84話 コハクサンゴ
「敵襲ー!至急、最上階に集合されたし!繰り返す!」
朝っぱらからこれか。時間は…、朝の5時か。ふざけやがって…。雨も降ったままだし。
「すごくおはようございます」
「ああ。すごくおはよう。ちゃっちゃと殲滅しよう」
「ですね。子供たちは?」
「…わたしは起きてる」
「ボクもー」
「俺も」
レイコは…。ダメだね。ぐっすりだ。
「ガロウ。連れて行く?」
「え。俺もここに残るよ。…二人とも怖いし」
「了解。雨に当たらないようにね」
後半は聞こえなかったけど、眠いからだろうね。たぶん。
とりあえず、着替える。この寝巻。即戦闘に移行できる服だから一瞬。濡れるのは諦める。後で風呂に入って着替えればいい。
じゃ、最上階に行こう。窓を開いて、窓から外に続く道を作る。これで十分だ。
「行くよ」
声をかけて、外へ。四季、アイリ、カレンと続く。窓が濡れているから滑る。でも、この程度。誤差。
よいしょっと、屋上に着。四季の手を掴んで、引上げ。アイリを掴んで引き上げている間に、四季がカレンを引き上げ。
「ハハハ!ご機嫌斜めですなぁ!皆さま!」
相変わらずのテンションの高さだ…。
「朝っぱらからたたき起こされましたしね」
「それに加えてこの豪雨です。砂漠なのに」
「ハハハ!ここではそうそう降らないのですけど!ハハハ!」
うぜぇ…。癪に障る…。一発やってやろうか?
「「「!?」」」
あれ? なんで兵隊さん達ビビってんだ?
「ま…、まぁ。落ち着いてください。ね?皆さま」
まさか…、わりと不機嫌なのが伝わったか? それしかないだろうけど…。
「ハ…ハハ!ハハハ!敵にその怒りはぶつけてくだされ!ハハハ!」
顔が引きつるデグラさん。マジか。そんなに怒ってるように見えるのか。はぁ…。
「敵は、『コハクサンゴ』ですね!珍しいですね!」
……?
「珍しいってどれくらいですか?」
「10年は見てないんじゃないですかね?あいつら、巣が地下にある上に、臆病ですから、なかなか現れないんですよねー」
ん? 臆病?
「…臆病なのに来るの?何で?ここに人、いっぱいいるのに?」
「目が悪いのですよ。あいつら、視力がほとんどないんですよ。」
「地下に住んでいるから、視力が退化したんですかね?」
「おそらくそうですね。普通のサンゴは、砂漠に住んでますからね!」
どんなふうに進化したんだろう? それに地味に答えになってない…、ああ。地下に住んでいるって言ってたから、雨のせいか。
「…ねぇ、この前の大雨っていつ?」
「え?大雨ですか?『メピセネ砂漠』にですか?」
「メピセネ砂漠?どこそこー?」
「え。この大砂漠ですよ。別名、『メピセネ大砂漠』。もしくは、『メピセネ砂海』。ですよ」
あの砂漠『メピセネ云々』って言うんだね。へぇ…。
「…で、それ、いつだったの?」
本題からそれたからか、アイリの眼光が鋭くなっている。…まぁ、俺らにはよくあることなんだけど。話が逸れるのは。
「えっ。えっとですね…」
「ハハハ!3年前!3年前ですよ!ハハハ!その時もこれくらいの豪雨だったはずです!」
たじろいでいるうちに、アイリの冷たい目が怖いのか、デグラさんが答えた。ふぅん…。3年前かぁ。
「まぁ、それはさておき…、ボーナスですよ!ボーナス!ボーナスがやってきましたよ!」
ん? ボーナス? もしかしてお父さんが夏や冬にもらってくるやつ? ……いやいや、まさか…、そんなことは…。
「そうだな!クリアナ!貴様もいいこと言うではないか!」
「私、その時いませんでしたけどね!」
「ハハハ!細かいことは気にすんな!ボーナスには変わりないのだからな!」
二人のテンションが高い! 周りの兵士たちも、少し浮足立っている。二人ほどじゃないけど。相変わらず俺らは置いてけぼりだ。
「あ。皆様に説明していませんでしたね!コハクサンゴは価値が高いのです!特にコア!」
「外殻もおいしいですぞ!いろんな意味で!ハハハ!」
ああ。なるほど。まさか、まさかの本当にあっちと同じニュアンスだったとは…。翻訳は正確だった…。
「強さは?」
「雑魚です!普通のサンゴに比べれば弱いです!」
「ハハハ!だからこそボーナス!逃げ足が速く、臆病なだけなのです!ハハハ!」
「皆さま。あの二人が強いだけです。俺らは満足に攻撃を当てられないのです。当たれば大ダメージなのですが…」
「あ。ありがとうございます」
横でバリスタを構えている兵士さんがこっそり俺らに耳打ちしてくれた。
ところでさ。
「ねぇねぇー。まだコハクサンゴだっけー?来ないのー?」
お。カレンが俺の言いたいことを代弁してくれた。
この一言は、突然のボーナスに浮足立つ『グラム=ヘルサ』を一瞬にして冷静にした。特に、クリアナさんとデグラさん。
