87話 激突
『獣人襲撃』その言葉にレイコとガロウの顔色は目に見えて悪くなった。
しかし、二人の反応とは裏腹に、二人を除く全員の反応は同じ。「ああ、やっぱりかあ」である。
「あれ、どうします?」
「ハハハ!わからん!」
「ちゃんと考えなさいよ。デグラ」
「俺にそんな高度な政治的判断を求めるな!ばーかぁ!」
「は?馬鹿って言うほうが馬鹿なんですよ!」
「あ?てめぇ!?俺に向かってバカとはなんだ馬鹿とは!?」
「事実でしょうがぁ!」
……子供かな? まぁ、放っておこう。兵士さんがしっかりしてりゃたぶん問題ない。それはともかくどうしようか。…二人の悲しそうな顔をこれ以上見たくない。特にレイコ。来ないとか言ってたしね…。
「兵士さん。彼らの姿は?」
「姿ですか?」
あれ? 伝わってない?
「犬っぽい、猫っぽい、羽がある。などですよ。あってますよね?習君」
「補足ありがとう。それであってます」
「あ。そういうことですか。えーと…、全員、お二方に似てますね」
レイコとガロウを指さす。
「…私達の群ですね」
「だな」
「見間違いという可能性は?」
「暗くて見にくいですけれど…、おそらく間違いはないはずです」
「じゃあ、戌群でほぼ間違いないだろうな」
「おそらくは。ところで、何で来たんでしょう?」
「さぁ?戌群だけっぽいってことがポイントじゃない?」
「ですかね。ま、聞いてみましたけど、どのみち私達が取れる手段は限られていますよね…」
「だね」
さて、どうするのが正解か。全面戦争は何としても避けねばならない。さすがに知り合いも、俺らも巻き込まれるような大戦争は嫌だ。
となると…、定番じみてきたけど、勇者権力ゴリ押しでいいか。たぶん通じるだろう。だって、獣人族にも勇者の権力が通じるはずだ。歴史的に見ても。それに俺たちはどこかの国に属しているわけでもないし。これは家族皆と一緒にやれば補強できる…はず。
逆に不自然? …チラッと顔を青くしている二人を見る。ま、レイコとガロウがいる時点で疑われるか。そこは割り切るか。四季、アイリ、カレンを見る。よし、やろう。
「デグラさん。クリアナさん。俺らが出ます。レイコとガロウも含めて」
「「え!?」」
子供以下の喧嘩、もとい、罵りあいを続ける二人に声をかけてみたらこの反応。まじめに考えて。
「お前らが行くなら、俺も行こうか?」
「いえ、それはやめておかれた方がよいかと」
「ハハハ!俺もそう思いますぞ!」
「何故?……ああ。国との無関係を装うためか。習。俺はルキィ様の近衛だしな」
「ああ」
「お前らにだけ押し付けていいのか?」
「それが一番いいだろ。レイコ、ガロウもいるし」
「それで相手が激高すれば?」
「そんときゃ、お話しするさ」
「せいぜいスタンにとどめて置けよ」
「スタンって…。気絶と言えよ。となると、雷魔法かな」
「この前作ったやつではいささか火力不足ではありませんか?あれは、少数の人間用でしたよね?」
「確かに。じゃあ。書くよ」
言った瞬間に目の前に紙。さすがだ。
「字はどうします?」
「『電気ショック』は?」
「え。ダサくない?『敵を葬り去りし雷光』は?」
何言ってんだこいつ。
「ちょっと…」
「…ない」
「ないねー」
「ないです。」
「酷い」
「私でもありえないですね」
「ハハハ!ありえませぬな!」
「えぇ…」
俺が引いていると、四季、アイリ、カレン、レイコ、ガロウにクリアナさん、デグラさんにフルボッコにされるタク。残念でもないし当然。
「そりゃそうだろ。殺意しかねぇじゃねぇか。塵も残らねい。しかも、デストロイ。お前さぁ、気絶って言う言葉の意味知ってる?お前が言ったんだよ?辞書引く?」
「滅茶苦茶言ってくれるぜ、親友ぅ…。だが、そのへんの調整はきくだろ?」
「そうだが…。じゃあ、逆に聞くが、「名前がバカみたいに強そうな攻撃が、実はゴミ」とか、お前、それでいいのか?」
「……………ダメだな」
即答しろよ。お前なら即答するべき問いだろ!?
