03 少年の過去
「……嘘だろう?」
「本当です……」
まさか。まさかだ。
全く同じ病院でほぼ同時期に二人目の赤子の誕生?
それだけで厄介だったというのに……やはり、か。
“堕天の加護”。
堕天属性魔法無詠唱化、堕天属性適性(極)、雷属性魔法省略化、雷属性適性(極)、魔素親和力向上(極)、自動削減。
これらのような加護の持つ、魔素親和力向上に伴う髪の白髪化。
それが赤子から確認された場合、上位属性の加護を持っているか確認すること。そして持っていた場合、それを公開すること。
国際法で定められた世界の全ての病院の義務。
加護の確認方法は、無属性魔石を触れさせること。無属性魔石は、その人の体内の魔素から適正を測る道具である。
これが普通の人なら、その魔石の色が変わるだけで済む。が、上位属性の加護を持つ人が触れた場合、その適正から魔石はその属性の色と共に砕け散るのだ。
それを以て、上位属性の加護の発見とされる。
ただこの魔石は、とてつもなく希少なのだ。
だと言うのに数ヶ月前に砕けたそれを補充する間もなく、二人目が現れた。
そのため、その二人目の赤子の適正の確認は大きく遅れた。
そしてそのタイミングで始まってしまったのだ。
スエルア戦争が。
そして今日、ようやく届いた無属性魔石によってその赤子の正体が知れた。
堕天の魔術師である、と。
「タイミングが悪すぎる! 今、これを公表したらどうなる? うちの職務怠慢と叩かれ、戦争前の情報隠蔽と揶揄される! それは、悪手でしかない」
そう叫んだのは病院長。
報告をしたのは看護部長。
「……このことを知っているのは?」
「私と院長先生、そして彼の両親のみです」
院長は手の中で小さなサイコロを転がしながら、思考を巡らす。
元々、院長は反戦派でもある。
さらに戦争を激化させるような要因をもし潰せるなら……?
「……こちらで内密に無属性魔石を一つ手に入れる。意味は分かるな?」
「両親には?」
「理解してもらうしかない。説得は頼めるか?」
「分かりました」
院長は頭の中で考える。
あとは……適当に理由をつけて定期的なカウンセリングでもこじつけておけば、上手く操って隠しきれるか、と。
こうして堕天の魔術師の存在は秘匿される。
やがて月日は流れる。
赤子は人前で雷属性魔法を使わないようにと言われ育ち、少年となっていく。
そしてやがて出会う。
堕天の魔術師、ササ・アスカム。
空間の魔術師、ラウル・マクラウド。
二人は互いを好敵手として成長していく。
だが少しずつ、差は開いていく。
ササは伸ばすべき雷属性を制限されたくせに、ラウルは得意とする闇属性を成長させた。
それでも、院長のカウンセリングもありササは順調に成長した。
……職業、と呼ばれるものがある。
人の為した実績に応じて、人の器が成長する現象。その階位を呼ぶもの。
産まれながらにして人は初級職業“村人”となる。
グループの指揮を一定回数すれば中級職業“指揮官”になったり。いずれかの属性の上級スキルを使えるようになれば上級職業“剣士”になったり。
当然、就くには鍛錬が必要となる。
ラウルは期待を一身に受け、応じて成長した。
ササは、ほどほどの成長でしかなかった。
嫉妬という感情もその頃は知らず、それでも魔法を使うスポーツでは活躍できた。
中学になれば部活もあり、そこでも活躍した。
少年はそれで満足していたのだ。
そして。
ー ー ー ー ー
そこそこの魔素をこめた“気配削減”で、他の人の意識から俺の存在は消える。
これくらいはもう呼吸するようにできる。何度もやってきた。
主に街壁から森へ行く時だ。透明人間になったようなものなので、健全な男子なことはした。大したことはしてないが。
兵士の間を縫って階段を登り街壁の上へ。
見慣れた森の景色。……いや、やはり魔獣が異常なまでに多い。
オペレーターからの指示だろう、魔法使いたちが風魔法を使い始めた。魔素の消費は少なく、だが広範囲に、しかしちゃんとフレアバットの機動は削げるように。
よかった、ちゃんとイデアの意見は通ったようだ。
……でもダメだな、予想以上に練度が低い。
そりゃあ、こんな田舎にいる兵士なんてそんなものだろうけど。やはり俺もここに来て正解だった。
目立たないよう建物の影に隠れて“気配削減”を解除。残念ながら魔法の同時発動はできない。それができるようになるには超大級職業“魔王”にならなくてはならない。残念ながらそれにはまだなれない。
呼吸を整える。
よしフレアバット、お前はせいぜいイデアの糧となれ。
無詠唱。
堕天属性魔法“混乱”。