85話 コハクサンゴの後
声が聞こえてきておよそ1時間。コハクサンゴは全滅。死体は価値のある所は全て剥ぎ取られ、価値のないところだけいつものように処理された。
遠かった…。びっくりするぐらい遠くに飛ばされた…。
壊滅してから30分。やっと帰還。遠かった…。センの偉大さ、足に使える道具の便利さがよくわかる。
「お帰りなさい」
クリアナさんが若干引きつった顔で言う。「ざまぁ!」という顔をしていたけど、やっぱりこの前のあれを思い出していたんじゃないだろうか? デグラさんの笑い声は無視だ。疲れた。
「カレン。帰るよ」
「んー!」
「カレンちゃん…。私達決めました。自力で空飛べるようになります」
「そうなのー?」
俺とアイリに確認を取ってくるカレン。
「そうだよ。決めた」
「…わたしも聞いた。応援する」
「そうなんだー。ボクも飛びたいから応援するよー」
眩しい笑顔。本心から言っているねこれは。その決心の理由がカレンなんだけど、言えないね。
「お風呂入って、朝ご飯食べよう」
「そうしますか」
部屋にさっさと戻って、お風呂。
「お父様!お母様!何故おこしてくださら…、あ。まず、お風呂にお入りくださいませ。沸かしておきましたので」
「ありがと」
「ありがとうね」
「…ありがと」
お風呂に行きながら頭をポンポンと撫でれば、蕩けるような顔になって、尻尾がパタパタと動く。可愛いらしいなぁ…。ソファの上を見ると、寝転がるガロウ。あ。これ、レイコに搾られてるわ…。
「ガロウもありがとう」
「ん」
声をかけると、少しだけ嬉しそうな顔に。素直じゃないな…。
さてさて、お風呂。濡れた服は脱ぎ捨ててっと。
「あれ?カレン。こっち来るの?」
「だめー?」
「別にダメじゃないけど…。いいの?」
「ボクがそうしたいのー!」
「あ。そう。四季には言った?」
「言ったよー!」
「そっか。じゃあいいよ」
カレンが良いならいいよね。性別なし、というか、性別カレン。だし。普通のエルフにはあるけどね。性別。ドーラさんとか、その妹とか。
アイリとも一緒に入ろうと思えば入れるけど…、家族だし。でも、血縁じゃないからなぁ。そもそも、血縁あっても、何歳まで一緒に入っているもんなんだろうか? ま、いいや。
というわけで、お風呂。はしゃぎまわるかと思ったけど、俺にべったり。
体を洗って…、背中を洗いっこしてから浴槽へ。ああ、気持ちいい…。雨で冷えた体があったまる…。
「気持ちいいねー」
「だね。寝ないでよ?」
「寝てたら起こしてー」
「はいはい」
眠気満載の顔でそれ言うのって、「寝るから起こして」と同義だよ?可愛いから許すけどさ。
_____
やっぱり寝たカレンを起こして、出る。着替えて、カレンの髪を乾かして…、だいぶ前に作った魔法を使う。ドライヤーモドキ。わしゃわしゃしているだけなのに、気持ちよさそうな顔をするねぇ…。緑色の髪はつやつやのサラサラ。指通りが素晴らしい。でも、残念なことに短髪だからすぐに終わっちゃう。乾かし終わったら、二人が出てくるまで待機。今何時かな?
「2の鐘と、3の鐘の間」
あ。ありがとうガロウ。だいたい9時か。
レイコは何か言いたそうだけど、何も言わない。四季が出てくるのを待ってるね。二度手間になりそうだから。
そっから待つこと少し、四季とアイリより先に朝ご飯が出てきた。ご飯は冷めても問題ないタイプのもので、かつ、片手間で食べられるもの。そう。サンドイッチ。具は野菜。敵襲があったからこそのチョイスだろう。パクパク食べてご馳走様…したところで2人が出てきた。
「あ。ごめん。もうちょっとかかると思って、先に食べちゃった」
「構いませんよ。私ももらいます。それはそうと、アイリちゃんの髪の毛、乾かしてあげてください」
「ん?何で?」
いつもなら乾かしてから出てきているのに…。
「それはですね…」
「…ご飯が出来てるのがわかったから」
アイリが四季のセリフを奪った。たぶん噓だ。別の理由あるでしょ。でも、何だ?
