90話 続砂漠横断
「これも考えてみる?俺らの考えていることを当てるゲーム的なものになるんだけど」
全員がやる気いっぱいの声をあげた。じゃあ、しばらく待機だね。
「ヒントを出しましょうか?軽いものを」
「…いい。さっき「ガロウとレイコならわかるかも」ってヒントもらっている」
アイリが答える。どうやらそれは皆の総意だったらしく、反対意見は出なかった。
待つこと暫し。皆一様にうんうんと唸り始めた。そして、センも暇になって来たらしい、俺と四季の手をはむはむとはみ始めた。魔力を吸われているから魔力を食べているようだ。
「…ヒント」
「ん。了解した。『コハクサンゴ』」
「それと『豪雨』…これで足りますかね?」
「たぶん足りるはず。頑張れ。みんな」
決定的なヒントは出してないけど。たぶんわかるはず。こういうのが得意そうなアイリもいるしね。
さらにセンと戯れ待つこと少し、一人ずつ考えているのでは無理だと判断したらしい。4人で集まり考え始めた。
「3人寄れば文殊の知恵というけど、出るかな?」
「出るんじゃないですか?今、いるのは4人ですけど」
「確かにね。でも、俺は4人のことわざは知らないからね。『船頭多くして船山に上る』なら知っているけど、今回は当てはまらないでしょ」
「ですかね。あ、セン。もういいの?」
「ブルルッ。ブルルルッ!」
「もうお腹いっぱいだよ!」そう言っているみたいだ。構ってほしそうなので撫でておこう。ああ…、毛がふっさふっさだ。ろくに手入れもしていないのに…。
「…ん。結論でた」
「じゃあ、どうぞ!」
「獣人領域の失われたはずの交易路。それを使うつもり」
「「正解!」」
二人で声を揃えて言えば、弾けるように声をあげて、顔が輝く。そのままの勢いで女子3人 (一人性別ないけど)がなぜか頭を差し出してくるので撫でる。皆撫でられるの好きだね…。
「…なんというか安心する」
「気持ちいいのー!」
「たまに手が耳に当たって…、幸せな気持ちになるんです」
もはやこの年になると撫でられてそんな気持ちになることないからな…、そもそも撫でられる機会が少ないのだけれども。というか皆無。だからわかんないや…。ごめんよ。
それはさておき、
「根拠を説明しておこう。直近の『豪雨』は3年前だった。でも、直近の『コハクサンゴ』は10年前。ということは、『コハクサンゴ』出現と、『豪雨』におそらく因果関係はない……と考えられる。10年の間には豪雨が数回はあったはずだし」
「にもかかわらず、今回は『コハクサンゴ』は出てきました。それも臆病なはずの彼らが人がいる方に向かって」
「だから、「逃げてきた獣人達の殺気に当てられたんだろう」と推測した」
「『コハクサンゴ』が、立ち往生していたのは、お母様とお父様のせいでしたものね」
レイコが手をポンと叩いて納得した。とばかりにしきりに頷く。たぶん無意識だろうけど、ざっくりいうね。遠慮というものがまるでないよね…。
まぁ、それも考えた根拠だけど。口に出して認めはしないけど!
「コホン。で…だ、かなり突飛な推測になるが、『コハクサンゴ』は獣人と人間の失われた交易路に住んでいるのではないかと考えた」
「雨が関連してくるのは、「雨で水浸しになってしまうような交易路を作ってしまうと、雨が降った時に尋常じゃない数の死者が出てしまう」という考えに基づいています」
「で、「獣人達はそこを通ってきたのでは?」これが導き出された結論。だから、獣人を運んだ道を逆に辿ってきたわけだ」
「…失われた交易路、そんなものあるの?」
「あるだろう。おそらく。あの人たちは何も言わなかったけど…、獣人達の上層部は知っているんじゃないかな。まだ、それが残っていることを」
「下まで伝えないのは、それを利用して人間領域に侵攻する馬鹿が出ないように。また、いたずらに国民を心配させないようにという配慮でしょう。人間がいつでも砂漠を超えられる道があるとなるとパニックになりそうですから」
「なるほどー。でも、どうやって探すのー?」
「もう、昨日のところに着きましたよ?」
早いな。結局、説明書と目録を読めていないんだけど…。
「ガロウ。レイコ。臭い辿れるか?」
「誰に言って…、出来るぞ」