それはさておき、無駄な会話をさきほどからしているのに、誰も接近について口にしていない。聞き流していたけど、この前は、逐一距離を報告されていたはずなのに…。
「おい。お前ら。ちゃんと監視はしているよな?」
「「「当然です隊長!」」」
「じゃあ、何でだ!」
「「「途中から動いていません!」」」
「気のせいではないのですか!?」
「「「いえ!」」」
息ぴったりか。君たち。え? 何でこっち見るの? しかも温かい目で。
「…お父さん。お母さん。声漏れていたんだよ…」
「「え!?」」
「ほんとだよー」
二人の声に、その場の全員が首肯する。
マジで!? え。ということはこれ…。あれか。あれなのか…。この目は…。「お前らが言うな」という温かい目か…。うぅ…。
「あ!コハクサンゴが動き始めましたよ!」
よし、このやるせなさはあいつらにぶつけてやる。覚悟しろ…。そもそもの原因はあいつらだし。いいよね!
「あ!撤退しました!」
「「何で!?」」
これではこのうっぷんを晴らすことが出来ないじゃないか…。じゃあ、帰るか?
「あ。でも、ジリジリー。と寄ってきています!」
「「よし!」」
鬱憤をはらしてやる!
「あ!撤退していきます!」
うぜぇぇぇ! 何しに来たお前らァ! 雨もあるからうざさ倍増。
「さらに逃げていきます!」
どうすればいいんだよ・・・。
「…いちゃついてれば?」
「ん?」
「?アイリちゃん誰と誰が?」
「…お父さんとお母さんが。」
「「何で?」」
「…やることないんでしょ?」
「「え゛」」
ちょっと待って。アイリの中の俺らの認識どうなってるの…。…アイリの前で、そんなに引っ付いている記憶ないぞ? 思い出してみてもそんなにないはず…。あれ、本当に何で?
え。本当にアイリの中での認識どうなってるの? 割とかなりショックなんだけど…。
「コハクサンゴが近づいてきます!」
「…うん。やっぱりそうみたい」
落ち込んでいたからか、アイリの声は明瞭に聞こえた。
「ああ。なるほどね」
「そういうことみたいですねぇ」
「…気づいた?」
「えー。何なのー?」
「これ…。俺らのせいだな」
「ですねぇ…。私達のせいですね」
「あー。なるほどー。わかったよー!」
カレンも俺らの声で分かったみたいだね。まさかの俺ら感情の起伏に影響されていたとは…。簡単に言うと、俺らがあいつらをボコろうとすると逃げる。俺達が怒ると魔力が漏れだしたりしているのだろうか?
「…この前、砂漠をセンと突っ切った時に、魔物と遭遇しなかった理由もわかったね」
「おとーさん。おかーさん。それにボクたちも怒っていたから…?」
「…だろうね」
「ハハハ!おそらくそうでしょうなぁ!この前のあの薄ら寒い気配!妥当でしょうなハハハ!」
「ですねぇ!」
そんなに力強く首肯しないでよ…。
それはともかく、魔物避け(セルフ)か…。狙ってできないけど。
…狙ってできたとしても、「お前らのせいで対人被害が尋常じゃないんだよ。この阿保!」と怒られる未来しか見えない。うん。出来なくてよかった。
「ハハハ!どうします?」
「今、どんな感じですか?」
「ジリジリ近づいてきていますね。」
ジリジリか。うーん。
雨が鬱陶しいな…。服がびちょびちょだ。寝巻になれる服だから仕方ないとはいえね、服が体にピトッと張りつく。そのせいで女性陣の見た目がヤバい。アイリや、クリアナさん。そのほか女性兵士さんとかが。
寝ずの番…、徹夜で見張りをしている人もいるから、普通の鎧を着ている人もいるんだけど。
まぁ、群を抜いて四季がヤバい。体のラインが出てしまっている。言葉を濁さずにスパッと言い切っちゃうとエロイ。それ以外に言いようがない。スタイルがいいのがまるわかりだ。
胸は言わずもがな、足やお尻とか。さっさと片付けよう。できるだけ皆の視線にさらしたくない。人の恋人を変な目つきで見るのはやめて! 他の兵士さんを見てて! って、違うでしょ…。俺、何言ってんだ…。
「どうしました?」
聞かれても、そっち向けない…。
「習君?どうしました?」
だから、向けないって…。地雷を踏んじゃう(変な事言うとか凝視とか)と嫌われそうだし。何もないって言っても、誤魔化せないだろうし、
「さっさと倒そう」
答えないでこう言っとこう。
「どのように?」
「あいつらの裏手に回ろう。それでジリジリじゃなくて一気に来るでしょ」
「ああ。私達の怒り?に反応するのを利用するのですね。で、その手段は?」
あ。どうしよう…。
「ボクにまかせてー!」
「カレン。できるの?」
「うん!できるよ!」
びっくりするぐらいの笑顔。あれ? なんで嫌な予感しかしないの?
