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白黒神の勇者召喚陣  作者: 三価種
3章 イベア
96/306

閑話 そのころの西光寺班

 西光寺賢人視点です

 ここの記述は…、これでいいか。この教科書はダメだな。これでは読むだけで理解することなど……



 コンコン



 ん? ノック? 誰だ?



「入っていいぞ」

「じゃ、遠慮なく入らせてもらうわ」

「ん?」


 一緒にこっちに来たメンバーの声ではない。確認のために振り返ると、揶揄うような笑みを浮かべる絵に描いたような和風美人がそこにいた。



青釧(おうせん)美紅(みく)……だったか?」

「せやね。私は確かに青釧美紅やよ」


 彼女はそう言いながら、こちらへしとしと歩いてくる。



「整ってはるなぁ。で、何してはるん?」

「整っているのは整理しているからだ。何?という問いに対しては、教科書の編纂作業と答えておこう」

「編纂?それは何でや?」

「帰った時のためだ。仮にも受験生だぞ」

「えらいねぇ…。ちゃんと帰った時んこと考えてはるんやね」

「ああ。とはいえ、俺が編纂できるのは理系科目だけだが…」

「理系やねんし、ええんとちゃうん?ネックは英語だけやろうけど…、英語なんて文法はほぼ終わってへんかった?」

「…そのような気がする」

「ほんなら後は演習あるのみやん。どないしようもありゃしいひんやろ?確か、ここに言語関係の加護?持ってはった人いはるやろ?その人に手伝ってもらいいや。国語、社会は諦め。必要な人の方が少ないわ」

「見捨てるのか?」

「いや。二次で使わへん人の方が多いんやし。それで頭悩ませるんやったら、切ってしまい。その方が結果的にええんちゃう?」


 ……一理あるか。



「だな。ありがとう」

「どういたしまして。で、この分厚いのは何?」

「見た方が早い」

「そうなん?じゃあ、見るよ?」


 頷いて許可を出す。青釧はぺラリと紙をめくり、字を目で追い始める。最初は簡単な内容だからかすらすらと読む。初歩的すぎたからか、一気にとばして最後の方のページへ。目が左上から右下へ動く。時間が経つたびに端正な顔は引きつる。



「なあ、西光寺はん」


 呆れたような声色。俺も同意だ。



「言ってくれていいぞ」

「じゃあ、ありがたく。あんたの姉さん阿保なん?何で、こんなに分厚い化学の教科書になってるん?これ明らかに高校範囲逸脱してはるよ?」

「知ってる。好きに書かせたらこうなった。編纂しようにも姉の好きなものだからか、構成が上手でな…、切れない」

「あぁ…、混成軌道とか、ラジカルとか、参考って書いてありはるしねぇ…」

「その参考が実に2/3を占めるぞ」


 再び顔が引きつる。俺も初めて見たとき驚いたからその気持ちはよくわかる。



「かなりわかりやすいけど…、あ、わかりやすいで思い出したけど、全員が読むだけで理解できる教科書なんてありゃしいひんよ」

「何でだ?」


 俺の最終目標を否定されたからだろうか、語気が強くなった。



 だが、彼女は一切気にした様子を見せなかった。それどころか俺が謝る前に、気遣うように笑う。



「さぁ?うちにもわかりゃせえへんよ。完全な答えなんか。でも、確かなんは、人それぞれ個性があるってことちゃう?一人一人差があるんは勿論やけど、同じ人物でも時間によって考え方がちゃうこともあるやろ?毎日一人一人に教科書作り直しはるつもり?物理的に無理やろう?」

「確かに…」


 ならば妥協するか。国語を切って、妥協、その時間で帰還方法を…。



「そうそう、うちがここに来たんは、近くまで来たからやねぇ」


 唐突に切り出す青釧。思わずぽかんとした顔になる。



「そんな顔せんといてぇや。帰還方法を探すって、城を出た人達が村作ってるとか聞いたら、見に来たくなれへん?」


 ……今日も日光が空気中で散乱させられているからか空が青いな。



「なあ。別に責めたいわけやないから、現実逃避するんは、やめてくれはらへん?」

「すまない。全部崖が悪い」

「崖…?ああ、遠くに見えたあれやね。後で、皆で見に行くわ」


 皆?



