88話 出発
「ハールラインとか言うのが勝てば、最悪戦争」
唐突すぎて何言っているのかよくわからない。
「それは本当か?」
「脅されている状況で、嘘ついてどうなるんだ?」
確かに。急いだほうが良さそうか。イベアにいるところを見られると、完全にアウトっぽい。粗雑そうなこの人でさえ、嫌っている印象がある。
「ハールラインって、どんな奴ですか?」
「ハールラインか?レーコ様の力を利用しようとする奴だが?」
「力?戦えないのに?」
「え゛。嘘を言うなk…、はい。ごめんなさい」
流れるように脅すね…。特にアイリ、子供と聞いた後でも、脅しのために突きつける鎌に一切の躊躇がない。
「事実ですよ。私は戦えません」
「本当ですか…」
落ちこむリーダー。
「それより、ハールラインだったか?そいつが勝つ確率は高いのか?」
「高いな。強いし屑」
「いつ頃その戦いは終わりそうだ?」
「知らないが、下手したらもう終わっている可能性がある」
うわぁ…。
「二人はどうしたいですか?」
「どうって?」
「とりあえず、今取れる行動は3つほどあります。それを説明しますね」
「ちなみに、獣人領域に行くのは確定だから」
「「何故?」」
二人仲良く首を傾げる。可愛い。
「仕事もありますけど、お米が食べたいです!」
「後、帰還方法ね。四季」
「…忘れてませんよ」
照れていてかわいい。触れないことにしてあげよう。ということで、ぽかんとしている二人も触れないように。
「その内容とは?」
「一つ目。この人たちをまとめて始末。もしくは、二つ目として。この人たちを放置して出発」
「メリットは、この人たちの扱いで頭を悩ませなくて済むことですね。デメリットは、人としてまずいということですかね」
「三つ目。連れて帰る。悪い扱いはされないだろう。メリットは情報がわかること。デメリットは、そもそもいつ出発できるのかわからないことかな。連れて帰る以上、扱いが確定するまでは責任を持つぞ」
「3しかないよな、それ!?」
「ですよね…。私も、同族は殺してほしくないですし…」
「了解。じゃあ、連れて帰ろう」
というか、最初からほぼそのつもりだけど。
「じゃ、連れて帰った後、俺らだけで出来る限り早く出発でいいか?」
「レイコちゃんもガロウ君もなんだかんだで、故郷が心配でしょうし、それでいいですよ」
「この人たちは連れて行くのか?」
「行かない。というか来ない」
「ん?どういうことだ?」
縛られている人が声をあげる。手で制したし、悪口を言う気配もなかったから、普通に発言できたようだ。
「貴方たち、離れて行動するのは嫌でしょう?というより、敵地に等しいところで、子供を置いていくような種族は、仲間が絡むと脳筋になるとは言わないでしょう?」
「となると、貴方たち全員を連れて行く必要がある。さすがに遅すぎる」
彼は目を丸くした。バレているとは思わなかったのか?
「じゃあ、戻るけど、いいか?」
全員頷く。
「よし、この数を引きずるとか不可能だし。歩いてもらおう。獣人さん。説得は任せた」
「え?」
「歩いて、イベアに戻ります。貴方たちからすれば、イベアに行く。ことになります」
「…あそこの王族は偏見がない。…大丈夫」
「私もそう証言します」
「レーコ様がそうおっしゃるならば…。わかりました。行きましょう」
名前覚えられていなくても、信じるんだ。というか、この子、俺らの中で一、二を争う信用しちゃダメな子だよ? いいの? 全然常識知らないもの。でも、何も言わないよ。そっちの方が楽だ。
縛った人を一か所に集める。子供と聞いてしまったから、寒空の下で水をぶっかけるとかいう鬼畜なことはしたくない。でも、一人ずつ起こすのも手間。というわけで、2回目の電気ショック。触媒
魔法である必要はない、だって、気つけが出来ればいいからね。まぁ、そもそもしばらくは使えないけど。さて、書き直そう。
サッと書き直して…、
「じゃあ。やるよ」
「一人でやります?」
「ああ。魔法を強くしすぎて心臓発作でも起こされると困る」
「なるほどです」
「じゃあ、皆。離れて。当たってもたぶんピリッとするぐらいで済むと思うけれど」
俺は獣人たちの中心に移動。距離を取ってくれたことを確認して…、
「『電気ショック』」
紙から電気が広がり、寝そべる獣人を感電させる。一瞬だから、許して。ごめんね。
電撃を喰らった獣人達は意識を取り戻したようで目をぱちくりさせる。よし、
「ん?」
「小突かれて、間抜けな声出していないで、早く話して」
「あ。ああ」
自分勝手に話し出されるとまた話が進まなくなるからね。
「皆!聞け!ああ。言いたいことが色々あるのはわかってる。まずは、聞いてくれ」
自分たちが縛られていることに気づいて動揺しだした人もいたが、彼の声でまずは話を聞くことにしたようだ。
