02 少女は意見する
時々、こんな感じでイデアは目を輝かせる。
なんというか、イデアの習性? 趣味?
周囲のほんの少しの違和感から、街の異常を見つけるのだ。
今までも何度か少し危ないことはあったけど、ラウルというチートがいるのでなんの問題も無かった。
今回もラウルがいるからめったな危険は無いだろうし、少し帰るのが遅くなるくらいならなんの問題もない。
「良いよ、どうかしたのか?」
「それがね、今日ちょっと見回りの兵士が少なめでさ。どうも街壁のほうに集まってるらしくて」
これまた物騒なことに興味を持ってしまったらしい。でも大丈夫。ラウルがいればやばい事態でもなんとかなる。
「ササ、僕もなるべく人の助けになりたいし行くつもりだけど」
「あー、まぁ行くよ。どうせ暇だし」
「ササならそう言うと思った。じゃあ早速行こう!」
イデアがやたらハイテンションだ。
なにかちょっとした事に気付いて、それが大きな事に繋がっている。そんな発見をするのが何より楽しいらしいのだ。
それも可愛いと思ってしまうのは、まぁ恋は盲目というか。
なによりラウルと二人っきりにさせるのも嫌だし、ついて行くに決まっている。
更に言うならラウルがいるし、移動もそんな手間じゃないのだ。
すっと身の回りを何かが包む感触。ふと気付けばもう街壁の前。
“転移”という空間属性魔法だ。一瞬で遠くへ移動できる。
目の前の兵士たちの様子は、控えめに言ってもかなりやばめだった。
大怪我をした人が門から続々と入ってくる。兵士たちの怒号が響く。さらに耳をすませば、魔獣の声が聞こえる。かなり、町に近い。
「行くよ!」
イデアの決断は早かった。
走り出す彼女に俺らはついて行く。
慌ただしく指示を出しているリーダー格らしき一人へ向かっていく。
「あの、すいません!」
「なんだ、ガキはどっか行ってろ、ジャマだ!」
「待ってください、僕は空間の魔術師です。力になれませんか?」
リーダーがようやく振り返り、目を見開いた。
「お前、その白髪……本当か。分かった、あっちに総長がいる。意見を仰ぎに行け」
「はい!」
この感じ、かなりの大事じゃないか。
まぁでもラウルがいればなんとかなるだろ。今まで一緒にいればよく分かる。加護だけじゃない。ラウル
は普通に加護以外の才能にも恵まれている。
俺らは指示された方へ走る。
あちらもこちらにすぐ気がついたみたいだ。ラウルの存在も顔も知ってたのだろう、顔が少し晴れた。
「空間の魔術師がこの町にいた事に今までにないほど感謝している……! 現在、街へ大量の魔獣が押し寄せている。早速向かってくれないだろうか。なにか武器はいるか? 剣でも才能があると聞く」
「……そうですね、今は範囲がいるみたいですし、杖をお願いします」
「では、あちらへ。おい! 最高品質の杖を用意しろ!」
ラウルが礼をして走っていく。
が、イデアは残る。町の外に出たって戦力にならないし、当然だ。
けど、それだけじゃなかったようだ。
「あの、私は指揮官志望なんです。指揮室へ行ってもいいですか?」
「君がか? ……ふむ、まぁこんな時代だしな。良いだろう。ついてきなさい」
「ありがとうございます!」
総長は頷き、一つの建物へ。
どうやらそこにはモニターがあり、兵士へ指示をしているようだ。兵の一人に総長は俺らを託し、去っていった。
大量のモニターには街の外が映し出されている。街壁にカメラがついているのだろう、それから外の様子が分かるのだ。
そして。
「……こんなに、魔獣が」
モニターが、魔獣で埋め尽くされていた。
カメラが壊れてしまったのか、画面の黒くなったところもある。
オペレーターが指示を出しているが、かなり苦戦しているようだった。
居るのは……ボブゴブリンとフレアバットか?
