「あの、どうか先ほどのように話してください。僕の顔について熱く語ってくださった、先ほどのような口調で。」
「え?あ、いや、し、しかし……その……。」
「力強く凛々しいお声と口調。それでいて心に響く物言い。とても素敵だ……。」
「うっ……!」
(ま、まぶしいっ!まぶしすぎる上になんかわからないけど王子の周りにお花が舞ってるわ……!)
それはそれはとてもいい笑みで私をぼぉっと熱を帯びたように見つめてくる王子。
これはますます選択肢をミスった予感……!
(だだだ、だって、推しといっても過言でないくらいのショタが、私の理想の顔が本人にとはいえけなされていたのよ!?オタク魂のスイッチはいるっていうか、語っちゃうじゃない!?語っちゃうでしょ!?普通!!)
……そんな自分に今は後悔しかない。
「やはり、思った通りです。貴方は自分の意思をはっきり持っていて、どんな相手にもひるむことなく意見ができる。それに、家柄でなく私個人で見てくれる。」
(……え?)
王子はゆっくりと椅子から腰を上げ、向かいの椅子に腰を掛ける私の方へとゆっくりと近づいてくる。
(ま、まさか…………!)
「強く美しく、堂々とした凛々しい貴方が好きです!私の、【婚約者】になってください!!」
(き、来たぁぁあっ……!)
ひざまずいて私の手を取り、両手で私の手を包みながらじっと、すがる子犬のような瞳で見つめてくる王子。
そんな王子の可愛さに揺れそうになる心はある。
だけど、自分の未来のために今は言わなければならない。
それが例え―――――
「い、……嫌です……。」
ドストライクショタを傷つけることになろうとも。