「出来ます」
ガロウ。レイコの前で俺らに対して雑な口調で話しちゃダメだって…。だから威圧されちゃうんだよ…。しかも眼圧に負けているし…。
早速、二人はスンスンスンスンと鼻を動かす。なぜか耳もぴくぴく動く。しばらく体ごとクルクルとその場で回って…、
「あれ?臭いが…」
「ないですね。ガロウ。どうしましょう…」
「え、ちょ。レイコ!?待ってろ。俺が何とかするから!」
レイコが泣きそうになったからか、ガロウは魔力で『身体強化』をしたようだ。嗅覚を研ぎ澄ませ、より険しい顔に。だが…、
「ダメだ。見当たらない」
悔しそうに、吐き捨てるように言った。レイコの顔がさらに歪み、それを見てガロウの顔も歪む。
「魔法か?」
「…かもしれない。臭いはあるはずなんだ。でも、限りなく薄い。そんな感じだ」
「そうか…」
ならどうするか。『マリッジ・エクロアー』は…、用をなさないな。どんな魔法かもわからないし。おそらくその魔法の大本は失われた交易路にあるだろう。どうしよう…。
「…どうしたの?」
「ん?ガロウ達でも無理だとどうすればいいかなって」
「考え中です」
「『身体強化』でどうにかならないのー?」
「やってくれたけど、無理だった」
「そーじゃなくてー。バフ?そんなのはどー?おとーさんとおかーさんのシャイツァーならできるんじゃないのー?」
味方強化ね…。その発想はなかった。
「どう思う、四季?」
「やったことないですけど…」
「…やってみれば?二人なら出来るよ」
相変わらず、謎の無条件の信頼を寄せてくれるアイリ。
「でも、実験したことないんだよ?」
「…最初に水でびしょ濡れにしたのは?…夜中にキラービーの巣をつついたのは?他にも…」
「わかった。わかった。やめて。やってみるよ」
「ですね、やってみましょう。はい。紙です」
「ありがとう」
全く、恐ろしい子だ…。じわじわチクチクと過去のことを抉ってくるとは…、一体誰に似た。
………俺らだわ…。他にいそうなの、ルキィ様だけだもの。俺らしかいねぇ…。タクがいたら間違いなく「お前らに決まってんじゃねぇか。もしかしなくてもお前ら馬鹿なのか?」って、言われたな。
それはさておき、バフって、どうすればいいんだ? 光をぶつける? …なんか違う。『回復』だったらそれでいいと思うけど…。どことは言えないけど、何かが違うんだよね…。うーん。あ! これでいいかな?
『身体強化』っと。はい、できた。
「じゃあ、『回復』みたいにかけたげてー」
「これそう使うんじゃないよ」
「じゃあ、どう使うのー?」
「ガロウ。こっち来て」
「ん?来たよ」
何でこの子レイコが凹んでいるときに普通の口調なのに元気な時に荒い話し方するのだろう…、かまって欲しいのか?
「父ちゃん?」
「ああ、ごめん。これ持って。丸めてくれても構わない」
「?よくわかんないけど。持ったよ」
「魔力流して。『身体強化』がそれで使えるはず」
「わかった。……ん?使えないぞ?」
「あれ?何でだ?」
謎だ…。
「…わたしに頂戴」
「ん」
「…ありがと。…いくよ『身体強化』!…できた」
アイリは使えるのか。何故だ?
「…字じゃない?読めないと使えないんじゃなかった?…わたしも読めなかった時は使えなかったでしょ?」
そんなこともあったな…、『アーラ・クワシュルス』だったか。あれはこっちの言葉でアイリが発動させてくれた魔法だったね。何故かいつもより触媒魔法なのに威力が低かったような気もするけど…。
「とりあえず、その方向性でもう一回お願いします」
四季が紙をスッと一枚差し出してくれる。
「ありがとう。あ、もう一枚も頂戴」
「ああ。なるほどです」
「ん。ありがとう。で、その間に…、」
「わかってます。ガロウ君に字を教えておきますよ」
とウィンク。そういう不意打ちはやめて欲しい。思考停止しちゃう。もしくは思わず、「可愛い!」と叫びそうになるから。
それをねじ伏せて字に集中しないと。シャイツァーのおかげで獣人の言葉もかける。そこまで言語体系は変わらないけど。
英語とフランス語ほどの違いしかない。方や「ゲルマン系」で、方や「ラテン系」だけど。結構致命的に見えるが、問題ない。日本語と比べればね!