「青釧。お前、仲間は?」

「りっちゃんとじょーくんか?外見回ってはるんちゃうかなぁ?」

「りっちゃんとじょーくん…。ああ、座馬井(ざまい)条二(じょうじ)と、座馬井(りつ)兄妹か」

「せやよ。合ってる」


 座馬井兄妹は俺らの中で有名な兄妹だ。きつい大阪弁で常に漫才をしているというのもあるが……、何よりも二人を特徴づけているのは兄妹(・・)という点。それだけなら珍しくないかもしれない。俺と姉も姉弟だしな。



 …だが、俺と姉は双子。だが、俺達と違い、座馬井兄妹は誕生日が別だ。確か、条二が4月生まれで、律が3月生まれ。──同じ学年で誕生日が違う兄妹──そういうわけで有名だ。



「…何となく心配だな」

「やめてくれへん?うちまで心配になってくるやん」

「見に行くか」

「やね」


 ドアを開け外へ。相変わらず頭を抱えたくなるような光景が広がっているな…。どうしてこうなった。



「なあ。統一感なさすぎひん?」


 心を抉らないでくれ。そしてなぜ俺に言う。



「自力で立てられる能力のある者は自力で立てた。それ以外は、有宮(ありみや)文香(ふみか)のシャイツァーで立ててある」

「ああ、せやから緑が多いんやねぇ…」


 彼女は合点がいったように手を叩く。



「彼女のシャイツァーは種袋だからな」


 便利なのだが、家の外観が緑固定。俺の家は土で茶。姉は試験管で白。それ以外に青や、赤…。そして普通の木造と。統一感がなさすぎる。



「で、これがこうなったんは「「ギャー!!」」二人の声!?」

「真横の姉の家から白煙が上がっているからそこだろうな」

「ほんまに!ありがとう!それと堪忍したって!」


 慌てたように走り去る。俺も追うか。謝るのはこちらだと思うんだが。



 2回折れると倒れる二人と心配そうな顔でワタワタと何かの準備をする青釧。



「青釧。二人はどうだ?」

「わからへん!命に別状はなさそう!」

「了解。じゃ、俺に任せろ」


 恐らく催眠系だろう。倒れて頭を打っていないか心配だな。パズルを解いて…、『ヒール』



「おそらくこれでいいだろう」

「ほんまに。よかったぁ…」


 安心したような顔を見せる青釧。



「青釧。一つ忠告。倒れた人に何の確認もなく近づくのはまずいぞ。俺は姉が「こういう煙を一瞬で消えるようにしていることを知っていた」から近づいたが。最悪、お前も巻き込まれるぞ」