「それじゃあ、なんで『電気ショック』?」
「え?そりゃ…。あれだよ」
「あれ?ああ。あれか…」
「そう。命中率が100%じゃないと信用できない、ポッケの中の怪獣のあれ。雷、10万ボルトは死ぬから論外。な?それしかないだろ?」
「回避積まれる、命中下げられると、100でもあたらなくなるぜ。あれ。でも、あれさ、『電磁波』あったろ。あれが一番弱くなかった?」
「効くか?」
「怪獣に効くから大丈夫だろ。しかも麻痺だぜ?」
「まぁ、いいだろ」
「さいですか」
もう面倒だ。それに麻痺より気絶の方が、都合がいい。そんな気がする。特に今回は。
『電気ショック』
っと。
「後は、向こうへ行くだけ。」
「ねぇ、飛んでいくのー?」
「それはまだ考えてない。普通に降りて強行軍だ」
「じゃあ、この前のあれやるー?」
「「嫌」」
「何でー?」
「カレンにもな!」
「来て欲しいんです!」
「そうなのー?頼りにしてくれてるんだねー。わーい!」
本音としては、「嫌」これがかなりの比重を占めているけど、来て欲しいのは間違ってないしいいか。
周りの人の生暖かい目で察されそうだけど。カレンはよっぽど「来て欲しい」──すなわち、頼りにしている──という言葉が嬉しかったらしく、気づくそぶりはない。
とりあえず降下だ。いたってシンプルに縄を伝って下へ。そこから『身体強化』で走る。
「明かりはないぞ。足元に気を付けて」
「レイコちゃんは私が」
「おんぶか。俺がやろうか?」
「えっ…、私が嫌です。任せてください」
「了解。じゃあ、走ろう。四季は俺の後ろね。俺の姿を見て、足元の確認をして」
「よっと。はい。難易度高いですけどやってみますよ」
四季がレイコを背負いながら言う。
「じゃあ、走りましょう」
寒い夜の砂漠を走る。
ところで、獣人は? 上からなら見えたが、下に降りてしまうと見えないな。
「なあ、レイコ。ガロウ。臭いで獣人の位置がわかるか?」
「ああ。当然」
「私達の仲間です。臭いを間違えたりはしません」
自信満々という顔。頼もしい。
「…逆にこっちに来るんじゃない?」
「そーかもしれないねー」
「確かにそうだ。だが…」
「逆に好都合ですね。相手から来てくれるということでしょう?」
「…だね」
「ですが、油断なさらないでくださいね」
「わかってるよ」
スンスン、スンスンと二人の鼻が動く。
「あっちだ」
「あちらですね」
「了解。行くよ」
レイコもガロウも同じ方向を指さした。レイコ。背負われているのに、臭いを混同したりはしないのね。
砂漠を歩き続ける事、およそ20分。その間5回ほど進路調整をした。何で、グラム=ヘルサから北西方向に進んでるんだ? 地図では、獣人領域の最短距離は北東に進めばいいはずなのに。
「…人影見えたよ」
やっとか。結構な数がいそうだ。
殺気が凄い、うわぁ…。向こうが俄かに慌ただしくなったぞ…。
「習君。私の目には、散開し始めているように見えるんですけれど」
「友好的ではないか」
「ですね」
「とりあえず会話をしてみたいけど…」
「ダメでしょうねぇ」
暗いけれども、目だけはよく見える。輝いているからな。
目から窺える彼らの様子は…、敵意満載。といったところか。
先頭を進んできていた狼っぽい男が口を開く。
「貴様ら!同族がいるだろ!返せ!」
ちょっと待って。慌てて飛び出そうとしたアイリとカレンの腕をつかむ。よし。セーフ。
「…どうして止めるの?」
「そうだよー」
待って、力強い! 力強い! 手加減して、落ち着いて! 四季はレイコとガロウを一応隠しているから手伝えない。俺だけで二人を止めないと…。
「まずは、文明人らしくお話ししようよ。ね?」
「初対面の人に敵意満載にぶつけてくるのが文明人なのー?」
「ほら、攻撃されてないから…」
「…一般人なら失神してもおかしくない殺気なんだけどね」
「そうなの?全然わからなかった。それでも、止めて」
「…むぅ」
よし、止まった…か?