「あ、そういえばアイリ。言語問題はどうしたの?」
「…既に脅し取った」
「…あ、そうなんだ」
「…ん」
いや、満面の笑みで問題ないとばかりに微笑まれても、その過程に盛大に問題があるんだけど…。ま、いいか。アイリに鎌を持たせた神々が悪いのだ。
シャッシャッとペンを滑らせて、書けた。加護なかったなら読める気がしない字だ…。
「はい、できたよ。使ってみて。2枚用意したから」
「あ「はい!」レイコォ…」
2枚用意しておいてよかった。落ち込んでいたレイコの耳がさっきからぴくぴく動いていたのに気づいててよかった。先ほど来なかったのは…、たぶん聞いてなかったんじゃないかな。
レイコは2枚用意していたにもかかわらずガロウを軽く押しのけてひったくった。これで1枚しかなければ文字通り突き飛ばされていただろう。
「出来ました」
「出来たぞ」
「よし。で、どう?いけそうか?」
「……出力が足りないような…」
「それなら、普通に『身体強化』して二重にかけてみてください」
「おう」
「はい!」
レイコのやる気が異常に高い。
「あ。あった」
「何でガロウはわかるんですか!私はわからないのに!」
「痛い!痛い!やめて!」
レイコがガロウをぽこぽこと叩く。見ているだけならほほえましい。だけど、普通に痛そうだ。止めるべき?
…だめだ、レイコに構ってもらえてうれしいのか幸せそうな顔しているから正解がわからない。でも、とりあえず止めるか。
「ガロウ。わかったなら案内してくれ。行くよ」
「あ。ああ。わかった」
「レイコちゃんもストップです。先に進みますよ」
「む…。わかりました…」
「前も言ったけど、そんなに役に立とうと力まなくていいから。皆、乗った?」
「乗りましたよー」
何で四季、横に座るんだ…、行先を指示するにはガロウの方がいいんじゃないかな?
「別に俺はどこからでも指示は出せるぜ。というより…」
ガロウはレイコの方を見て頬を染めた。ああ。出来るだけそばにいておきたいのね。
…で、アイリは何で満足げに頷いているの? …よく見ればカレンとレイコもか?
何故に子供たちにそのような顔をされるんだ? ……気にしないことにしよう。
「ガロウ。向きは?」
「川沿いを進んでくれ。向きが変われば教える」
「了解だ。セン出るよ」
「ヒヒーン!」
センが嘶き馬車が動き始める。川の対岸で鰯のように小さいサンゴの群れが俺達から逃げるように遠ざかる。
「じゃあ、説明書読みますよー」
「そうしようか」
二人で読めるように四季と俺が密着する。恥ずかしいな…。
子供たちは馬車の中にいるため。外からは見えない。今、この状況で俺達を見る人がいれば、その人の目には俺達の関係はどう見えるのだろう? 友達? 恋人? それとも夫婦?
……ま、何でもいいかな。残念なことに自分達でもよくわかってないんだし。その原因は俺のせいと言い切るのは、情けないから言い切りたくはない。けど、ほぼ俺のせいだ。
俺の認識では恋人。それなのに、対外的には家族。子供たちがいないときは夫婦で通す。どう考えても歪。だけれども、俺は四季の事が好き。四季は俺のことが好き。これが確かであればそれでいい。
なんてことを考えたからだろうか、ふと
「…四季。いつもありがとう」
という言葉が口をついた。四季は目に見えて顔を朱に染め、頬を誤魔化すように撫でながら、
「急ですね…。ですが、それは私もです。習君いつもありがとうございます」
顔を見て言ってくれた。真正面から言われると恥ずかしい。
「…わたしもお父さんとお母さんに感謝」
「僕からもー!」
「私からも」
「一応俺からも」
なぜか俺の気の迷いから、皆から感謝の言葉が。言われなくても行動の節々からそれが伝わってきていたけれども、言葉にされると嬉しいものだ。照れくさいけれども。
「こちらこそありがとう」
「これからもよろしくね」
馬車から元気な声が返ってきた。言うのは言われるのに輪をかけて照れくさい。
「ブルルッ!」
「ああ、わかってるよ。センもありがとう」
「移動の際はいつも頑張ってくれていますものね」
二人で手を伸ばして撫でる。センは嬉しそうに声をあげた。あ、ちょっと待って。スピードを上げるのはダメ!