「せやね。ありがとう。動転してたわ。あ、それとごめんな。堪忍したって!」


 がバッと土下座する勢いの青釧を手で制す。不思議そうな顔をする彼女に俺は尋ねる。



「なあ、この村に入るときに説明を受けたか?」

「説明?なんやのそれ?「あー!久しぶりやね!あおちゃん!いらっしゃい!」これだけやよ?」

「やっぱりか…。説明の徹底を改めて布告する必要がある。ともかく謝る必要はない」


 申し訳なさそうな顔が困惑に包まれる。そうなるよな…。



「とりあえず、起こすで?寝かしたままなんはかわいそうやし…」

「ああ。俺も手伝おう」


 起こすために体をゆする。…弱いか。もっと強く。起きない。なら、ひっぱたくか。…起きない。姉ぇ…。何しやがった…。



「ちょ、起きひんよ!?ヤバいのんくらったん!?」

「青釧。姉だぞ」

「やから、心配なんやん!こんだけ叫んで出てこおへんし!」


 かなり焦っている青釧には申し訳ないが、姉だしな…。



 せめて、さっさと開けてもらうか。迂闊に開けられない。開けるとまた巻き込まれるかもしれない。あげく、叩くのも怖い。ドンドン叩いて何かの拍子に開いても困る。



 そもそも、集中した姉には、俺の声しか届かないだろうが。



 力の限り叫ぶ。そうやって呼び掛けることおよそ3分。



「なんだ。弟。うるさいぞ。今、いいところなんだ」


 不快を隠しもせず姉がやっと出てきた。喉が痛い。



 話そうとする青釧を手で制する。先に俺だ。でなければ言葉が届かない。



「姉。罠に何仕込んだ」

「ん?ひっかかった阿保がいたのか。む?座馬井兄妹か?」

「物扱いやめろ。あと、青釧もいるぞ」

「ん?ああ。本当だな。青釧嬢久しぶり」

「相変わらずやねぇ…。薫はん。はやくなんとかしたってくれへん?」


 すこし潤んだ目で姉に訴える。



「これを嗅がせろ。すぐに起きる」

「投げるなよ」

「ああ。すまんな。もう投げた」


 ………。



 二人に試験管に入った薬 (たぶん)が投げつけられ、二人に当たって砕け散る。シャイツァーで作ったものだったのだろう、試験管は破片も残さず消えた。



「はっ!?ここは?ここは…、コーカサス地方!」

「なんでやねん!」


 律の鋭いツッコミが条二の頭を捉え、軽快な音を立てる。起きた途端にこれか。周りを見渡した後にすることじゃないだろうに。



 コーカサス地方は…、アゼルバイジャン、ジョージア、アルメニア等が存在する山岳地帯だったか。バルカン半島同様、民族が多すぎて火薬庫に例えられることもある。



「弟。現実逃避をするな。漫才を止めてやれ。青釧嬢は泣いているのか使い物にならん」

「姉。原因は姉だぞ」

「だろうな。だが、ああいうのは姉の管轄外だ」


 相変わらずすぎるぞ。姉。



「脊椎動物!」

「おい。二人とも。久しぶり」

「ん?ああ。久しぶり。賢人」

「久しぶりやな。西光寺君」


 どうやったらコーカサスから、脊椎動物にまで飛躍するのかわからないが、こちらを向いてくれた。



「すまない。姉の家に勝手に入るなと、伝え忘れていた」

「そもそも、勝手に人の家に入ろうとする神経がわからんがな」

「姉。確かにそうだが黙ってろ」

「ちゃうねん。勝手に開いてん」

「あんたが体重かけるからやろ、阿保ぅ!」


 ツッコミが冴えわたる。



「もたれかかったのか。ご愁傷さまだな。罠の効果を試したくて仕方なかったから鍵をかけていなかったんだ」


 姉…。



「罠?もしかしなくてもテレビでよく出てる…、ホ…ホ…ホルモンなん!?」

「絶対違うわ!阿保!兄ちゃんホルムアルデヒドや!」


 ペシッ! と甲高い音が響く。ん? テレビでホルムアルデヒド?



「違う。メタナールではない」

「姉。わざわざIUPAC規則名を持ち出すな。慣用名で言ってんだからそれに合わせろ。大混乱しているぞ」


 「メタ…ナール?なぁにそれぇ?」とでも言いだしそうだ。



「慣用名なんかより、系統化された名前の方が美しい」

「同意するが、姉。姉は大量にある文献すべてを書き直させる気か?」


 そもそも、この前は普通に慣用名で言っていた気がするのだが。だが、それを言ったところで、「長すぎて面倒くさいうえ、弟しか理解してくれないから面倒だ」と返されるだろうが。



「無駄な労力だな」

「だろ?電流の流れの正の向きと電子の流れの向きが一致してないのと同じ。諦めろ」

「なあ、あの子らに説明したってくれはれへん?いい加減かわいそうやわ」


 漫才始めているが。かわいそうか。



「姉。説明」

「ん?いいぞ。条二氏。律嬢。これはメタナール、もといホルムアルデヒドではない」

「何でや!ホルムアルデヒドとちゃうんか!?」

「そもそも気絶=ホルムアルデヒドは短絡的すぎるぞ。あの一瞬で気絶に持って行けるわけがない。言っていた通りテレビの影響…、む?なあ。条二氏が本当に言いたかったのは、トリクロロメタン…、もとい、クロロホルムではないか?テレビでよく出ているのはそちらのはずだぞ?」