「おい。貴様ら。人の話を聞いているのか? さすがは野蛮な民族だ。やることが違う。それとも、貴様らが無能なのか?」
「「あ゛?」」
「抑えて。抑えて」
何故、核地雷を踏み抜いた! 折角爆発しないように抑えているのに! 鎌と弓が俺の 必死の抵抗にもかかわらずガタガタ動いている。あ。無理。
「四季!ごめん。助けて」
「了解です!アイリちゃん。カレンちゃん抑えて、抑えて」
「許さないよー!」
「…一般人如きにお父さんとお母さんを馬鹿にされるいわれは…ない!」
「周り見て周り」
話している獣人…は別にいい。自業自得。俺らの苦労を無駄にするから悪い。だが、それ以外の人が盛大に割喰ってる。明らかに顔色が悪い。足が震えている人もいる。
「…なるほど」
「むぅー」
「それでいい」
矛を収めてくれた。ふぅ。俺らが絡むと大暴走するな…。
「き、貴様ら!ど、どう。同族がいるだろ!」
仕切りなおそうとする獣人。ただし、足はガクガク震えている。
「まるで仕切りなおせていないから。その上、噛みまくりだ」
「貴様ら!ど、同族がいるだろ!」
えぇ…。もう一回仕切りなおすの…。
「まだ、ダメですね…」
「貴様ら!同族がいるだろ!?」
素直だな。おい。なんでいちいち仕切りなおすんだよ。
「…よくできました。偉い」
「えらーい」
「…う。うむ」
プライドの高そうな獣人は二人の恐怖の前にそれを複雑そうな顔をしながらも放り投げた。恐怖に屈したか…。
「で、で?いるのか?」
え、見えないのか? 見えること前提で二人とも連れてきたのに? 本当に? 四季ももう隠していないのに? さっきのやり取りで視野が狭くなっているのか?
「いたぞ!仲間がいたぞ!」
「なにぃ!?ああ!いた!しかもあれは…、姫か!?貴様ら!?何故教えない!?」
仲間が声をあげると、リーダーも声をあげる。
教えないも何もさ、あれで教えてもらえると思っているのか。通常の感性を持つ人間なら教える気が亡くなるぞ。あ、誤字ではないよ。
おそらく、人間相手だからこうなっているんだろう。…それでも十分問題なんだけど。で、何で何も言わないんだ?
あっ。横を見た瞬間察した。二人の目が死んでる。「何回言えば、わかるの?」そんな目。喋ろうとして威圧されたか。
「で、どうする?二人?」
「私ですか?お話してみたいです。私になら何か話してくださるかもしれません」
「ガロウは?」
「俺は、レイコに従う」
「了解。じゃ、どうぞ。俺らは真後ろにいるから」
いそいそと前に出るレイコ。その後ろには、俺達がズラッと。目の前にいた獣人たちが一歩下がった気がする。
「おお!レーコ様!私です、私!わかりますか!?」
必死だ。
「え?わかりません。」
「え゛」
……。名前知らないって言ってたもんね。極めて普通の結果。
「ゲフン。それはともかく…、一緒に帰りましょう!」
「嫌です。私はお父様、お母様と一緒にいるのです」
「ふぁ!?お父様とお母様?誰です?」
一瞬素に戻ったか。で、当然のようにレイコは俺ら二人を指さす。
「貴様らぁ!?洗脳したな!?」
獣人全員が一斉に構える。
「超展開。ってわけでもないよね…」
「ないですね。私とて、4人に何かあれば、短絡的思考に陥る可能性は十分にありますから。とはいえ、これではだめですね」
「だね。お話しの準備」
「はい。どうぞ」
四季と手を繋ぐ。
獣人のみんなから何やってんだという視線を向けられた気がする。どんな種族でも共通なのだろうか。だが、その動揺は一瞬。
「かかれ!」
「皆はしゃがめ!いくぞ!」
「触媒魔法ですね!」
「ああ!」
手をつないだまま、胸の前に振り上げ。
「「『『電気ショック』』」」
紙が消え、俺らを中心に同心円状に電気が空中を走る。普通の電気はどう考えてもこんな風には走らないはず。だから、これは俺らのイメージの産物。対象識別は出来るかどうか微妙だったので、しゃがんでもらった。
…俺らの身長から考えて、しゃがまなくてもアイリとカレンには絶対に当たらないし、レイコ、ガロウも多分当たらない。ということは内緒。
それはともかく、紙から現れた電気は獣人が躱す間もなく、広がって直撃。
「アババババ!」
酷い声をあげて感電。
ジュッ!