「習君。アイリちゃんの髪、乾かしてあげてくださいよ」
「ああ、ごめんよ。わかった。その前に、手洗ってくるね」
アイリの顔がパッと明るくなる。四季の顔が、少し申し訳なさそうなそれでいて、嬉しそうな顔に。
なるほど。四季。わざと乾かさなかったね。俺がカレンと一緒に入ったから、俺とのふれあいの時間を作ろうとしたのか。
その推測を裏付けるように、四季がカレンの横に座って、抱え上げて膝の上へ。で、なでなで。そして、片方の手でサンドイッチを食べる。カレンも四季も笑顔だ。
手を洗って部屋に戻ると、こちらを見たアイリの顔が輝く。…サンドイッチ食べてなけりゃあ、ほほえましいんだけどなぁ…。
アイリの横に座る。何も言わなくとも、アイリはサンドイッチを皿に置いて、その皿を俺の前に置くと、いそいそと膝の上へ。乾かしますか。
カレンの時のように、魔法を使う。
驚異的なまでにすべすべのつやつや。アイリの髪は四季と同じくらい長くて、肩下まであるのに毛先までしっかりだ。
指通りがいいなぁ…。カレンのもよかったけれど、あっちは短かったからな…。この、上から下までスーッと通る感じは味わえない。四季ならできるけど…、やらせてもらえても恥ずかしい。
あ。アイリがこっち向いた。ああ。ごめんよ。さっさとやるよ。
ん? 「…気持ちいいでしょ?お母さんにやってもらってるから」そんな目。見透かされてるなぁ…。苦笑いしかできない。さて、早くやってあげよう。魔法を発動。そしてわしゃわしゃ。髪を伸ばして…、水気を飛ばす。それにしても長い。密度も高くて…、いい肌触りだ。
獣人の二人のモフモフとはまた別の気持ちよさだ。
「ごちそうさまでした」
「四季、もういいの?」
「はい。お腹いっぱいですよ。そちらは?」
「ん?こっちももう終わるよ」
言った瞬間、アイリから悲し気なオーラが漂ってきた。……このまま座っててくれていいからね。
「では、ずっと待ってくれているレイコちゃんの話を聞きましょうか」
「だね。というわけで、どうぞ。レイコ」
よく待ってくれたよね。ほんと。
「むぅ…。何故、起こして下さらなかったのですか!?お父様!お母様!」
「だって…」
「ねぇ…」
「はっきり言ってやって。二人とも」
「寝てたよね?」
「それもぐっすり」
「う…」
ガロウに言われたし、ズバッと言ってみた。何も言えないよね。普通起きるもの。
というか、あの敵襲の報は叩き起こされる。それくらいうるさい。…あれ? デグラさんの方がうるさいか? …、まぁ、危機感を煽られるから、眠気は吹き飛ぶ。
何度も言うけど、普通は。だ。レイコはわりとふわふわしているから…、起きられないよね。そこが魅力的なところでもあるんだけど。
「ですが…、心配ではないですか!」
まぁ、わかる。俺もそれはよく感じることだし。けどな…。
「ガロウがそばにいて、俺らが外にいれば、ここにいる限りほぼ確実に安全だからね」
「それは…、私が戦えないからですか?」
悲しそうな顔するなぁ…。でも…。言わなきゃならんよね…。
「ガロウが出してほしがらなかった。寝かしてあげたかった。俺も四季もほぼ安全なここで待機して欲しかった。なんて色々理由はあるけど…」
「要約すると、それが一番の理由ですね…」
「はっきり言って、足手纏い…。ああ。そんな顔しないで」
泣きそうな顔しないで。こっちも辛いんだよ? でも、濁しても仕方ないんだよ…。実際、後顧の憂いなく戦場の3人だけを気遣っていればいいほうが、圧倒的に楽なんだから…。
「決めました。私強くなります!」
おお、頑張れ。ただ、ガロウの苦々しい顔が印象に残った。
その後、昼食を食べて、全員、部屋で勉強。忘れそうになるけど…、俺らは高校生。しかも3年。つまり受験生。
英数国社(地理)理(物理・化学)を勉強せねば…。英語は、シャイツァーのおかげで何とかなる。それ以外がヤバい。数学・化学は何とかなる。…西光寺姉弟がいれば。物理は…、どうしようもない。覚えている範囲を復習するしかない。未履修範囲はなぁ…。
数学は3の微積の基礎は何とかなる。定義に戻ってやれば、sin と cosの微分とかはできるし…、複素数と、二次曲線…だったか? 無理。賢人 (西光寺姉弟の弟)なら、いけるのにね。
化学は有機化合物が無理。薫さん(西光寺姉弟の姉)ならできるのに。必要のない知識も叩き込まれそうだけど。何だっけ? アキシアル位、エクアトリアル位とか…。必要な時は必要らしいけどさ…。
物理は原子と交流が無理。テスラさんと、ボーアさんもしくは、アインシュタイン博士。教えてくれないかな…。お亡くなりになっているから無理なのはわかってるし、世界線も違うけど。
地理は適当にやる! 国語は…、問題演習命だからどうしようもない。どれも演習命だけど、理系は基本を学ばないと詰むから…。国語の先生に「国語も押さえておくべき点はあります!」って、激怒されそうだけど…、仕方ないよね。
四季と仲良く、数学をやっていると、また来やがった。次は何?