 二人ともハッとした顔に。



 クロロホルムは一瞬では気絶しないが、吸い続けた場合普通に気絶する。扱いは要注意。まぁ、どのような化学薬品にも言えるが。



「やはりか。ホルムアルデヒドは、ホルマリンか麻酔だな、こちらもやはり気絶する。一瞬ではしない」

「なるほどね。じゃあさ、それは何なん?」

「これか?これは私がシャイツァーでいじったものだ。元は……何だったか。ノートでも後で見直すか」


 覚えておけよ姉…。



「とりあえず出てくれ。話をしよう。鍵を閉める」

「薫ちゃんは相変わらず、マイペースやね!」

「それが私だからな。よし、鍵閉めたぞ。広場にでも行くか」


 悪びれもしないし、振り返りもせず歩いてゆく。



「ついたぞ。まぁ、適当に座れ」


 皆、姉に態度に対して何か言っても無駄なことは承知しているからか、何も言わずに座る。



「本当に広場やねんななぁ。座る椅子があるだけやねぇ」

「噴水を作る技術などない。自噴井があるわけでもなし」

「さよか」

「で、身の上話でもざっくりするか」

「「聞きたい!」」


 いきなり立ち上がってきて目の前に。落ち着け。



「あはは。ごめんなぁ。先に話したってくれはる?うちらはその後って感じでええ?」


 苦労してそうだな。青釧。



「構わない。じゃあ、弟任せた」


 返事したのに丸投げか…。



「話は簡単だ。ここ『エルツェル』で、遺跡を探そうとしたが…。ろくな遺跡がなかった」

「せやったっけ?」

「せやで。兄ちゃん。見てきたやろ?あの打ち捨てられた遺跡」

「ああ、あれやね。あれ。あの…、あれやね」

「兄ちゃん、語彙力メルトしてるで」

「何で英語なん?」

「何となくや。ともかくや、この国で目立つ遺跡は基本的に荒れ果てていたやろ?」

「あー、せやったかな」

「話戻すぞ?未発掘の遺跡が多いと言われていたが、あれは半分嘘だ」

「「ナッ、ナッンドゥアットゥエー!?」」


 脱線しそうだったので戻したのに、今度は飛んでいきそうだ。軌道修正をかけないと…。



「正確には、国土の北の方の遺跡。あれはほぼ探索済み。未発掘の遺跡は南にたくさんある。そのうちの一個は探索したぞ」

「どやった?」

「何もなかった。」

「ほんまに?ほんまに何もなかったんか?」

「特筆すべきものは特には」

「弟の言うことは本当だ。問題はそれ以外だ」

「ああ…、そういうことやねんねぇ」


 来た当初に俺と会話していた青釧は察したようだ。



「青ちゃん!どういうことなん?」

「さすが青釧さん!俺にも教えてくれ!」

「えぇ…、何でうちに聞くん?うちに聞くんやのうてさ、本人に聞きいや」

「「せやね」」


 キラキラした目でこっちを見てくる。息ぴったり。



「断崖を見て欲しい」


 座馬井兄妹が同時に崖を見る。



「おい。弟。座馬井兄妹が見ているが、見たところで、視力が良くないとここからでは見えないぞ」

「知ってる。止める間もなかった」


 兄妹がグリンと振り返る。不気味だ。



「何で先いわへんの!?阿保なん!?」

「りっちゃん。賢人に阿保って言うたらあかんで。」

「兄ちゃん!あたしそんな意味で言うてへん!賢人君に学力的な意味で阿保って言うとか虚しいだけや!」


 「ベシィン!」とかなり痛そうな音。絶対に痛い。



「二人ともやめてくれはらへん?虚しいだけやないの」

「「せやな」」

「見てくれればわかるだろうが、途中のいたるところに遺跡がある」

「元は一つだったと私は思っているが、そもそもたどり着けん。エルフが絡んでいるのかもしれんな」

「何でエルフなん?」

「崖を超えればエルフ領域だ」

「「へぇー」」


 納得していただけたようで何より。



「で、青釧嬢の方は?」

「うち?うちらはねぇ…、幽霊騎士?みたいなんを倒したぐらいやねぇ…」

「めっちゃ強かったで!青釧さんがぼっこぼこにしたけど!」


 全く伝わらんな。



「舞ってん。めっちゃ舞ってん」


 律が気づいたようで補足してくるが、相変わらずよくわからない。



「まぁ、実際にやってみましょか。攻撃以外にもできることあるし」

「じゃあ、俺らもやるわ!賢人!みんな集めてくれへんか!?」