「仲間は見つかった。今、そばにいる人間の皆さんが保護してくださっていたようだ。おい。コラァ!話を聞け!動揺してもいいが、話を遮るな!」
再び動揺が広がりかけたが、抑えた。人間と聞いたのが原因だろう。子供だったら動揺すると思うんだが…、これは、この人が凄いのか、子供たちが凄いのか、判断に困る。
「この人たち曰く、イベアの王は信用できるらしい。ああ。我らの身の上話はしてある。故に、とりあえずイベアに行く。もちろん信用できないのはわかる。それはもう、非常に、非常に、非常に、h……よくわかる」
感情こめすぎ。こめすぎたせいで、獣人のみんなからは見えない位置で、アイリとカレンがわざとらしく、「いい加減にして」とばかりに鎌と弓でチャキッと音を立てた。
「だが、自分の体を見て欲しい」
何事もないように、話し続けるリーダー。動揺を外に出しちゃうと説得できなくなるから…。さっきの脅しは悪手だったか。二人とも、やはり俺らが絡むと暴走するきらいがある。でも、多分修正不能。
「全く傷はないだろう?襲い掛かった我らに配慮してくださったのだ。これで彼らは信用できるだろう。ということは、彼らが信頼を寄せる人物も信用に足る人物であるはずだ!」
「「「うぉぉぉぉぉ!」」」
歓声が上がる。
論理飛躍が存在している気がする上、無傷 (外は)だ。体の中は電撃で火傷している可能性がある。さらに、みんな縛られている。と、ツッコミどころ満載な状況。でも、とりあえず、大部分の同意を得られた。
言い切るというのは強いな。相手に与える安心感という意味で。
ましてや、言い切る相手が、普段から信用されている人物であれば、その効果は跳ねあがる。さっきあげた変な点を全て「まぁ、あの人が言い切るなら…」と無視させることができる。さすがに、まともに思考できる大人は無理っぽいけど、雰囲気に呑まれて発言が出来ない。数の暴力は偉大だ。まぁ、個別で説得してもらおう。
「じゃ、残りの説得は頑張れ。子供の縄を切るから」
「あ?ああ」
「…もし、説得に失敗して危害を加えるようなら……、容赦しない」
「即死だけ、は避けてあげるよー」
「全力でやらせていただきます」
脅されすぎて、ちょっとかわいそうになってくるな…。抑えないけど。
獣人の子供たちに殺気を叩きつけないあたり、気配りができていると言えなくもない…か。彼からすれば、「だから何だ」という話であることには変わりはないけど。
「じゃ、縄切っていくよ」
「…わたしに任せて」
「ボクもやるー」
「じゃあ、俺も」
「では、私も」
「じゃあ、俺も」
「「「「待ってて」」」」
「「あ。うん」」
縄を切った瞬間、反撃されるのを警戒してるのだろうけど…、やらせてくれてもいいのに。武器あるし…。
「…お父さん。お母さん。縄の痕が…」
獣人の人の肌に縄が食い込み、少し青い痕ができている。強く結んだからねぇ…。
「大人だと思ってましたし、仕方ないです。ですが.かわいそうですね。一か所に集めてください。まとめて回復させましょう。いいですよね?」
「ああ。問題ない」
せっせと5人が45人の縄を切る。レイコは子供達にも有名らしく、「集まれ」と声をかればそれで集まってくれた。
「「『『回復』』」」
光が全員を包む。何が起きたのかとばかりに目をパチパチ。そして、「うわぁい!」と声をあげる。…ギャップが凄いな。男の子たちしか見えないからかな。
で、今のがよかったのか、難航していたっぽい説得も終わったみたい。
ぽい、なのは、説得風景なぞ見ていてもまるで楽しくない。皆を見ている方がよっぽど楽しい。という理由でロクに見てなかったから。
「戻るぞ」
「歩きで?」
「当然。というか、それしか方法はない。俺らがいれば攻撃はされないはず」
「回復したので、頑張ってください」
夜の砂漠を戻る。少し寒いけれど、集まって戻れば暖かい。こけないように注意しながら砂漠をひた走る。レイコが早く獣人領域に行きたいというので急いで戻ろう。
皆で、どたどた、とっとこ走る。
「門が見えてきたな」
「ですねぇ。閉まってますけれど」
「本当に攻撃されないだろうな?」
俺らがいるけど、確証はない。この大人数だし。数が多いと、威圧感は増すからね…。
「おい。もしもーし?」
「…先触れしようか?」
見かねたアイリが助け舟を出してくれた。
「そうだね。任せた」
「お願いしましょう」
「じゃあ、頼む」
「…ん」
「待ってボクの方がいーよ!」
びよんびよんと弓の弦をはじくカレン。…確かに早そうだ。ただ、カレンの説明で伝わるか? 説明雑だからな…。
「…仕方ない。カレン。一緒に行こう」
「やったー!お姉ちゃんと一緒ー!」
決死の覚悟を決めたような顔をするアイリと嬉しそうなカレンの落差が酷い。ごめん。アイリ。
「…鎌出すから、矢」
「はい!」
歩きながら、矢と鎌をくっつけて、流れるように発射!