「なっちゃいけない音がしましたよ」
「たぶん大丈夫」
自信はない。でも、一瞬だし、きっと…。
バタン
膝をついて獣人たちが倒れる。
「傷は?」
「大丈夫そうです」
「それはよかった。じゃ、縛ろうか」
「はい。それからお話ししましょう」
「じゃあ、縛るよ」
って、もうやってる…。ガロウも含めて四季と俺以外全員やってる…。ま、いいか。その方がてっとりばやい。縛って…。よし。
「起きろ」
とりあえず、リーダーっぽい奴を蹴る。縛るまでにひどい目にあっている気がするが、少しむかついているから仕方ない。甘んじて受けろ。
「はい。おはよう」
「ぐっ、貴様」
「…聞かれたこと以外しゃべるな」
「むのー」
「ひっ」
鎌が首に、引き絞られた矢が眉間に。
完全に脅し。よほど、俺らを雑に扱われたことを、腹に据えかねているらしい。その方が、話しが早く進んでいいか。…? 脅されているだけなのに失望の色が見えるな。…俺の感性がおかしいのか? ま、いい。
「さっさと、こっちの質問に答えてもらおう」
「すがるように見られましても、困ります。私は、お父様と、お母様のやることなすことに異議は申し上げません」
怖いぐらいのレイコの妄信。だが、今はそれがありがたい。
「で、ですが…」
「…黙れ」
アイリは、今度は縛った獣人たちを一薙ぎにできるように腰だめに構える。人質をとったか。
「わかった!わかったから!」
「では、質問。何でここに来た?」
「それは…、レーコ様を…、ん?あれ?ちょっと待て。違う。違うぞ」
「違う?」
みんな一様に首を傾げる。
「あれ?私を探しに来たわけではないのですか?」
「最初はそうしようと思っていました」
レイコは露骨にホッと息を吐く。獣人は目を剥いたが、脅されているため何も言わない。
「では、何故?」
「群で騒乱があった。だから戦えないやつらと逃げてきた」
「その割には全員襲い掛かってきたが?」
「獣人は割と戦える」
「脳筋ですか…?」
「かもしれない。仲間を大事にするからな、仲間が絡めばそういう傾向になる。俺らを見ればわかるだろ?」
「ガロウ。突然の自虐やめてくれない?」
ガロウは首を傾げ、「事実だろ?」と言わんばかりの顔。ああ。うん。ごめん。起きた瞬間に暴言吐いてきたね…。
「お父様とお母様、お姉さま方みたいですね!」
「脳筋ではないと思うけど?」
「はい。私もそうだと思いますよ」
「…え?」
「嘘―」
「「え?」」
あれ? 何故だ? おかしい。
……ああ。こっちに来てから、解決方法=魔法で殴る。一択だったからか。
あっちみたいに、回りくどく罠仕掛けて、嵌めて嵌めて嵌めまくった挙句、心をへし折るなんてことはしてないから…。いや、それも、そもそもそんなことするような機会がないんだけど。その印象が強すぎるのか。もしその機会があればやってみようかな?
「…頷いてるね」
「だねー」
「素敵です!」
「怖い」
「………」
反応は2つにわかれた。平常運転3人と、未だに馴染まないガロウと、無言を貫く獣人。
「やらなくていいし、なじまなくてもいい。それに、獣人の反応が正解だ」そんな幻聴が…。
それは置いておこう。さっきの話の真偽を確かめよう。見る限り男女比は半々。老人ばかりというわけではないし…。あれ? だが、彼があのタイミングで嘘をつく理由はない。皆無と言ってもいい。こっちの獣人に聞くか。
「ガロウ。本当か?」
「え?ちょっと待ってくれ。見て周る」
「頼んだ」
膨れているレイコは見ないことにしよう。…でも、さっきの話の真偽ぐらいは見分けられるかな?
「レイコも頼む」
「じゃあ、私が付き添います」
「任せた」
パッとレイコの顔が夜空に咲いた花火のように明るくなり、せかせかと動き始める。見ていて危なっかしい。だから四季について行ってもらったわけだが。
暫し待機。夜が更け、さらに冷える。…脅している二人は汗一つ掻いてはいない。脅されている獣人は、脅され始めた直後に汗をかいたためか寒そうだ。まぁ、それでもあっためてやったりはしないけどな。
「なあ。あの人の言ってることは本当だ」
「はい。私もガロウと同じ結論に達しました」
「そうなの?」
「私達にはよくわからないのですけど。」
「ああ。そうだろうな。だっt、」
「なぜなら、獣人は成長が早いのです。皆さんが縛った人は基本的にみんな子供です」
レイコ、ガロウの話の腰を折ってまで割り込まなくても…。
「どれくらいの数が子供なの?」
「リーダー含めて5人。それ以外は全員子供です」
「本当に?」
「はい」
チラッと、視線を動かす。どう見ても大人なんだよなぁ…。
「…二人の方が大きいよ」
「大人に見えるー!」
俺らの方が身長高いしね…。図体はあっちの方がいいけど。
「レイコと違って、発育がいいだろ?」
「あ゛ぁ゛ぁ゛?」
「ごめん」
ガロウ。何故自爆する…。
「老人がいないのは?」
「普通に戦えるからだ」
「なるほど。で。何しに来た?」
「え?だから逃げてきたって…」
「もしかしなくても一大事?」
「ああ」
「何故言わなかった?」
「動転していた」
なるほど。さっきの様子を見たら納得だ。
「万が一、ハールラインが勝てばレーコ様を探しに来て、最悪戦争になる」
は?