 せっかちだな。



 まぁ、白煙如きでは皆、集まらないから集める必要があるのは確かか。……日頃の行いのせい。どうせ全員、「ああ、また姉がやらかしたか」その認識。



「弟。やってやれ。魔法で集めろ」

「はいはい」


 魔法は…、いつものように『コール』で。花火のように文字を表示するだけ。パズルは…、簡単だな。片手で2秒もあれば十分。



「姉。やるぞ」

「ああ」

「『コール』」


 空に音とともに、文字が出現する。文字は簡単に、「青釧が来ているので広場に集合」素早く全員集まる。



「さすが賢人!もう集まってきたぞ!」

「数回使っているからな」


 俺が凄いのではなく、皆の対応力が凄いのだ。情報は青釧が来ただけだぞ。とりあえず、椅子を動かして舞える環境に。



「全員そろいはった?」


 終わるなり確認してくる青釧。……揃ってるな。よし。頷きを返す。



「ほな、舞いましょか。りっちゃん、じょーくん。笛と太鼓」

「「りょーかい!」」


 青釧がしゃがみ、兄妹が楽器を構える。一拍の後、優しい音が鳴り始める。



 兄は笛を吹き、妹は太鼓を叩く。音を聞く限り、和楽器。優し気な音色とともに、しゃがみこんだ青釧が手にもった扇とともにふわりふわりと服の裾を舞い上げながら立ち上がる。立ち上がりきり、パッと扇を振ればそれに合わせて花弁が飛び出す。それを見て「わっ」と歓声が上がる。



「弟。彼女の扇はシャイツァーみたいだな」

「ああ。あの花びらも全て魔力で出来ているようだ」

「わぁぁ!」


 クルクルと舞う青釧に合わせ、律が太鼓を叩き、条二が笛を吹く。律の太鼓に合わせてバチバチと雷が迸り、条二の笛に合わせ笛の穴から緑の風が広がり、背後に白い袋が広がる。青釧の広げた右手に雷光、左手に緑風。青釧が回るのに合わせてそれも同時に回る。ため息が出るほどの連携。



 花びらが地面に積み上がってくると、風が青釧の作り上げた花びらを巻き上げ始める。



 青釧を中心に吹きすさぶ緑色の上昇気流が、落ちた花弁を舞い上げる。花弁はしゅるり空を切ると、青釧より少し離れたところでひらりひらり落ちる。



 雷はその落ちる花びらを空中で焼き、ひとときの紅蓮をもたらし、青釧の舞に彩を加える。花弁の隙間より見える青釧の顔は、舞うのが楽しいらしく少し紅潮しており、何とも言えない魅力がある。…綺麗だな。



「弟。増えたぞ」

「んあ?ああ。そうだな。あの律の太鼓の形状と、バチバチ迸る美しい光」

「条二氏の笛と呼応するように翻る、あの白い袋」

「……風神・雷神の再現か」

「だな。となると、青釧嬢はさしずめそれらを宥める飼い主か」


 崩れ落ちそうになった。俺でさえ見とれるような舞を見て、抱く感想がそれとはあんまりだろう。



「姉。他に言い方はないのか?」

「ないな。そもそも姉は風神・雷神の逸話に詳しくない。お前もな」

「…そうだな。だが、飼い主はよせ。絶対微妙な顔されるから」

「では、神殺しとでもしておくか」

「だな」


 これでも脅している感じにはなるが……、致命的に合わないわけではないからいいだろう。むしろ、切れ長の目に、ドSそうな外見的にぴったりだ。



 …青釧の視線をもろに感じる。見ろと。



 先ほどより花びらが増え、光が走り、燃える花が増えた。緑の風が渦を成して、隣の花びらに引火させる。白、桃、赤、緑。コントラストがうまく言葉に出来ないほど美しい。



 そして、それに負けない舞を披露する青釧。律と条二は、主役は彼女とばかりに存在感を消す。それ故にか、視線が自然と青釧に吸い寄せられ、目が離せなくなる。…綺麗だ。うちの姉と同じくらいに。汗をかいているからか、青釧の肌が艶やかに輝く。何というか大人の魅力がある。



 ……それこそ襲い掛かりたいくらいに。



 …ん?この思考はおかしいぞ。絶対に。何とは言えないが、絶対におかしい。パズルを解く。ん? …おかしい、解けない。いつもよりも速度が遅い…。5秒で解けるものが、20秒かかった。『ヒール』



 光が俺を包むよし。姉は…、大丈夫。はなから舞など眼中にない。他の皆は…、目がおかしい。くそったれ! なんでもっと早く気付かなかった!