綺麗に発射したな…。それに、カレンの顔はウキウキと輝いていた。ただ、アイリの顔は死んでいたが。本当にごめん。
矢はまっすぐグラム=ヘルサの最上階に。さすがだ。
走ること暫し、無事に門が開いた。
「ハハハハハ!おk、「デグラァ!獣人の皆さんが驚くでしょうがぁ!」ゲッフガァ!」
クリアナさんの割としっかりした理由のある回し蹴りがデグラさんを襲う!
「あ。おかえりなさーい」
デグラさんを蹴りぬいたそのままのさわやかな顔で、こちらに挨拶をするクリアナさん。表情と行為がまるで釣り合っていないし、唐突な蹴りによって獣人の皆が驚いている。笑わせておいた方がよかったんじゃないかなぁ…。
「よう。お帰り」
「ああ。ただいま」
「ただいまです」
ナイス、タク。今の流れをぶった切ってくれた。とりあえず中に入る。
「ずいぶんな大所帯だな」
「説明は中でさらっとする。それに急いで出発する」
「急すぎじゃねぇ?」
「ああ。それも説明するから」
「兵士さん。皆さんに、暖かいものを。子供が多く、寒そうなので」
「かしこまりました」
さすが四季。よく気が利く。なお、寒がっている原因の半分くらいは夜の砂漠に縛って放置したことな気がしなくもない。マッチポンプ……?
「説明よろしく」
「ハハハ!お願いします!」
「うわぁ、もう戻ってきた」
回し蹴りを喰らっていたはずなのに、復帰が早い。
ま、さっくり説明しよう。
_____
「なるほど…、そういうわけで急ぎたいのですね」
「我々としても、ハールラインとやらが攻めてきて、全面戦争はごめん被りますな!ハハハ!」
「私、馬車がどうなったか聞いてきます」
「ああ。頼む」
クリアナさんが立ちあがり、王宮へ。
「私は獣人の皆さんの処遇を伺ってきます。おい!兵士ども!雑な扱いしたら、クリアナと一緒に砂漠にねじ込むぞ!」
「「「はい!」」」
「ちょ、デグラァ!?」
デグラさんも出て行った。クリアナさんの叫び声が聞こえたが、激しく同意する。どんな罰ゲームだ…。扱いは彼女らしいけどさ…。
「しばらく待機か」
「ですね。…あ。いつでも出発できるように荷物取ってきます」
「待って。俺が行く。座ってて」
「いえ、タクさんとお話ししていてください。次、いつ会えるかわかりませんから」
「…確かにそうか。お願いするね」
「任せてください」
四季は茶目っ気たっぷりにウインクをすると、「やっちゃった。」と言いたげに、顔を赤くしながらパタパタと部屋を出て行った。ウインク上手だね。四季…。突然すぎて、何も反応できなかったよ…。
「はいはい。いつまで見とれてんだ。お前」
「んあ?ああ。ごめん。子供達もついて行っちゃったし、適当にしゃべってようか」
「ほんとだな。自由だな。お前らの子供」
「空気を読んでくれたのかもしれない」
二人でお話しさせてあげようとね。
「そうか。ま、いいだろ。話そうぜ。適当に」
だな。適当におしゃべり。途中から兵士さんも交える。そうしているといつの間にか議題は、「自分の好きな人」に。どうしてこうなった。
______
あれ? 朝だ。話している間の記憶がない。…疲れていたのか? 何で? あれ? 何でこんなところで寝ていたんだ? しかもタク、兵士さん達と一緒に。あれ? 最後の記憶は…、「不敬ですよ!」か? …思い出してもろくなことなさそう。やめておこう。
顔を合わせた四季の顔が桜色に染まったり、ルキィ王女に申し訳なさそうな顔されたり、クリアナさん、そのほかが砂糖を吐きそうな顔を見せてきたけど。思い出さないでおこう。
たとえ、タクから「ルキィ様が顔を合わせてくれない」や「何で俺も、お前と同じ目でみられているの?」と愚痴られたり、男性兵士さん達が、女性兵士さん達からゴミを見るような目で見られていたり、なぜかカップルが数組できているような気がしたりする。それでも思い出す努力をするのはやめておこう。
とりあえず、着替えて一室に集まる。
「ルキィ様。初めまして。デグラ=ムーライルです。ここの長をしております」
「初めまして。バシェル王国、第二王女ルキィ=カーツェルン=バシェルです」
「さて!皆さまに報告結果をお伝えいたしますぞ!アッハッハ!」
「ルキィ様。デグラはこんなのです。申し訳ありません」
「あ。はい。平気です。変人耐性はありますから」
クリアナさんは苦い顔。まぁ、そうだよな。変な人筆頭が、本人、好きなディナン様だし。…何で二人ともこっちを見るんです?