「習君。私ものすごく嫌な予感がするんですけど…」
「俺も」
「…わたしも」
カレンはそんな俺らを無視して弓を取り出す。頬を冷たい汗が伝っていく。
「ねぇ!おとーさん!おかーさん!広い板出して!」
「…カレンちゃん。どうしても必要ですか?そんなもの要らないと思うんですけれど」
「俺も必要ないと思うんだけど」
「…わたしも要らないと思うよ?」
「必要なのー!なかったら、こう、あれなんだよー!」
全員のささやかな抵抗を無邪気に一蹴するカレン。うん。諦めよう…。
あれって、あれだろうか? 矢に直接掴まってね! とか、服につけてそれで飛んでね! とかかな。
「四季」
「…はい」
全員の視線が哀れみに満ち始めた。
……書く方がマシっぽい。悲しみを背負いながら字を書く。命を背負う(物理)になりそう。というよりもなる。だから、いつもよりもしっかり書く!
「あ。どんなのがいいの?」
「んー?普通に座れて落ちなければいいよー!」
はい。確定! 自分を打ち出して、ディナン様とクリアナさんを拷m…。ゲフンゲフン。ジェットコースターしたカレン。俺らに対してもやるよね。うん。
目を逸らしていたけど、やっぱりそうだった。周りの目がさらに気の毒なものを見る目へ。クリアナさんはトラウマになっているのか、体を手でギュッと抱きしめて震えている。オーバーリアクションだったらいいなぁ…。
とりあえず…。えっと、何にしよう。椅子…でいいか。
『椅子』
っと。うん。これでいいや…。
「「『『椅子』』」」
「わー。いつみてもすごいよねー!うん!あるぇー?元気ないねー?」
誰のせいだ。
周りの人の目がますます哀れみの籠った目へ。クリアナさんだけ、「ざまぁ!」という目。さっきと大違いだね。ただ、彼女としては珍しいな。震えていたけど、「私じゃないじゃん!やったー!」という感じか? 人を呪わば穴二つだぞ…。ちくせう。
「座ってー」
遊んでいる間に、準備が終わったみたい。弓が巨大化している気がする。うん…。諦めて座ろう。座ると、濡れてて気持ち悪い…。ああ。こうなったのはあいつらのせいだったね。絶対に許さない。
「またコハクサンゴが逃げ出しましたぁ!」
「えー。じゃあ。全力で行くねー!」
「…お父さん。お母さん。墓穴を掘るのは止めて」
アイリにはやっぱりバレているようだ。うん。ごめんね。あいつらさっき凹んでいた時に近づいていた速度の10倍以上の速度で逃げている。もっと早くこっちによって来てくれればいいのに…。
「準備できたし、いっくよー!」
返事したくない…。
「返事がないけど、いっくよー!」
我らの姫? 王子? ああもう、姫でいいや。は無慈悲だった。
声はかけてくれているので、舌をかまないように口を硬く結び、『身体強化』を発動。それと同時に、「えーい!」というかわいらしい声が響く。
「ビュン!」という派手な音があたり一帯に木霊。G がすごい…『身体強化』がなければ即死だった。確実に。
身内のせいで死亡なんて笑えない。それにしても、痛い! 体中が痛い!