「ん?弟。どうした?」


 相変わらず舞ってやがるな。…何を考えているのかわからない。パズルを解く。……複雑ではないはずなのだが…、回復したところですぐに本調子とはいかないか! 100面キューブごときでここまで手間取るか! ああ、くそ! 行き過ぎた! ここを右に3回転。5列目の3番目を8回、そしてここを右に! よし、道筋は見えた!



これで…、できた! 『エリアヒール』



「「「わぁああああああぁぁ!」」」


 俺の魔法が発動すると同時に花びらが全て燃え、舞が終了。皆の目も戻っている。



「青釧嬢が何かしでかしたか」

「ああ。話を聞くぞ。姉は兄妹の足止めを頼む」

「任された」


 物理的に足止めをしそうだが…、やりすぎそうならみんなが止めてくれるだろう。



「青釧。いいか?」

「ええよ?」


 ニッコリ笑いやがった。おそらく兄妹は何も知らない。そして青釧は何も言わずに俺の家に。ほんと、こいつ、何考えてやがる。



「おい、青釧。あれはどういう了見だ。姉と俺以外完全にお前の術中だったぞ」

「どうもせぇへんよ?ただ、うちのシャイツァーはこんなんも出来るんやよ。それのアピールやねぇ」

「あれは魅了状態とでも言うべき状態だったが?」

「あのままやったらうちの思うがままーってね。それが言いたいんやろ?」


 俺の怒りを感じているだろうに、先に言うか…。



「ああ。さすがにあれは容認できない。いつでも殺せる。いつでも捨て駒にできる状況。お前、一体何がしたかった?皆に何をするつもりだった?答えによっては…」


 「ここで殺すぞ?」そう続けようとしたが、その言葉は青釧に遮られる。



「せやねぇ…、お節介になるんなぁ?」

「何故首を傾げる?」

「うーん、なんとも言えへんのやけど…。西光寺はん。今日一緒におって何とな―く思ったんやけど、リーダーであろうとしすぎてはれへん?」

「は?俺がリーダーであろうとしすぎている?馬鹿な。俺は俺だ。そんなわけがあるか」

「ほんまに?うちにはそんな風に、みんなのために(・・・・・・)本気(・・)で怒ってはる時点で、そうやと思ったんやけど…。ほら、やっぱり思い当たる節がありそうな顔してはるねぇ」


 ケラケラと青釧は笑う。



 …先ほどの言葉はほとんど俺が考えると同時に口から出た。これはどう考えても、俺らしくない。青釧はそのことに思い至った俺に言葉を投げかける。



「ま、うちがあんたに言いたいと思ったんは、うちとあんたが似ているからやね」

「いわゆる同類と?」

「言い得て妙やね、それ。そう同類」


 気に入ったようにうんうんとひとりで頷く。



「あんたは、姉さんが好き」

「ぶはっ」


 ちょっと待て。唾が気管に入った。何言ってるんだこいつ。



「ああ、ごめんなぁ。恋愛という意味ではないよ。どうしても失いたくないっていう意味やよ。ほら、昔のトラウマの関係やん。うちも同じ。あの二人だけは何があっても守るよ。例え誰をこの扇で叩き斬ることになっても」


 青釧の態度からそれが本気であることが伝わる。だが…、



「その思考は俺も変わらない。俺とて、姉に手をかけるというならば、その時点でそいつを殺す。が、それを伝えてどうする?お前も同類の時点で、人殺しはダメだとか言えないぞ?」

「だから、お節介っていう話に戻るわけやん。今、うちが実演したみたいにこの世界には魔法なんてあるおかげで、人を操ることはあっちよりもずいぶん簡単や」

「だろうな。城を出た当日にそれを目の当たりにした」

「あぁ…、薫はんやらかしてはるみたいやねぇ…」

「楽しそうに薬飲ませていたぞ。お前と違って、半ば脅迫だったがな」


 それを聞いても青釧の顔は変わらない。ただ、「ああ、もうやったんやねぇ」という顔だ。



「ま、それはいいわ。うちが言いたいのはやね、その守りたい人でさえ敵に回りうるって言うことやね。ちょうどうちらが戦ったアンデットみたいなんもおることやしな。もし、あんたの姉がそうなったらどうする?」


 …考えたことなかったな。いや、正しくはアンデッドを見たり、本で読んだりしたことはあっても、その可能性から意図的に目を逸らしていただけか…。”undead(アンデッド)”ねぇ…。ならば、答えは決まる。