「セン!スピードあげちゃだめだ!」
「二人がまいっちゃいます!」
「ブルゥ…」
「ごめんね…」と言っているようだ。後ろは…、大丈夫そうだね。
「説明書読みましょうか。しばらくは川沿いを行くようですし」
「だね」
今度こそ読もう。脱線の主原因は俺だけど。
この馬車は元々あらゆる環境に対応できるようになっている。そんな馬車。良く言えば万能。悪く言えば器用貧乏。そんなものだったのだけど、今回の改造で砂漠への対応能力が大幅に向上した…らしい。
説明書にはこうある。「職人に頑張って色々やらせた。しかしながら、どう考えても馬車の専用用語をふんだんに盛り込んだところで説明は出来ない。なぜなら我が理解していないからな!」…うん。説明になってない。
「説明するには語彙力が足りない」とのこと。…「証明するにはスペースが足りない」と書き残したフェルマーみたいだ。
その後に、クリアナさんの補足がある。さすがにこれではまずいと感じて書き足してくれたみたいだ。…無駄に華美な形容詞がついていて文章がゴテゴテしているけど。こんなところで残念さを発揮しなくてもいいんですよ、クリアナさん…。
「説明されたものを要約する限り、馬車が3人分ぐらい大きくなって、耐久性が3割向上。砂漠対応が完璧になった…、のかな?」
「で、いいのでは?砂漠完全対応の代わりに他が劣化…、なんてことはないようですね」「使い勝手が良くなったってこといいの?」
「いいんじゃないでしょうか?」
「…読んでもよくわからない説明書の存在意義は?」
「言わないでおきましょう。ご厚意なのですから。まだ薄い分いいじゃないですか。分厚いのに難解な言葉を使っていて読解に時間がかかるのにもかかわらず、本当に欲しい情報が全く得られない説明書よりは…」
それは説明書と言うのだろうか…。たまにあるけどさ…。
「次は目録ですね」
「すぐに読み終わりそうだね。薄いし」
「…一応、確認しながら読んだ方がいいと思うよ」
声に振り返ると、アイリが顔を覗かせていた。
「…袋。置いとくよ」
「「ありがとう」」
「…ん」
軽くアイリの頭を撫でれば、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせて中に引っ込んだ。
「じゃあ読んでいくよ」
「どうぞー」
「金貨300枚。馬車の改装費込み。後、サンゴ討伐費用も入ってるって」
「それはギルドに預けてもらってますよね。カードの明細もそうなっています」
「じゃあ問題ないか。次に砂糖」
「たくさんありますよ。飴用ですね」
「時間ある時にまた作ろうか」
「ですね」
「で、食べ物。日持ちするものを重点的に。丸々二袋分」
「あります。ただ、みんなよく食べる上に、人数増えたので、すぐなくなりそうですが」
「だねぇ…」
仮にも魔法の袋二袋分だからかなりあるのだけどね…。一袋に豪華な食事がおよそ50人前ある。
でも、俺も四季もそこそこ食べる上に、子供たちの分が多い。特にアイリ。まぁ、食べないよりは食べてくれる方が心配しなくていいんだけど。
「で、服だね」
「いっぱいありますよ。ほら。…あ」
四季が顔を赤く染め、手で顔を覆い隠す。
? 一体どうした……あぁ、察した。……何でこんな服入れたんですかねぇ…。とりあえず見なかったことにして袋にぶち込もう。
「習君!私あんなのいれてませんからね!?」
「知ってる。わかってる。落ち着いて」
取り乱しすぎ。子供たちが心配して覗きに来てるじゃん。とりあえず「何でもないよ」とだけ答えて戻ってもらう。
「何であんな…、あんな薄くて露出の多い服なんて…」
「誰かの悪戯かな?」
「何故?」
「さぁ?動揺する四季の反応が見たかったんじゃない?」
「えぇ…」
「服というよりむしろ布」と思ったことや、服を入れた理由に「「アイリとカレンは大きい。それなのに、小さい子供がいない。仲いいっぽいのになぜだ。お前ら子供作れ」とかのお節介じゃないか」もありそうと思ったことは心の中に秘めておこう。…言わなくても四季は気づくだろうけど。
案の定というか、ちらちらこっちの反応を確かめるように顔を見ている。気まずいからさっさと話題を変えよう。
「目録はこれで終わりかな?」
「みたいですね」
話終わっちゃったじゃん…。
「あ、二人とも。臭いの向きが変わった」
ガロウ。ナイス。無言空間を潰してくれた。
「で、臭いはどう?」
「川の方」
ということは…、川を超えないといけない?
「あ、川超えるわけじゃないっぽい。というより、臭いがここで途切れている」
「「え゛」」
「悪い。臭いがなくなった」
…もしかして、罠? 横を見る。四季も同じことを考えているっぽい。
「離脱を!」
何かを感じ取ったらしいレイコが俺達よりも早く叫ぶと同時に、俺らのいる付近、およびその前方の砂漠が揺れる。声を聞いたセンはその場で大きな弧の字を描いて全速力で走る。
「口を閉じろ!」
「しっかり馬車に掴まって!」
馬車がその影響で思いっきり振り回される。俺らは御者台にいるからいいけど、中は振り回されて悲惨だろう。
それでもセンは走り続ける。揺れの範囲から馬車を含め完全に離脱したところで停止。
「無事!?」
「みんな無事だぞ」
「怪我もないよー」
よかった…。
「まだ、地響きが止まらないんだけど…」
「コハクサンゴだといいんですけど…。」
俺達がそう呟いて武器を構えると、子供達も同様に武器を構え、ガロウはレイコを庇えるように前に立つ。さて、何が出る?