「ハハハ!獣人の皆さまは、ここで保護。もしくは、獣人領域に帰還。のどちらかですが…。保護でいいですよな?逃げて来たと、聞いておりますので」
「あ。ああ。お願いする」
「かしこまりました。空いている部屋にどうぞ。たまにサンゴが来ますが…」
「仕方あるまい。さすがに、王宮や街に入れてくれとは言えん。意識の問題もあるしな」
「そうですな。残念なことですが」
リーダーは微妙な顔になった。まぁ、俺らを殴ってきた理由が、人間は信用できない。が大部分を占めていたっぽしね。
「ああ。それに加え、保護した獣人の方々もいます。その方たちも合流を希望しているそうですが、どうします?」
それを聞いた瞬間、リーダーは地べたに一瞬で降りて土下座。「是非!ありがとうございます!」と、むせび泣く。全員ドン引き。気持ちはわかる。だが、やめて欲しい。かなり動きが気持ち悪かった。
「とりあえず、送り返す準備が整えば送り返すことになっています。シュウ様方と一緒に帰るという方法もありますが…」
ブンブンと首が外れるんじゃないかと思ってしまうほど激しく首を横に振る。知ってた。
逃げてきたのに悪化している可能性のある所に戻ってどうするんだって話しだ。
「やはり、シュウ様方はシュウ様方で行ってもらうということになりますな。ハハハ!」
「鉄火場に首を突っ込むことになるんですよねぇ…。おそらく皆さまなら大丈夫でしょうが。あ、馬車の話ですg「バァン!」」
ドアが猛烈な音を立てて開く。
「我が説明しよう!」
「うるさいですよ。貴方」
ドアを激しく開けて、ルキィ様の冷たい視線にさらされてるディナン様。何やってんだろうこの人。
「馬車の準備は出来てる。お前らが買い物に行くとか言ってたが、それは無理になったから、適当に詰め込んでおいた。返品は受け付けない。で、その目録とギルドカードだ」
「え。あ。はい。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
ぐいぐいと押し付けるように渡された。ディナン様は言った通り返品は受け付けたくないみたいだ。
「で、もう出発するのか?出発できるように十二分の物資は積んであるが」
「そうですね…。どうしよっか。どう?四季?」
「出発しましょう。準備できた以上、これ以上時間をかける必要はありません。状況が不明ですが、早ければまだ、悪化しないうちに到着できる可能性はあります」
「そうだね。じゃ、出発しますか」
アイリとカレンは平常運転。レイコとガロウは、できたら早くしてくれる方が嬉しい。そんな顔。故に、何も言わない。嬉しそうに首を振るのみ。
メピセネ砂漠に出ると、センが馬車と待っていた。やたらと嬉しそうな顔をするなぁ、セン。
「馬車。大きくなったことしかわからないんですけど」
「…だね」
「仕様書も付けとくか。ほい」
「最初からつけろ」という言葉は頑張って無事呑みこんだ。表情には出ているだろうけれど。さて、御者台に乗り込んでっと、
「では、また。機会があれば」
「慌ただしいですが、さようなら!」
「ヒヒィィィン!」
センが高く嘶き、馬車は砂漠の砂を巻き上げ走り出す。
「…兵士さんが見送ってくれているね」
「獣人さんたちもいるよー!」
「ディナン様以外の、王族も見送ってくれていますね」
「本当に?」
「はい。見送ってくれていますよ」
「まじか…。忙しいだろうに…」
「お父様とお母様の、思考傾向を読まれているのではないでしょうか?」
「かもしれないね…」
今回は、「レイコとガロウの意見を優先するだろう」って、ことかな?
報告に行ったのはクリアナさんだったから、クリアナさんに読まれたのかもしれない。なんか悔しいな。
「ま、いいか。セン。慣れない子もいるし、改装後初めてだから手加減してね」
「ブルルッ!」
「誰に言っているの?」と言わんばかりの声。そっか。そうだよね。
さて、お米に期待したいけど、まずはひと悶着ありそう。ハールラインとかいうやつが負けてりゃいいんだけど…。