「原因が人間ならそいつを殺す。生き物ならばそいつを殺す。いや、殺すだけじゃ駄目だ。足りない。この世に生まれたことを後悔させる。その後、姉をもとに戻せないのであれば……」


 ……俺はどうするのだろう。いや、答えはとうに出ている。



「眠らせてやる」


 化学に興味のない姉など、姉ではない。



「眠らせたら、丁寧に埋葬する」

「それから?西光寺はんはどうするの?」

「俺?俺は……普通に生きるか、研究でもする」


 喪失感はえぐいだろうが、だからと言って、心中していいわけではないだろう。



 俺の答えを聞いて、青釧は頭をポリポリと掻く。



「ありゃ。同類認定は撤回せんとあかんねぇ、うちとは根本が違うわ」

「どういうことだ?あれか、お前も「賢人が普通?ありえねー。ああ、10年おきに世界を変える技術を開発するのが普通なんですね。わかりますわかります」とでも言うつもりか?」

「その友達、かなりあんさんを過小評価してはるねぇ…、それか、自重してはるのか」


 顔を引きつらせる青釧。言いたいことは違ったようだが、お前もか。お前もなのか…。



「同類認定の撤回は、あれよ。生き方、というか生きる意味っていうところよ。西光寺はんは一人でも生きていける。でも、うちは無理やね。少なくとも今は、あの子らのいないところで舞う気なんてさらさらないんよ。な。違うやろ?」

「確かにな」

「あー、後、ちょっとちゃうけど、極限状態やと人間なんて生存本能で裏切るなんてザラやで?」

「ああ。小説や、ドラマではよく見るな」

「ああ、あれ普通にあるよ」


 さらりと紡がれた言葉。その速度とは裏腹に、青釧の声は凍り付いていた。



「とりあえず、後悔せんように言いたかっただけや。ただの自己満足やよ。うちの言うてることなんて、一般的倫理観を持つ人から見たら破綻してるやろうしねぇ」

「一人を守るためにそのほかを切り捨てろって言ってるようなものだからな。俺も破綻しているから、気になどしないが」

「ま、西光寺はんが慣れないことしようとして押しつぶされて欲しくなかったんよ。大切な物を失って後悔することだけは避けて欲しかったんよ。全員で帰れたらそりゃええよ。でもなぁ、どうにもならへんときはほんまにうちらではどうにもできひんのよ。足の引っ張り合いになることは目に見えてるやん?」

「ああ、そうだな。…だが、ずいぶん人間に対して悲観的だな。俺が言えた義理ではないがな」


 俺のスタンスは姉最上位な。今、それが揺らいでいることを指摘されたわけだが。



「まぁ、昔、色々あったんよ。それに、さっきも言ったんやけど、魔法があるから殺す意識が薄うなるから…、ねぇ?」


 青釧はそこで言葉を濁した。その先に、彼女のトラウマがあることは容易に想像できた。



「まぁ、それには同意だな。俺と姉はそれに関わらず、刃物で殺したことはあるが、ここにいる皆は、殺したことはあっても、全て魔法だ」

「りっちゃんも、じょーくんもやよ。ま、血に濡れるのはうちだけで十分なんよ。あの二人には、必要のないもんやん」


 俺には何も言うことができなかった。ただ、彼女の声が震え、手が、足が小刻みに揺れて、頬をツーッと雫が流れた。



「あ!せやせや。あの二人が幽霊騎士舞って倒した言うてたやん?あれ、言葉のままやで。あの舞みたいに、扇で切りつけ肉…でええのかな?ま、肉を切りつけ、雷が焼き、風が穴をあけ、そいつにはりついた花びらが燃えたんや。それだけの話なんよ」

「そうなのか。…ありがとう。頑張ってみるよ」

「さよか」


 確かに俺は背負い込みすぎだった。姉至上主義とでも言うべきなのは変わらないが…、一応、班長だから…、そうあろうとしていることを俺自身が自覚して、ある程度はやってみる。



 俺はそれを言葉にしなかったが、青釧には通じたと思う。何よりそれを伝えてくれた本人だ。



「戻ろう。その後、崖に行こう。何故、探れないかを。明らかにしよう」

「そりゃええね。ほな、行きましょか」


 俺の横を彼女は歩く。彼女はもう既にいつもの顔になっていた。

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