魔獣のホブゴブリン一体と兵士一人の強さが同じくらい。しかし、その人数差は圧倒的だ。その上空を飛ぶ魔獣、フレアバットのせいで、街壁の上にいる魔法使いや銃兵も苦戦している。
「あ、ラウルだ」
イデアが一つのモニターを指さして言う。
……さすが、見つけるの早いな。
モニターには、片耳にオペレーターの指示を聞くためのイヤホンをして、かなり大きな魔石のついた杖を持ったラウルが映っている。
魔法使いだというのに、街壁の上からではなく前線へ出ていく。
理由は簡単。加護の効果に“自動断絶”が存在するからだ。相手の攻撃全てを加護が勝手に空間魔法で防御してくれる。
そんなわけだから、一人でも兵士の被害を減らそうと前に出てきたのだろう。
魔法を放った。おそらく“空間切断”。同平面に存在する魔獣のうち、ラウルが制御できる範囲内のものが倒れていく。
その数、ボブゴブリン五十。
圧倒的。
だが、空中を自由自在に動き回るフレアバットの対応はそう上手くはいかない。同時に十体がせいぜいと言ったところ。
魔法は周囲の魔素を使って発動する。このままだと魔素が先に無くなるかもしれない。もちろん“自動断絶”も魔素を使う。なにより、ホブゴブリンは体内の魔素を使う、スキルが主な武器だ。フレアバットは厄介なことに両方使える。
つまり、周囲の魔素が無くなれば一方的にやられることになる。ラウルだってスキルを使えるが、魔獣のほうが体内の魔素量ははるかに多い。
戦争に向けて対人戦を想定して訓練してるのだから、フレアバットみたいなのはどうしても経験不足だ。このままだと少しまずいかもしれない。
数が多すぎる。
そうみんな戸惑っているうちに、兵士は少しずつ倒れていく。ラウルもどこか焦っているように見える。
「……ねぇ、ササ」
イデアが話しかけてくる。
その目は、爛々としている。
いつものアレだ。
「なにか、気付いた?」
「うん。フレアバットさえなんとかなれば、ホブゴブリンは多分なんとかなるよね。つまりフレアバットの対策をすればいいんだけど、なにも強引に倒すんじゃなくて妨害するだけでいいんじゃないかな」
「つまり?」
「魔素の量も心配だけど、街壁の上の魔法使いたちが低級の風属性魔法使うだけで済むんじゃないかなって」
まあ、そりゃ確かにそうだけど。
誰にでも思いつきそうな作戦だけど、あー、そうか。
このオペレーターたち、ラウルを強い兵士として考えてるのか。突然入ってきたし、“空間の魔術師”が強いとは聞いていても、その弱点はよく分かってないのかもしれない。もしくは、来ただけでもう勝てるとか考えているのかもしれない。
つまり今、上の魔法使いたちは最低限の仕事しかしてないんじゃないか?
「えっと、それでどうするの? イデアが唐突に言ったって、聞き入れてもらえないよ?」
「それなんだけど、あの、あそこのど真ん中にいる人がどうも総司令みたいなの。ちょっと眠ってもらおうかな」
そう言って、こっそり手元に隠したスタンガンを見せてくる。
普通に危ない思考だった。
「いや、それは止めなよ……。それに、そのスタンガンじゃ人はすぐには倒れないかな」
本当に。
俺には分かる。
「そう? いい考えだと思ったんだけど」
笑顔で言うな、怖い。
ふぅ、と息を整える。
手首のブレスレットを確認する。
ちゃんと、魔石はついている。
「試しにさ、その作戦伝えてみなよ。ダメだったらまた他に方法を考えよう」
「……まあ、ササがそう言うなら」
イデアがすっとその総司令らしき人へ向かっていく。
それと同時に俺はその場で。
堕天属性魔法“魅了”。
加減して、対象に好感を持ち意見を素直に聞く程度。
無詠唱で。
これでイデアの意見は通るはずだ。
でも、それじゃ足りない。フレアバットもすぐ乱れた風に対応してくる。
それでもイデアの意見で上手くいったという事実が欲しい。そうすればイデアの夢に大きく近づく。
すいません、と一言断り俺はモニター室から出ていく。
音からして、戦っているのはここから右の方か。
堕天属性魔法“気配削減”。
当然、無詠唱。
「さて……やるか」
世界にただ一人の“堕天の加護”の持ち主。
堕天の魔術師。
それが俺だ。