「またか」
「ですね。雨は…、止んでいますね。」
「時間も夕方だし、まぁ、マシかな?」
「じゃないですか?」
窓開けて、道作って…、
「レイコ。どうする?」
「どうするとは?」
「俺に運ばれるか、四季に運ばれるかどっちがいい?」
「え…。運んでくださるのですか?」
俺も四季も頷く。というか…、運ばないと滑落しそう。本人には言わないけど。
「では…、どうしましょう?悩みますね…。」
俺達二人とも好かれてるな…。
「あ。では、私が、お母様。ガロウがお父様で」
ガロウが猛烈な勢いでレイコの方を見る。「え゛、なんで巻き込むの!?」という顔。あまり見ない顔だから、面白い。
「何ですか、その顔は?いい案でしょう?」
エヘンとばかりに胸を張る。
ごめんねレイコ。俺らもその理論はちょっとよくわかんないよ…。そして押し切られるガロウ。強く生きろ…。でも、ガロウの運動能力もよくわからないから…、そっちの方がいいか。
さて、『身体強化』っと。
「ちょ…。待って」
「舌噛まないように気を付けてね」
まだ何か言いたそうだけど無視。話が進まないからね。よいしょっと。はい。到着。で、ガロウを降ろす。四季もすぐ来たね。カレンとアイリも…、あれ? 来ないな? 微妙に甘えているのかな? 手を引いてあげようか。
「…ありがと」
「ありがとー」
で、敵は…。少なくない? 砂煙の量が圧倒的に少ない。
「皆さま。あれでも一応、数だけはいるのですよ?」
「本当ですか?」
「サイズが小さいのです。サンゴには変わりないのですが…」
「ハッハッハ!蚊ですな蚊!ハハハ!……一番めんどくさい」
「デグラ。急に素に戻るのはやめなさい。皆さまびっくりしてます」
「……だって事実なんだもん。素材取れないじゃん。あれ」
「…まぁ、そうですけどね…。あのサイズですから…」
蚊だし…。弓じゃ効率が死ぬ。一射一匹ではないだろうけど、それでもね。
「面倒だし、触媒魔法でいい?」
「素材取れないって言っていましたから、火魔法ですか?」
「それでいいでしょ。クリアナさん。デグラさん。一撃で終わらせます」
二人とも何か言いたそうだけど、無視。やるのが一番早い。
「兵士さん。あの周辺に人や壊れて困るものはあります?」
「いえ。全く。ただの砂漠です」
よし。全て吹き飛ばしてもいいか。
「習君。爆発させると砂がこっちに飛んできそうですよ?」
「…確かに」
ファイヤーボールはまずいか。なら、熱に指向性を持たせればいいか…。となると、何がいいかな? ……熱風? これでいっか。
「熱風でいい?」
「いいんじゃないでしょうか?あ。紙です」
「ありがと」
さて、書こう。立ったまま書くのもだいぶ慣れてきたな…。
「兵士さん。サンゴの奥にも、何もないですか?」
「はい!一面の砂です!」
「見える限り全てですか?」
「え?あ。はい!……見える限り全て砂です!」
「ありがとうございます。習君。大丈夫そうですよ」
「ありがとう。じゃあ。行くよ」
「「『『熱風』』」」
紙が消え、グラム=ヘルサからメピセネ砂漠へと、猛烈な熱風が吹きすさぶ。
砂を舞い上げる熱風は、さながら一枚の壁のよう。サンゴたちはその異常を感じとって向きを変えた。でも、圧倒的に風の方が早い。高温にさらされ続けた砂は溶解し、液化する。そして、サンゴの群れは抵抗すら許されず、波の中へ消えた。
そして、その波はサンゴを呑みこんで少しだけ進むと、何事もなかったかのように消えた。後に取り残された砂が寂しげに、砂漠の方へむかってパラパラ、べとっと落ちる。
「敵生きてます?」
「え?あ…、敵影消滅してます」
「了解です。みんな帰るよ」
「レイコちゃん。ガロウ君。行きますよ」
窓から中へ。
「…使われないドアが哀れだね」
「複雑すぎるのが悪い」
「いちいち一階まで行くのは面倒なんですよ…」
「ボクもそう思うよー」
さて、勉強するか…。問題演習は出来ないけど。
ガタン!
ん?
