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2つの月-RoiとYun-  作者: 夏目 碧央
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一時間で好きになれ

 ドラマ「2Luna stories」は、ある大学が舞台の学園ものだった。Yunが演じるKaiは、中高時代から憧れていたSyu先輩と同じ大学に入学。入学してすぐに行われる大学のイベントにKaiが選ばれて参加することになり、Syu先輩が世話をしてくれるのだが、甘やかされたお坊ちゃんだと批判され、売り言葉に買い言葉。大好きな先輩と険悪なムードになってしまう。けれど、本当はSyu先輩もKaiの事を中高時代から好きで、最終的には2人は結ばれるのである。とても切なくて、胸キュンドラマになっていた。

 主要メンバーの初顔合わせが数日後に行われることになった。メンバーは、一日空けてその日を迎えた。監督のMasaは、50代のベテランだった。メンタルを描くのが上手いと評される実力派で、物腰は柔らかいけれど、要求は厳しいと言われている。

 ある建物の会議室にYunとSaiが入っていくと、すでに事務所の先輩たちも来ていた。25歳のSakuと、同じく25歳のReo。22歳のGen、そして20歳のSoya。みなYunが挨拶をしに行くと、頭をくしゃくしゃっと撫でてくれた。そして、スタッフにこっちだと言われて上座の方へ座る。みんなの前に座る感じで、緊張した。

そして、Roiが現れた。SakuやReoも背が高いが、Roiは一番高い。ドアをくぐって部屋に入って来た時、皆の視線はRoiにくぎ付けになった。Roiは緊張した面持ちで、監督や周りの人たちに挨拶をし、Yunの隣の席を示されて、そこで初めてYunを見た。

RoiとYunは目が合った。これから恋人同士を演じる相手、として初めての対面である。Yunはどんな顔をすればいいのか分からなかった。Roiは座るために近づいてきて、

「よろしくな。」

と小さい声でそう言って、軽くニコっとした。

「うん。よろしく。」

Yunはそう言って、すぐ下を向いてしまった。自分が今どんな顔をしているのか、自分でもよくわからなかった。


 「それでは、始めます。まず監督から一言、お願いします。」

助監督が言った。

「えー、Masaです。よろしく。2Luna storiesは、とても良いお話です。良いドラマを作っていきましょう。」

拍手が起こる。そして主役も挨拶をするようにと言われ、Yunが立ち上がる。

「あの、若輩者で、未熟者ですが、どうぞよろしくお願いします。」

そして、Roiも促され、立ち上がって、

「右に同じです。どうぞよろしくお願いします。」

と言った。そしてちらっとYunの方を見て口元にちょっと笑みを浮かべた。


 挨拶が終わり、今日のやるべきことが監督から示された。まずはドラマで友達同士を演じる者同士、エアーキャッチボールをするというもの。つまり、本物のボールはないけれど、あるかのようにキャッチボールをするのだ。ボールはバスケットボールでもサッカーでも良いそうだ。いきなり友達同士を演じようとしても無理があるから、本当の友達になるという意味もあるし、演技の練習、息を合わせるという意味もある。

 YunはSaku先輩と親友同士を演じるので、部屋を移動して、2人でエアーキャッチボールを行った。RoiはGen、Soyaと友達同士という設定なので、3人でエアーキャッチボールを始めた。これを30分ほどやって、一度集められた。それから、監督がYunとRoiを呼んで狭い別室に連れて行った。

「次は君たち二人だ。このドラマは、君たちが元々強く想い合っているという設定になっている。そういうのは表面上の演技では出せない。いいか、今から君たちはお互いを好きになるんだ。時間がないぞ。一時間で、必ず相手の事を好きになること。そして、出来れば相手に好きになってもらう努力もすること。わかるかな?」

監督はRoiとYunを交互に見た。二人は「はい」と言って深く頷いた。

「では、ちょっとだけお手本を見せよう。」

監督はそう言うと、いきなりYunの腕をぐっと掴んで引き寄せた。Yunはびっくりして監督の顔をじっと見つめた。

 監督は、黙ってYunを見つめている。けれど、ただ見つめているのではなかった。目に力を込めて、切なげな表情で、熱い想いを伝えようとするかのようだった。Yunはただ動けずにじっと監督の目を見つめていた。

 一分ほど経ったのだろうか、監督は手を離し、

「どうかな?想いは伝わったかな?」

とYunに聞いた。

「あ、はい。」

Yunはまだぽかんとしている。

「俺を好きになっても意味がないぞ。」

監督はいたずらっぽく笑った。そして、Roiの方を向いて、

「熱い想いは伝わる。男か女かは関係ない。熱い想いは相手の気持ちを動かすものだ。俺でさえ少しは動かせるのだから、Roiのようにハンサムだったら簡単だよ。Yunは、気持ちを素直に出しなさい。ドキドキしたら、それを隠さずに顔に出す。そうすることで想いを伝える事ができるから。」