「っ。あいつら、逃げ始めてる…!」
「無事に追い抜けますかね?」
「信じよう」
「…大丈夫じゃない?」
飛んでいると、喋りにくい…。風が強くて舌噛みそう。やっぱり出来るだけ黙っているのが吉か。
「…抜けたんじゃない?」
アイリが下を向きながら言う。
眼下には砂煙をあげるコハクサンゴの群れ。無事に追いつけたようだ。俺らが抜いた瞬間に走る方向が完全に真逆になることに、言いようのない虚しさを感じる。
けど、放置は出来ない。放っておくとじりじり……と来るからね。いつ爆発するかわからない爆弾は置いておけない。
「…ねぇ。これ。どうやって降りるの?」
「え?カレンが矢を操作してくれるんじゃないの?」
四季も頷いている。
「…それなのになんで止まらないの?」
「あれ?何でだろう?」
「見えてないのではないですか?視力が良くても、追い抜いたかどうかがわかっていないのでは?」
確かに。そんなこともあるか…。あの子は俺らをあいつらの前には落としたくないと考えてくれているだろうしね。
「自力で何とかするか」
「そうしたほうがよさそうですね」
「…だね」
となると…。
「飛び降りる?」
「嫌ですけど、降りるならそれしかないですね…」
「…だね」
この高さなら…、無傷とはいかないか? 仕方ない。書くか。準備していなかった。
「四季。紙を」
「はい。どうぞ」
「…風に煽られてわたしにバシバシ当たってるんだけど…」
「「ごめんね」」
たぶん言ってみただけなんだろうけれど。風に煽られて、紙がバタバタバタ! と揺れ動いて、顔に当たっているのは間違いない。
それはともかく、紙はもらえた。で、書くんだけど…。雨は問題ない。紙は湿らない。ただ、風が猛烈に邪魔。書きにくい…!
「ファイル使ってください」
「ありがとっ!?」
ちょ。落ちる!? …あ。大丈夫そう。ちょっとお尻が浮いたけれども、セーフ。
「…そういえば、カレンもコハクサンゴの向きが変わればわかるよね。」
「「あ」」
そういえばそうか、…でも、状況的に仕方ないよね。思いつかなかったのは、空飛んでるんだから。猛スピードで。普通の時のようにはできない。というか、色々あって、もはやイライラが霧散しているからね…。
あれ? じゃあ、なんであいつら、あっちに行くんだ? いや、それはもともとか。
ああ。だからか。カレンはあいつらを俺らが抜かしたかどうか、その判断にあいつらの進軍速度は使えなかったんだ!
原因の半分近くが俺らっぽいな…。うん。やはり八つ当たりしよう。あ。スピード上がりやがった。
え!? 待って。落ちる! ん? 落ち…てない。あれ? いや、落ちてる。けれど、これは、椅子が落ちてる! いきなりだし、なんで直角に落とすかなぁ!? 心臓に悪いよ!
ドン!
そんな音を立て、着陸…、もとい墜落した。
「まともに飛べるようになりたい」
「私も今、それを強く思っています」
「…頑張って。二人とも」
そうする。角度が鈍角じゃなかっただけマシか…。速度が上がる=俺らが怒ってる。で、あっちに向かって速度アップ=確実にあいつら抜いた!というながれだろう。うん。
とりあえず、砂漠地帯なので砂漠が雨を吸って水はけがいいから、移動に支障はあんまりない。
…早いな。あいつら。
「コハクサンゴは、サンゴよりも早いのでしたよね?」
「言ってたね」
「サンゴの時は、センに乗っていましたから、追いつけないのはある意味当然では…?」
「『身体強化』しても無理っぽいしね…。走りながら魔法をぶつけようか」
「…じゃあ、わたしは『死神の鎌』で」
追い込み漁だ。
ある程度走って戻ると、『グラム=ヘルサ』から矢が飛んでき始め、外側のコハクサンゴを討伐。たぶん全て狩りつくすつもりだ、
ボーナスに頭が占領されて、防衛がおろそかにならなければいいけど。
とりあえず、俺らも外周から片付ける。
「アイリは右ね」
「…ん。二人は左?」
「そうなります」
使う魔法は…、何がいいんだ? 『グラム=ヘルサ』の人たちは矢で攻撃しているから、やっぱり、『ロックランス』かな。
「「『『ロックランス』』」」
3本の岩の槍が、こちらに近いコハクサンゴを貫く。
脆い。普通のサンゴよりも一割ほど脆い。…地下に住んでいるやつは、硬くなるのが割とお約束だと思うんだけど。こいつらは、自分の外殻の価値を上げる方向に走ったようだ。
アイリも手ごたえのなさに少し驚いている様子。しかし、かわいらしく一瞬首を傾げた後、「…弱いほうがいいか」と言わんばかりに、殲滅に戻った。切り替えの早さが頼もしい。
「ハハハハハ!討て撃て討てぇ!」
デグラさんの声が聞こえてきた。もう終わりだ。