「ちょっと、さっきのは何ですか!?」
クリアナさんが窓からぬるっと入ってきた。…無茶をするな…。
「…クリアナ。落ちたらどうするの?」
「え!?私は足から落ちればシャイツァーで何とかなるので問題ないです!あ。この間みたいなのは勘弁ですよ!?あんなの平行感覚がめちゃくちゃになって、どこから落ちるかわかりませんから!」
「えー。ボクは絶対に落とさないよー?」
「…ん。同意。不服」
「二人の気持ちと、受けたほうの気持ちは別!なの!です!ええ!」
凄まじいまでの力説。アイリもカレンも、不服なのを呑みこみ、思わず頷いてしまった。
「それはともかく、アレは何なのです!?」
「私も聞きたいです!あれは何なのですか!」
「俺も聞きたい」
珍しいな。ガロウもか。
「あれ?あれは魔法だよ」
「3日に一度しか使えませんけどね」
3人一様に、口をぽかんと開ける。マシュマロを放り込めばそのまま食べだしそう。
…作り方知らないけど。ゼラチンだっけ?それがいるはずなんだよねぇ…。
「まぁ、後始末は不要だと思いますよ」
「文字通り全て蒸発したか、溶けているでしょうし」
「え…。あ。はい。じゃあ、伝えてきますね」
くるりとその場で向きを変える。
「あ。ちょっと待って…」
「え?何です…、あれ?きゃー!」
時間切れだ。足場がなくなったのでクリアナさんは落下した。言うのワンテンポ遅かった…。
「無事ですか?」
「はーい!無事です!」
「言うの遅かったですね。ごめんなさい!」
「お気になさらず!せっかちな私が悪いので!では、私はデグラとお話してきますね!」
「了解です」
さて、勉強に戻るか…。
「どうした?ガロウ?」
復帰したガロウに服を四季と一緒にくいくいと引かれる。指さす先にはレイコが。
「私もあれくらい強くならねばならないのでしょうか?…なって見せましょう。見せますとも」
ブツブツ言ってる。さっきより悪化した…。
「何か声かけてやってくれない?俺じゃ、効果なさそうで…」
「いいよ」
「了解ですよ」
原因は俺らだし…。内容どうしよう?
「レイコ。無茶しなくていいから」
「え?ですが…、足手纏いなのですよね?であれば…、そうならないようにしようとするのは当然では?」
うわぁ…。どう言い返せばいいのさ。それに、この目はあれだ。何を言っても折れない目だ。
「…無理のない範囲でね」
「まず、戦えるようになることからです。絶対無理はダメです」
「わかっています。私が危機にさらされたせいでお二人を危険にさらすことなどしませんとも。では、ガロウ。付き合いなさい」
「え゛」
「付き合いなさい」
「あ、うん」
「外で、ガロウと手合わせ…、もとい、戦い方を教わってきます。では!」
二人は部屋を飛び出していった。止める間もなかった。
「…見てくる。二人はここにいて」
「いいの?」
「…二人とも教わったことはあっても、教えたことはないでしょ?」
ごもっとも。
「…じゃ」
パタンとドアが閉まる。
「勉強してましょうか」
「だね」
______
しばらくそうやっていると夕食が運ばれてきた。でも、あの子たちが戻ってこないから、3人で下へ。
何故兵士さんも混じってる…。
「何してるの?」
「…見ての通り。教えてる」
「何で増えた?」
「バシェルの近衛の指導ですよ?価値はあります」
しれっと言うクリアナさん。ごめんなさい、俺らその尺度がよくわからないのです。
ま、それはいいか。ガロウとレイコは怪我をしてるっぽいので、回復してっと。
「ご飯できたから帰るよ」
「…ん」
「アイリ…。二人を担ぐな」
「…疲れているみたいだから。仕方ない」
「じゃあ、俺と四季が運ぶから」
二人の汚れをはたき落として、部屋へ。手を洗わせて…、ご飯を目の前に置く。すると、黙々と食べ、スコン! と寝た。それはもうすごい勢いで。
「何したの?」
「…少しハイペースで教導した」
「基準誰?」
「………あ」
目をそらさない。
「基準は?」
「…同僚。獣人という要素に重きを置きすぎた…」
「「やっぱり…」」
「…今度やるならちゃんとペース考えてやる」
「そうしてあげてください…」
「お姉ちゃんにしては珍しいねー」
「カレン。食前の挨拶」
「あ゛」
いただきます、して食事。俺らが食べ終わっても起きる様子がない。仕方ないから寝た二人をお風呂に運び込んで体を拭く。レイコは四季。ガロウは俺の担当。
……ん? ガロウのこの背中の傷…、何だ? 火傷? 凍傷? 謎だ…。ガロウの秘密ってこれか? わからん。見なかったことに…、出来ないな。本人が気づかないことを祈ろう。
服を着せて、ベッドの上に寝かせる。やることもないし、ベッドの上で勉強するか…。