謎のような言葉を残し、監督は部屋を出て行った。が、すぐにまたドアが開いて、

「あ、そうそう。このドラマは最後にキスシーンがあるんだけど、キスの練習はしないように。」

と言った。RoiとYunが目をパチクリさせていると、

「ドラマの中で、初めてのキスという設定だからね。初めての緊張感を撮りたいんだ。頼んだよ。」

と言い置き、今度こそ監督は部屋を去った。

狭い部屋に二人きりで残されたRoiとYun。Yunが気まずいなと思った時、Roiが、

「あははは、そんな急に好きになれ、なんて言われてもなぁ?」

と言って笑った。それを見て、Yunはちょっと安心して笑った。するとRoiは、

「うん。やっぱりYunは笑うと可愛いな。」

と、笑顔のまま言った。Yunは一瞬息が止まったような気がした。けれど次の瞬間、

「あ?もう入ってんの?ずるーい。」

と言って笑った。この人の方が監督よりよっぽど人を惚れさせる術を心得ている気がした。

「じゃあ、監督のお手本通りにとりあえずやってみるか。」

Roiはそう言って、Yunの方に左手を差し出した。Yunはちょっと緊張した面持ちで、左手を差し出した。Roiはその手を掴むと、Yunを自分の方へぐっと引き寄せた。Yunはされるがまま、ととと、とRoiの方へ歩いて、2人は触れるか触れないかの距離まで近づいた。RoiはそのままYunの手を両手で握り、何度も握り直した。Yunはうつむいてその手を見ていた。次に、Roiは少し離れて、腕を掴んだままYunの顔を見つめた。

「え?」

小さく、Yunはそう言ってしまった。Roiの目は、いや、目だけでなく息遣いまで、

「好きだ、お前が好きだ。」

と叫んでいるようだった。もちろん何も言葉は発していないのだが。Yunは揺れる瞳でRoiの目を見た。

(何だろう、この、胸に迫る熱いものは。ああそうだ、僕はRoiを好きにならくちゃいけないんだった。どうやったらいいのだろう。Roiは本当に僕を好きになってくれるだろうか。)

Yunは複雑な思いが入り混じって、頭が上手く働かなくなった。熱に浮かされているような感じだった。いつしか二人は両手をお互いに握って、見つめ合っていた。好きなのに、好きだと言ってはいけないような気がして、とても切なくなった。Yunは泣きそうな顔をしていた。Roiは、そっとYunを抱きしめた。頭をゆっくりと撫でる。YunはRoiの背中に腕を回してぎゅっとした。

 ここまでで30分が経った。二人はお互いを好きになったのか?なったような気がしているだけなのか?演技をしているだけなのか?それは自分にしか分からないことで、相手の気持ちは分からない。「僕のこと好きになった?」とは怖くて聞けない。このまま好きになった振りをしてくれれば、上手くやれるような気がするから。

 「なんかさ、まだ会うの二回目でこんな風にするのって、人生で初めてじゃない?」

Yunがそう言って、顔を上げた。

「そうだな。」

Roiはそう言って、もう一度Yunの頭を撫でた。

「Roiは、どんな子がタイプなの?ツンデレ系?おしとやかな子?」

Yunは、自分を好きになってもらうという課題の方を実践しようとした。好きなタイプの子を演じてみようか、と考えたのだ。

「んー?そうだなあ。わがままな子かなあ。そうだ、ちょっとおねだりしてみてよ。」

Roiはそう言って、Yunから離れた。Yunは何を?と思ったけれど、そこは演技だよなと思い直し、床に座って胡坐をかいた。

「ねえ、ロボットの手買って。お願い。」

と言いながら手で床をバンバン叩いた。Roiはそれを見て、ふん、と言った風にそっぽを向いた。

「お願い、買ってよー。」

男子の声でこれやってもなあ、とYunは心の中で苦笑い。けれど、Roiは近づいてきて、

「何だ、どれが欲しいんだ?」

と言って、スマホで検索し始めた。Yunは立ち上がってスマホを覗いた。

「茶色いメタリックの。指輪はめてるやつ。」

「これか?」

「そう、これ!」

すると、Roiは本当に購入ボタンをタップしてしまった。

「え!?本当に買ったの?」

「本当に欲しいんだろ?」

涼しい顔でRoiはYunを見る。Yunは一瞬言葉を失って、上唇と下唇をぎゅっとくっつけた。

「ありがと。」

そう言って、Roiを上目遣いで見ると、Roiはさっきまでの涼しい顔から一変、落ち着かない様子で視線を泳がせた。

「あー、よし、俺たちもエアーキャッチボールやるか。」

Roiはそう言ってYunから離れた。そしてしばらくサッカーやボール投げをエアーでやって、疲れ、2人並んで壁に背中を付けて座った。

「あのさ、僕のこと・・・。」

Yunはそう言いかけたが、言葉を飲み込んだ。

(好きになった?)

どうしても聞けなかった。否定されたらどうしたらいいのか分からない。Roiは好きになる努力はしたのだろうか。好きになってもらう努力はしてくれたけれど。

 すると、RoiはYunの頭を撫で、そのまま手をYunの肩に回した。そしてちょっと引き寄せる。Yunは引き寄せられた流れで、頭をRoiの肩にちょこんと乗せた。

「Yun、仲よくしような。」

Roiは静かにそう言った。Yunは肩に寄りかかったまま、顔を上げて、

「うん。」

と言った。そして二人は笑い合った。

 そこへ、バンとドアが開いて監督が入って来た。二人を見て、一瞬動きを止めた。二人ははっと我に返って、慌てて立ち上がった。お互いに一歩ずつ離れて立つ。

「一時間経ったが・・・ふむ。仲良くなったみたいだな。よしよし。」

監督はニヤっと笑って、また部屋を出て行った。RoiとYunも後に続いたが、Roiはドアを開けてYunを先に通してから自分も部屋を出た。入るときとは距離間の違う二人になっていた。


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